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第二十五話 三つの思惑が、俺をプールへと誘う

 俺がアカリたちから、プールに誘われている前に、遊里が乱入してきた。とはいえ、遊里とアカリたちに面識がある訳ではない。よって、いきなり現れた闖入者に、刺々しい視線が向けられることになる。


「誰よ、あんた……」


「私? 私は五十嵐遊里っていうの。こう見えて、爽太君の……」


「この間、知り合ったんだ。一応、水泳部でエースをしている」


 遊里が面倒くさいことを口走ろうとしているのを察し、機先を制してやった。俺の推測だが、自分は俺の彼女だとでもうそぶくつもりだったんだろう。見事に発言を妨害された遊里は、鼻を鳴らして感心していた。


「廊下を歩いていたらね。爽太君がそっちのお嬢さんたちと、楽しそうに話していたから、仲間に入れてもらおうと話しかけた訳よ」


 楽しそうに話していた? おかしい。そんな筈はないんだけどな。きっと社交辞令なのだろう。


「今度、爽太君とプールに行きましょうって話していたのよ」


 遊里のことを不審そうに見つめながら、ゆかりが話の内容を伝えた。遊里は水泳部に入るくらいなんだから、泳ぐのが大好きに違いない。プールに行くと聞いたら、私も連れていけと言い出しそうなので、黙っていてほしかったんだけどな。


「やれやれ。相変わらずガードが固いわね。爽太君くらい異性にモテるんなら、少しくらいつまみ食いしようとか考えても良さそうなものだけど」


 アカリが「どうする?」という困った顔で、ゆかりを見つめている。ゆかりは少し考えた後、一旦撤退することにしたようだ。


「埒が明かないから、一旦教室に戻ることにするわね。でも、気が変わったら、いつでも話しかけてきてよ。私とアカリはいつでも大歓迎だから。特にアカリが」


「え? わ、私は別に……」


「大歓迎じゃないの?」


「……そ、そういう訳でもないけど」


 相変わらず、アカリは自分の意見を言うのが苦手だな。物事をゴリ押しで進める傾向のあるゆかりとのペアは、案外ベストな組み合わせなのかもしれない。


「あと立ち去る前に一つ。これが一番重要!」


「何だ?」


 俺をプールに誘うのが、声をかけてきた理由じゃないのか? ていうか、他にもあるのかよ。


 俺が内心でしかめっ面を作っていると、ゆかりが仁王立ちで言い放つ。


「私の名前、ゆかりじゃないから!」


「マジ!?」


 ゆかりで間違いないと思っていただけに、衝撃の一言が漏れてしまう。俺の反応がたいそう心外だったらしく、ゆかりは不満そうに睨んできた。……おっと! ゆかりという名前じゃなかったんだっけな。


「名前を間違えたことを悪いと思っているのなら、私たちとプールに行くこと!」


 変わった捨て台詞と共に、アカリたちは去っていった。名前を間違えたことは申し訳ないと思うが、プールに行く気はしない。


「行っちゃったね。楽しくおしゃべりできると思ったんだけどな」


「用件が済んだからだろ。俺も彼女以外の女子とあまり仲良くなりたくないから、これでいいんだよ」


「余裕の発言だね。モテる男の余裕ってやつ? 噂の彼女と倦怠期になった時、同じ質問をもう一度してみたいなあ」


 縁起でもないことを毒づきつつも、遊里も会話に興味を無くしたようだった。


「私も用事を思い出しちゃった。来たばかりだけど、もう行くね」


「ああ。これでやっと静かになるよ」


 ふと、遊里が歩き去っていく方向が、アカリたちと同じことに気付いた。このことだけなら、別に気にすることもないのだが、何かしら不穏なものを感じた。だからといって、漠然とした疑問を口にすることも出来ず、そのまま別れた。




