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第二話 掃除を続けていたら、許嫁から脅迫状が届いた


 家の掃除をしていたら、偶然父の昔の手紙を見つけてしまい、面白がって親友の木下と読んでいたら、俺に許嫁がいることが判明した。でも、俺にはもう愛すべき彼女がいるので、嬉しいとは思わないし、むしろありがた迷惑な話だった。


 せめて、相手の名前が分かれば、こっちから断りの連絡を入れることも出来るのだが、ちょっとしたトラブルがあって、名前の部分が解読不能になってしまったのだ。


「……駄目だな。見事に名前の部分がぼやけてしまっている」


 木下が目を凝らしてみるが失敗。文字の部分が霧のようにうっすらとしてしまっていて、字の痕跡が残っていないのだ。


「あの~、私、ひょっとしなくてもとんでもないことをしちゃいましたよね……」


 俺と木下の様子から、ただ事ではない雰囲気を感じ取ったアキが申し訳なさそうに、顔を覗かせてきた。


「気にしなくていいよ。消えちゃったものは仕方ないし」


「良いのか? 許嫁の名前が分からなくなっちまったんだぞ?」


「許嫁!?」


 突然出てきた浮世離れた言葉を聞いて、アキは飛び上がらんばかりに驚いた。


「それはつまり……、二股ってことですか!?」


「いやいや、違うんだよ。詳しい話を聞いてくれ」


「お姉ちゃんとは遊びだったんですか?」


「だから、違うって! ていうか、何でそんなに嬉しそうなの!?」


 聞かれてしまったものは仕方がない。アキに全てを話すことにした。というか、アキをこのまま返したら、アリスにどんなことを吹き込まれるか分かったものじゃない。何が何でも誤解を解かないといけなくなった。


「へえ……。お父さんが生前に勝手に決めちゃっていたんですね。……つまんない」


「そうなんだよ。だから、俺がアリスを弄んだ訳じゃないんだ。ていうか、今つまんないって呟かなかった?」


 怒って突っかかってこなかったことにはホッとしたけど、アキとは少し話す時間を設けた方が良いのかもしれない。


 とにかく誤解が解けて安堵していると、玄関の方からチャイムの音がした。


「こんな時に誰だ? まさかもうアリスが来たのか? まだ掃除は終わっていないのに」


「お義兄さん。私が見てきますぜ!」


 良いよと静止する間もなく、アキが玄関に向かって走っていった。玄関で何事か話す声が聞こえてきたが、やがてドアが閉まったので、新聞の勧誘とかではないみたいね。


「お義兄さ~ん! 速達でした~!」


 戻ってきたアキの手には、速達で送られてきた手紙が、一通握られていた。


「速達? 誰からだろう」


 俺の知り合いに手紙を出す奴なんていたかな? 今は何でもメールで済ますからなあ。送り先を間違えたのではないかとも思ったが、手紙は俺宛てに届けられたもので当たっている。しかし、送り主の名前は書かれていなかった。


「ていうか、はんこの置いてある場所をよく知っていたね」


「ん!? ああ、偶然見つけました!」


 おかしいな。偶然見つかるよう場所に隠していない筈だけど。どうやらアキとは、時間をかけて、じっくり尋問する必要がありそうだな。


 まあ、はんこの問題はさておき、今は速達だな。


「誰からだよ?」


 木下とアキが興味深そうに聞いてくるが、その問いに答えることは出来なかった。差出人の名前が書かれていないのだ。中身を見れば分かるだろうと封を開けると、中には可愛らしい手紙が入っていて、こう書かれていた。


『私というものがありながら、彼女を作るなんてひどい! 結婚の約束をしたのを忘れちゃったの?』


「……何だ、これ?」


「例の許嫁じゃないのか?」


 確かに文面から、そう推測できる。封筒には、俺とアリスが仲睦まじく接しているところを激写した写真が何枚か入っていた。


「おお! お二人共、若いくせにやりますな!」


「この写真、これからキスするところで間違いないよな」


「茶化すな!」


 二人からのからかいに突っ込みつつ、手紙にもう一度目を通すと、内容はさらに物騒なものになっていった。彼女を別れてくれないなら、私にも考えがあるというのだ。おいおい、これが結婚相手に初めて送りつける手紙か?


「ふむ。これは俗に言うヤンデレってやつですな」


「お前の許嫁。なかなか良い性格をしているじゃないか。考えがあるって書いてあるけど、何をする気なんだろうな? 夜道でグサリとか?」


「それ、ありそうですね!」


 完全に他人事と決め付けて、木下とアキが雑談に熱を上げている。相変わらず楽しそうだ。人の不幸を笑い話にしやがって……。


 しかも、この手紙。やたら偉そうなことを書いているくせに、手紙を隅から隅まで読んでも、向こうの名前が書かれていない。盗撮されていたことも加わって、だんだん気分が悪くなってきたので、手紙はびりびりと破いてやった。


「良いんですか? 破いちゃって?」


「良いんだよ。どうせ脅しだ。そうに決まっている」


 アキが驚いて、声をかけてくるけど、構うものか。仮に、書かれている内容が本物だとしても、誰が言われた通りにしてやるか!


