第二十八話 つかなかった決着と、あの子からの呼び出し
急きょ、アキとアカリの二人が、水着をレンタルするというハプニングに見舞われてしまったものの、無事にプールサイドへと立つことが出来た。
「プールの中も混んでいるな。下手をすると、外よりも混んでいるかもしれない」
この暑い中、一度冷たい水に入ってしまうと、もう出られないんだろうな。俺たちも数分後には同じ穴のムジナになるのだろうから、否定する気はサラサラない。
「あ~あ、あの水着を着ていれば、絶対に爽太君を落とすことが出来たのにな~」
横では、ゆきがまだぶつぶつと文句を言っている。アカリに例の水着を着せることが出来なかったのが、よほど悔しいのだろう。
あれだけ生地が少ない水着をアカリが着れば、俺でなくても、世のほとんどの男性は、目が釘付けになるだろうな。アリスへの愛が揺らぐとも思えないが、万が一の事態もありうるので、未遂で終わってくれたことには感謝している。
「改めて見ると、すごい水着ですね」
「そうでしょ。アカリが着れば、破壊力抜群だと思うのよ」
「……もうその辺で良いんじゃないのか?」
いくら無念とはいえ、あまりしつこいとどやされるぞ。被害に遭いかけていたアカリ本人だって隣りにいるのだ。今だって、会話を聞いている目が全然笑っていない。普段、大人しいやつがこういう表情になると、不思議なくらい怖いのよね。
「ちなみに、私がこの水着を着たら、お義兄さんは興奮して押し倒しちゃったりします?」
「ない。あり得ない。百万円積まれても、声高に断ってみせる!」
アキの冗談に、真面目に否定してやった。余りにも見事な断りぶりに、「そこまで言わなくても……」と口を尖らせていたのが、ちょっと笑えた。
「そう言えば、その荷物は何だ?」
さっきまでは水着を入れていると思ったのだが、着替えが済んでからもまだ持っているところを見ると、違うみたいだな。
「ええ。ひと泳ぎした後にみんなで食べようと思って持ってきたんですよ」
「弁当か!?」
ちゃんと人数分持ってきたことには感謝するが、ここじゃ食べられないだろ。
「周りを見てみろ。パズルみたいに、人間が敷き詰められているじゃないか。広げるスペースがないだろ」
ため息交じりに突っ込んでやると、ようやく気付いたアキは「あ……」と短いうめき声を漏らした。いつもながら、肝心なところで詰めの甘いやつだ。
「プールが終わってから、適当な公園を探して、そこで食べればいいじゃない。弁当が食べられなくなる訳じゃないから、問題ないわよ」
落胆するアキを、ゆきが励ます。それに、遊里も加勢する。
「そうだよ。座って食べられないなら、プールに入りながら、食べるっていうのもいいしな!」
「いや、それはないだろ……」
否定しつつも、遊里だったら、日常的にやっていそうで怖い。そう思っていると、遊里が彼女に似つかわしくないものを持っているのに気が付いた。
「おい、水泳部!」
確かお前はエースの筈だろう。どうして、浮き輪なんて、無用の長物を持ってきているんだよ!? まさか実は泳げませんでしたってオチじゃないよな。
俺が浮き輪の件を鋭く突っ込むと、遊里は気分を害した様子もなく、この日の気温と対照的な涼しい顔で返してきた。
「仕方ないだろ。これ、可愛いんだから!」
「可愛いって……」
「それに、もしかしたら、金槌の人間がいるかもしれないからな。どうだ? カミングアウトするなら、今の内だぜ?」
妙に優しい視線で、自白を促してくるのが腹立たしかった。いやいや、俺、ちゃんと泳げますから。仮に泳げなくても、プライドに賭けて、浮き輪の世話にはならん!
