第二十六話 気付かなかった、許嫁のニアミス
アカリたちから、今度の休日にプールへ誘われた。最初は断る気全開だったが、「X」から自分も行きたいというメールが送られてきたことで、事情が一変した。
どうして「X」がプールの件を知っているのかという初歩的な疑問は置いておいて、やつの正体を探る絶好のチャンスということに注目した。というのも、やつは買ったばかりの水着を俺に見せびらかしたいらしい。
まさか水着だけ写メで送ってきて、「これ、どう?」はないだろう。当然、着た姿を俺に晒すことになる。仮に顔を隠していたとしても、体のラインは判明する。これは、やつを絞り込む上で、重要な手掛かりになる。
あいつにしては珍しいミスだ。暑さで頭がやられているのだろうか。俺はほくそ笑みながら、携帯電話をポケットにしまうと、上機嫌で校内を歩いた。
ふと、窓からアリスが中庭のベンチに座って、本を読んでいるのが見えたので、早速声をかけることにした。
「よお!」
「あっ、爽太君」
俺が声をかけると、アリスは読んでいた本から視線を上げて、ニッコリとほほ笑んだ。相変わらず愛らしい笑顔だ。中庭に降り立つと、そのままアリスのところへと近付いていく。
「一人か?」
「いいえ。妹も一緒よ」
さっきは気付かなかったけど、アリスの隣に暑さでへばっている物体が見えた。
うっかり「この生物は何?」と聞いてしまう直前に、それがアキだということに気付いた。こいつ、いくら暑いからって、だらけ過ぎだろ。
暑さでふやけているアキは、俺が近付いても全くの反応なし。某国民的RPGなら、「返事がない。ただの屍のようだ」とメッセージが表示されているところだ。あまりにも動きがないので、アリスがいなかったら、足で小突いていたかも。
「いくら暑いからって、だらけ過ぎじゃないのか? 以前お前をナンパした物好きが見たら泣くぞ」
「そんなことを言われても、暑いものは暑いんですよ」
忠告しても、制服の乱れを直そうともしない。これは重症だ。
「お前、マジで脳みそがとろけているんじゃないのか?」
「マジっすか……」
返答にもキレがない。スライムみたいに原型を留めなくなることはなさそうだが、脳は確実にやられていそうだ。
相手にするのも億劫になってきたので、アリスの方に向き直った。
「そういや、アリス。次の休日は暇か?」
「……デートは出来ないよ。週末は親と出かける予定があるの」
デートの誘いかと思ったアリスが、苦笑いしながら、断ってきた。
「残念だ。今回は友達と遊びに行くという方法を取ることにしたんだけど」
「?」
訝しるアリスに、琴の顛末を丁寧に話した。こういうことは黙っておけというやつもいるが、アリスに隠し事をしたくないのだ。だから、隠すことなく、洗いざらい話した。途中でアリスが嫌がったら、止めていたけど。
友達と一緒なら、親の目も甘くなるんじゃないかと思ったんだけどな。先約があるんじゃ仕方がない。
「ごめんなさい。本音は一緒に行きたいんだけどね」
アリスも申し訳なさそうだ。俺も残念……に思っていると、背後から何か生温かいものが覆いかぶさってきた。
「プール……」
いつの間にかアキが俺に後ろから抱きついてきていた。こう書くと、羨ましがるやつもいるかもしれないが、今のこいつは汗まみれ。気持ち悪いったら、ない。
「とりあえず離れろ。気持ち悪い」
「義理の妹に向かって、ずいぶんな言い様ですね」
妹として扱ってほしいのなら、身だしなみと発汗には、細心の注意を払うんだな。今のお前からは、乙女を感じないのだ。だいたい一肌脱ぐとか言っているが、単にプールに入って涼みたいだけだろ。
「ていうか、お前は親と出かけないのか?」
「ふっふっふ! いつでも家族が一緒に行動すると思ったら、大間違いですぜ」
やけに自信満々に言っているが、要するにハブられているだけだろ。姉妹なのに、扱いに差が出ているな。何か可哀想に思えてきたので、アキも連れて行くことにした。
追加メンバーの件も兼ねて、早速アカリたちに連絡することにした。悪いことをする訳ではないのに、横に座っているアリスの顔を見るのが忍びなかった。
しかし、別れ際には絶対に行かないと、念押しまでしたのに、こんなに早く気が変わった旨を伝えることになるとはな。向こうからすれば、俺は相当意志の弱い人間と思われただろう。
それでも、俺が電話をすると、向こうは怒るどころか、声を弾ませた。電話の向こうからは、二人がはしゃいでいる声が聞こえてくる。
「ほら! やってみるものでしょ?」
「うん! 嘘みたいだわ!」
本当は許嫁を炙り出すために利用しているだけなのに……。仕方がないとはいえ、心が痛む。当日はせめて彼女たちに優しくしてあげよう。
「予定繰り上げて今日行っちゃいません? そうすればお姉ちゃんも行けますよ……」
「あ~、当日が今から楽しみだなあ~(棒読み)」
ただし、アキには優しくしない。今日行きたいなら、自分だけで行ってこい!