 そもそも狙われているのは、君の姉だぞ。少しは顔色を変えたらどうだ?


「まあ、いざとなったらお義兄さんが守ってくれるんですよね。期待してますから!」


 成る程。動揺していないのはそういう訳ね。俺の働きを期待していると。責任重大だな。


「任せておけよ。君のお姉ちゃんより怖いものなんて、この世にないからね。しっかり守ってやるさ」


「あ、お義兄さん。美味いことを言うねえ。確かにこの世で一番怖いのは、お姉ちゃんだよ!」


「だったら、別に守る必要なくね? ヤンデレの許嫁が襲ってきても、睨んでやれば瞬殺でしょ!」


「その通りか」


 三人で声を上げて笑った。アリスをネタにしてみたら、相当面白かったのだ。


「楽しそうね、私も混ぜてよ」


 俺のすぐ後ろで、低い声がした。その声は紛れもなく、俺のカノジョであるアリスのものだった。全身が硬直しそうになるのを堪えて、勇気を振り絞って振り返ると、アリスが小さい体に仁王立ちで立っていた。


「や、やあ……」


 震える声で挨拶をするけど、アリスは物憂げに室内を見回すと、深いため息をついた。きっと散らかっている部屋を見てのため息だろう。許嫁の件は聞かれていないみたいなので、そこは突っ込んでこなかった。


「お、お姉ちゃん。家に入って来るなら、チャイムくらい押してよ。あと、部屋に入る時はノック!」


「そのつもりだったんだけどね。あんたの声が聞こえたから、こっそり入ることにしたの。どうせ良からぬ密談でもしていると思ってね」


「ぐ……」


 良からぬ密談というより、良からぬ企みへの対策を講じていただけだ。アリスからすれば、良からぬ話で間違いないけどね。ちなみにアキはカメラのことがばれたら、姉に殺されるので、冷や汗をダラダラ流している。


「それより、何、これ……。部屋をきれいにしているって言ってなかった? 何か余計なものまでいるし……」


 やはり部屋が散らかっていることを非難された。余計なものというのはアキのことだろうな。


 やばい……。かなり怒ってらっしゃる。これは早急に手を打たないと、不味いことになってしまう。


「ねえ、アキちゃん。あとでお菓子をあげるから、俺の代わりに怒られてくれない?」


「嫌ですよ! ていうか、お菓子で釣ろうとしないでください。私はそこまで子供じゃありません!」


「カメラ……」


「ここでそれを言うんですか!? お義兄さんの卑怯者!」


 カメラで脅してみたが、アキは代わりに怒られるのを頑強に拒んだ。アキに押し付けるのは諦めるとして、こうなったら仕方がない。木下に怒られてもらおうか……。


「じゃあ、俺はもう帰るよ。二人の幸せな時間の邪魔をする訳にもいかないしな」


 おいおい! 帰る前に、俺の代わりに怒られてくれよ。親友だろ? ……あ、そうか。だから、さっさと帰ろうとしているのか。


 アリスは慌てふためいている俺たちをしばらく見ていたが、やがて表情を崩して、優しい声色で口を開いた。


「まあ、いいわ。どうせこんなことだろうと思っていたから。掃除をしているんなら、私も手伝ってあげる。そしたら、持ってきたお菓子でも食べましょう」


 そう言って、にっこりと手作りのお菓子が入った紙袋を、俺の前に差し出した。


「アリス……」


「お姉ちゃん……」


「ただし、アキ。あんたはもう帰りなさい。邪魔」


「お姉ちゃんの馬鹿~!」


 お預けを食らったアキは泣きながら、家を出ていった。やっぱり子供じゃん。可愛そうにも思えたけど、俺とアリスの幸せな時間をカメラに収めようとしていたのだ。その報いを受けたんだろう。


 この小さい体で傲岸不遜に振る舞う彼女が、俺が今交際している雨宮アリスだ。先日から交際をスタートさせたばかり。今が一番楽しい時期だけど、肝を冷やす場面も多い。小学生並みの体格しかないのに、しっかりした性格をしていることのギャップが良いのだ。怒ると怖いけど、基本的には優しい。でも、妹には厳しい。


 そんな彼女が理科室で倒れているところを発見されるのは、これから二日後のことだ。傍らには「やっちゃった!」と書かれたメモが残されていたそうだ。


サスペンス風のラストでしたが、この作品はコメディです。

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