 俺の姿が見えなくなったところで、遊里はボソリと呟いた。


「……ふ~ん。プールかあ。これは悪用しない訳にはいかないねえ」


 俺は知らなかったのだが、遊里は、俺とアリスを別れさせるように依頼されていたのだ。そこに降って沸いたプール話。遊里はためらうことなく、利用することにしたのだった。


 遊里の足は、アカリたちを追っていた。アカリを焚き付けて、俺とくっつけるためだ。そして、アリスとは修羅場の末に別れさせるという迷惑な計画が出来上がっていた。


 後ろから遊里が追ってきていることは、夢にも思っていないアカリたちは、俺に対する愚痴に花を開かせていた。


「予想はしていたけど、爽太君の態度は素っ気なかったな。私みたいな美少女からプールに誘われているんだから、もっと鼻の下を伸ばしても良いものなのに」


「美少女って、自分で言っちゃうんだ……」


 アカリがさりげなく突っ込むが、ゆりはサラッと受け流した。いつものことなので、アカリも苦笑いで対処した


「今回は駄目みたいだね。爽太君、あまり興味持ってないみたいだし、悪いよ」


 弱気なことを言うアカリの額を、ゆりがペチリと叩いた。


「水着まで買ったのに、あっさりと引き下がれますかって。ここからの粘りが勝負なのよ」


「勝負っていっても、爽太君にその気がないんじゃ……」


「確かに、このままじゃ、敗色濃厚ね!」


 追いついた遊里が、二人の間から顔を出す。いきなり話しかけられたので、二人共目を丸くして驚いた。


「あんた……。さっき爽太君のところにいた女子よね」


「遊里よ。以後、よろしく」


「悪いけど、こっちはあんたと仲良くする気はないの」


「あら。素っ気ない」


 あまり残念そうでない声を出す。どこか人をおちょくったような雰囲気のある遊里の態度に、ゆりは語気を強めた。


「そりゃ、素っ気なくもなるわ。あんただって、アカリと同じように、爽太君を狙っているんでしょ? つまり、親友の恋のライバルって訳。仲良くなんて出来る訳もないでしょう」


「ゆり……」


「そんなことを言わないで、ここは仲良く爽太君を落とそうじゃないの。あなたたちも分かっているんでしょ? 彼には付き合っている女性がいて、そっちをどうにかしないと、親友の恋とやらも成就しない」


「む……」


 遊里の話していることは正論だ。俺にはアリスという彼女がいて、交際している限り、他の女子と深い仲になる気はない。


「……まっ、私の目的は爽太君とアリスの仲を引き裂くことだけどね。それが済んだら、爽太君はあんたに譲ってあげるわよ」


「? 何か言いましたか?」


「内緒!」


 不穏な空気を察したアカリが問いかけるが、遊里はさらりと流してしまった。


「とにかく! 爽太君を落とすなら、人数は多い方が良いでしょ!」


「……痛いところを突くわね」


 主導権は遊里に移りつつあった。ゆりも難しい顔のままで唸っている。その後ろで、アカリが不安そうな顔をしながら、彼女なりに遊里のことを考えていた。


(ゆりは、遊里って子と組む話を受けると思うけど、どうも裏があるような気がするのよね。上手く言えないんだけど、この子。本当は爽太君のこと、何とも思っていないんじゃないかしら)


 結局、お互いにまだ知らないことが多いということで、同盟の話は後回しになった。




 その頃、俺の元に、別の災難が送付されていた。


「メールだ……」


 災難フルスロットル状態の今、送られてきたメール。嫌な予感しかしない。何か更なる災難の幕開けを告げているようで、心臓がキリキリ痛む。


『は~い、久しぶり! あなたの運命の人で~す!』


 ため息をついて、携帯電話から目を離した。最近接触して来ないから、もしかしたら諦めたのかと密かに期待していた、俺の許嫁『X』からだった。無駄に明るい文面が、疲れを倍増させてくれる。


『今度の休日にプールに行くんですって? いいなあ。私も行きたいなあ。ねえ、行ってもいいかな?』


 続きを読んだら、さらに疲れを感じてしまった。


 よくねえよ。ふざけるのも大概にしろよ。こっちはお前の他にも、彼女じゃない女子たちとのトラブルで頭が痛いんだ。俺のことが好きなら、ちょっとは自重しろ。


 とびっきりの悪意を込めた返信をしてやろうと、携帯電話を再度手に取ったところで、またも着信。確認すると、案の定、『X』からだった。


『実はね。この間、新しい水着を買ったばかりなの。だから……、爽太君にも見てもらいたいなあ~、なんて……。キャッ❤ 興奮した?』


 お前の水着姿なんて見たくもねえよ。俺が見たいのは、アリスのだけ……。


 そこまで考えて、あることに気付いた。もし、『X』が本当に水着姿を披露してくれたら、少なくとも体のラインは分かるよな。やつを絞り込むのに、かなり重要なヒントになるのは間違いない。


 そうだよ。むしろ出てきてくれた方が都合良いんだ。でも、やつに是非見たいと返信するのは止めておこう。こっちの狙いを勘ぐられてしまうかもしれない。ここはいつもの俺らしく素っ気なく応対するのが一番だ。焦らしておいて、相手が出てくるように仕向けるのだ。


 さっきプールに誘われた時は、不運の兆しがあると存外に扱ってしまったが、思わぬところで、幸福のチャンスになりつつあった。


休日のプールがお祭り状態になりそうです。

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