結局、泳げないというやつは一人もおらず、遊里の気遣いは無駄に終わることになってしまう。浮き輪に弁当。どれだけ無駄な荷物を抱えているのだろうか。あ~、邪魔だ。
とりあえず、いつまでもプールサイドで、汗を流しながら、馬鹿な雑談を続けているのがしんどいので、プールに入ることにした。
「うひゃあ! 冷た~い!」
入水早々、アキが歓声を上げた。他のメンバーも次々と、それに続く。
「生き返りますね」
「ああ……、天国ってこんなところなのかな?」
「アカリ! 爽太君が無防備よ。今の内に抱きつきなさい!」
「そ、そんなの、無理……!」
ちょっとアカリと話しただけで、ゆきがちょっかいを出してくる。そんなことを言われてしまうと、反射的にアカリの谷間に目が行きそうになってしまうではないか。いや、直前で踏みとどまったけどね。……かなり危ないところだったけど。
「ねえねえ、爽太君」
「うん?」
遊里に呼ばれたので振り返ってみると、いきなり水を浴びせられた。
「……」
「アハハハ! クリーンヒット! 駄目だよ、爽太君。水の中で気を抜いちゃ。いつ、私が狙っているか、分からないんだからね」
人に水をかけるとか、お前は小学生か……。
沸々と怒りのボルテージが上がってきている中、遊里に触発されたアキが、水をかけようとしているのを寸でのところでガードした。
「甘い!」
「……やりますな、お義兄さん」
悪ふざけが好きなお前のことだ。どうせ遊里の真似をして、水をかけようとしてくるに決まっていると思っていたよ。まさか本当にしてくるとはな。こんなことをしている内は、魅力的な女性にはなれないぞ。
「念のために言っておくが、もう水はかぶってやらないからな」
「言ったね……」
俺の発言に触発されたのか、遊里がバトルモードになったのが、目で分かった。喧嘩を売られると買わずにはいられない性格のようだな。仕方がない。そういうことなら、俺も受けて立とうじゃないか。
「ふっふっふ! 私も忘れてもらっちゃ困りますぜ」
何としても、俺に水をかけたいアキも不敵にほほ笑む。こいつもこいつで、諦めが悪いな。
二人がかりはきついが、負けるつもりはない。俺とアキ、遊里の間に沈黙が流れ、一斉に水の掛け合いを開始……、しようとしたところで、アカリに止められた。
「あのお……。周りの迷惑になりますし、続きはもっとプールがガラガラの時にでもやりませんか?」
「「……そうですね!」」
アカリの言うことはもっともなので、大人しく従うことにした。確かに、三人が本気で水の掛け合いをしたら、周りから水でなく怒声が飛んできちゃうもんね。
「今日のところは、この人混みに免じて勘弁してあげるわ。運が良かったね」
「そりゃどうも」
遊里は、今の勝負を諦めた訳ではないらしい。次は海で決着を付けようと提案してきた。この時期は海だって似たようなものだと思うが、遊泳禁止ゾーンなら、そうでもないと言い切りやがった。危険を冒してまで、俺と決着を付けたいのかよ。
困ったことに、他のメンバーも乗り気だ。俺が口を挟む余地もなく、とんとん拍子で海行きが決まっていくな。その時こそは、アリスも一緒に連れて行きたい。
「私ね、と~っても、良いスポットを知っているんだ。そこなら、泳ぎ放題だし、心霊動画も撮り放題!」
冗談だと思っているのか、アカリたちは笑って聞き流しているが、動画投稿という遊里の趣味を知っている俺は笑えなかった。もし、夜中に海へ行こうと言い出したら、力づくでも止めてやらねば。
「じゃあ、今日は気持ちを切り替えて、水着剥がしゲームでも……」
「「却下!」」
俺とアカリの二人の声が見事にはもった。どっちも、ゲームが開始されたら、間違いなく狙い撃ちされることを読んでいたのだ。
その後は、何事もなく楽しもうとしたのだが、これだけ人がいると、自由に泳ぐこともままならない。入る前は、一度入水したら、二度と出るものかと思っていたのに、時間が経つにつれて帰りたくなってきた。口には出さないが、他のメンバーも同じことを考えていることは、各々の顔を見れば一目瞭然だ。
おそらく、誰かが帰ろうと言い出したら、一斉に首を縦に振るんだろう。今日は、その役目、俺が担うことにしますか……。
ふと、誰かから丸めた紙を投げられた。イタズラかとも思ったが、紙を伸ばして、書かれている内容に目を通すと、すぐに犯人が判明した。
『私を差し置いて、プールを楽しんでいるようですが、そろそろお話をしませんか? 私、とっても寂しいです』
差出人の名前は書かれていなかったが、文面だけを見れば十分だ。そろそろ来るかと思っていたけど、遂に来たか。周りを見渡すが、それらしいやつの姿はない。相変わらず姿を隠しのが得意だね。
「いいよ。俺もプールに飽きてきた頃だし、会って話そうか」
最近、日中は暑いですけど、夜は涼しくなります。窓を開けると、涼しい風が入ってくるのが、個人的なお気に入りです。