そして、待ちに待った当日、俺とアキは待ち合わせ場所に立っていた。せっかちな性格で、待ち合わせ場所にも三十分も前に到着したのだが、来てみてビックリ。アキが既にいたのだ。聞けば、プールが楽しみで早く来てしまったのだという。そう話すアキの目が充血しているところを見ると、昨日は眠れていないとみた。
「アキはいつも通りとして、お前も来たのか?」
いつの間にか、俺の隣に陣取っている遊里に話しかけた。この間も興味を持っていたと言っていたが、まさか本当に来るとは。
「私、水が大好きでさ~。今日は部活を休んできちゃった❤」
「いや、休んじゃ駄目だろ」
ていうか、お前は水泳部なんだから、そっちでも泳げるだろ。顧問からの評価が下がるだけで、すごく無駄なことをしているぞ。全くエースとしての自覚にかけるやつだ。
奔放な遊里の行為に呆れていると、残りの二人が向こうからやって来た。
「やっほ~! 待った~?」
「全然。俺も今来たところ」
待ち合わせの恒例ともいえるやり取りをしたが、ゆきの声が大きい。もうちょっとボリュームを落としてほしいところだ。
「時間に正確なんですねえ」
俺の隣で、アキがゆきと同じボリュームで返答していた。対抗しなくていいから。隣に立っている俺の身にもなってくれ。
時計を見ると、まだ待ち合わせに指定した時間になっていなかった。みんな、そんなにプールに入りたいのかねえ。本日も真夏日に達したので、分からなくもないけど。
実際、待ち合わせ場所に突っ立っているだけでも、汗がどんどん流れて止まらない。俺自身、早くプールに飛び込みたかったので、全員揃ったみたいだし、出発することにした。
女子が何人もいると、普通に雑談しているだけでも、かなりの高音になる。プールに移動している間に、耳がおかしくなりそうだぜ。
耳を塞いで歩こうかとも考えていると、いきなり悪寒を感じた。
すれ違う男が、皆一斉にこっちを振り返っていたのだ。そして、次に俺を睨む。向こうからすれば、俺がハーレムメンバーを率いているように見えるのだろう。正解といっていいのかはよく分からないので、否定もしない。睨まれるままでいいや。悪寒は嫌だけど。
ため息をつきそうになっていると、メールを着信した。出来ればアリスからだと良いと思ったのだが、生憎「X」からだった。
『はいはいは~い! あなたの許嫁です! 今日はあなたとプールに行けるから、気分が弾んじゃうわ。でも、爽太君、いつにも増して仏頂面よね。さっき声をかけた時も、どうでも良さそうな感じだったし。でも、心配しないで。私の水着姿を見たら、一気に明るくなれるから!』
アキたちと負けないくらいの高いテンションだ。……しかし、この文面を見ていて気になったことがあった。「さっき声をかけた」とあるけど、俺に接触してきたのか? それらしいやつはいなかったと思うが……。というより、家を出てから、俺に声をかけてきたのは、今一緒にいる四人の女子くらいだ……。
同行しているメンバーの顔を、一人一人ちら見する。みんな不思議そうに見返してくる。まさか、この中に……、いるのか? 「X」……。
世間はGWですが、心なしか街を歩く人の数が減ってきているように感じます。
みんな遊び疲れて、家で休んでいるんでしょうかね。