第二十二話 落下少女と歩いていたら、義理の妹に絡まれてしまった
木下と校舎の外を歩いていたら、空から少女が降ってきた。地面に激突する前に、俺が受け止めたから、大事には至らなかったけど、あり得ない事態に、俺の頭はクエスチョンで一杯になった。
幸い少女はどこも怪我していないようで、そのまま立ち去ろうとしたが、その際に、腰の辺りが破けているのを発見してしまった。しかも、そこから白いパンツが見えてしまっている。
言うかどうか迷ったが、さすがにこれは不可抗力だろう。仮に怒ってきても、不味いことをした訳じゃないから、逆切れで乗り切る。そんなことを考えながら、親切心のつもりで忠告してやったのだが、少女は怒るでもなく、慌てるでもなく、依然としてあっけらかんとしていた。
「ああ、これね。私、よくやっちゃうのよ。アハハ!」
「よく……、やる……?」
よくやることで羞恥心が薄れてしまっているのか、下着が露出する状態になっているというのに、恥ずかしがる素振りが全く見られない。顔を背けているこっちが馬鹿馬鹿しくなってきてしまうくらいだ。
「教えてくれてありがとうね。あと、さっきは受け止めてくれてありがとう。ということで、バイバイ!」
そう言って、パンツを隠そうともしないで、本当に立ち去ろうとするではないか。俺は黙って聞いていたが、遂に耐え切れなくなって叫んでしまった。
「良い訳あるか~!」
年頃の娘が下着出して歩いて良い訳がないだろ。少女の腕を掴むと、そのまま保健室に引っ張っていくことにした。
「い、いいよ。私は気にしない……」
「周りの男子が、目のやり場に困るんだよ!」
全ての男子が、木下みたいに鼻の下を伸ばして喜ぶと思ったら、大間違いだ!
少女は表面上こそ嫌がっているものの、特別抵抗するようなこともせずに、俺の後を大人しくついてきていた。
「ほら!」
「? これは、ハンカチ?」
「それで、破けているところを抑えていろ」
さすがに露わにした状態のままで連れ歩くと、俺に変な噂が立ってしまうからな。応急措置に過ぎないが、それで隠してもらおう。
「放っておいてくれていいのに」
「放っておけるか!」
全く! 本来なら自分から恥ずかしがって隠すものなのに、どうして他人の俺がこんなことを面倒見なければいけないのだ。
「……優しいんだね。さっきは地面に落ちそうになっていたところを受け止めてくれたし」
「馬鹿を放っておけない損な性分なだけだ」
俺の返しがツボに入ったのか、自分が馬鹿呼ばわりされているのに、少女はケラケラと笑い出した。
「アハハハハ! 面白~い!」
やれやれ。どうもこいつと話していると調子が狂うな。
このまま話していると、こいつのペースにどんどん巻き込まれてしまうので、だんまりを決め込もうかと思っていると、少女が俺の顔をじっと覗きこんできた。
「爽太君って、女の子にはドライだっていうイメージがあったけど、ちょっと印象が違うね」
「完全な誤解だな。俺は女性に厳しくしたことはないぞ」
素っ気なくしたことなら、何回かあるけどね。恐らくそれが、イメージとして固まったのだろう。
「ていうか、お前。俺のことを知っているのか?」
「うん。私の友達にも、あなたのファンがかなりいてね。聞きたくなくても、耳に入ってくるのよ」
「ふ~ん」
モテない奴だったら狂喜しているだろうが、生憎と俺には、最愛の彼女がいるのだ。そんなことを言われても、素っ気ない返事しか出来ない。
俺がどうでも良さそうにしているのを見て、何を思ったのか、少女は勝手に自己紹介を始めた。
「私の名前は五十嵐 遊里っていうの。興味がなかったら、すぐ忘れても良いわよ」
普通は是非覚えておくように、お願いするところだけどな。すぐ忘れて良いとは、珍しい自己紹介だ。もっとも、遊里とは、ここで別れてそれっきりになる可能性が高いので、そう言っても差し支えはないだろう。
俺も自己紹介をしようと思ったが、向こうは俺のことを既に知っているようなので、する必要もないかと思い直した。そんなことを思いながら、二階へと上がる階段の前に差し掛かった時だった。
「シャッターチャンス!」
突如、俺と遊里にカメラが向けられた。何だと思って見ると、カメラを構えたアキがいた。
「何の真似だ?」
「えへへ! お義兄さんの浮気現場の写真を激写……」
不謹慎極まりない発言をした罪で、脳天に強チョップをお見舞いしてやった。もちろん、画像はその場で消去。
「お前は何か? 俺が姉以外の女子と歩いているだけで、浮気だと騒ぐのか? 迷惑なんだよ!」
「お、お義兄さん。今のはマジで痛かったよ。ちょっ……、止めてってば!」
遊里は、俺とアキのじゃれ合いをしばらく眺めていたが、落ち着いてきたのを見計らって聞いてきた。
「爽太君。その子、誰?」
「彼女の不出来な妹だよ」
「お義兄さん。そこは出来た妹と紹介するところですぜ」
出来た妹なら、いきなり姉の彼氏を激写したりしないだろう。馬鹿なことばかり言っていると、もう一発チョップをお見舞いすることになるぞ。
「君、カメラなんかやるんだ」
「え、ええ……。少々……」
見知らぬ先輩からフレンドリーに話しかけられたアキは、やつにしては珍しく気後れしているようだった。
「私もちょっと嗜んでいるんだよね。私の場合、動画の方だけど」
「へえ、どんなのを撮っているんですか?」
「高いところから下の様子を撮ってアップしたりしている。暑くなってきたら、廃墟巡りなんかもやってるんだ」
アキは妙に感心した声を出していたが、俺にはピンとくるものがあった。
「さっき落ちてきた時も撮影中だったのか?」
「うん。『屋上から、校長の頭頂部を見てみたら』ってタイトルの動画を撮っていたら、夢中になっててね。気が付いたら、君にお姫様抱っこされていたの」
何ともくだらない理由だった。
「その動画、面白そうですね。アップしたら、教えてください!」
「良いわよ。私的にも結構な自信作なの」
男性にとって深刻な悩みを笑いのネタにするな。今、気付いたが、この二人。結構似た者同士だ。実際に、初対面なのに、もう意気投合しつつあるし。
「……へえ、パパの娘だっていうから、どんなやつかと思っていたら、思ったよりとっつきやすいじゃん」
「? 先輩、何か言いました?」
「いいえ。こっちの話よ」
一瞬だけ、遊里の目が怪しく光った気がしたが、すぐに笑顔で覆われてしまった。二面性でもあるのだろうか。
「あ、ここまで来たらもう大丈夫。これもいらないから返すね」
そう言って、遊里はさっき渡したばかりの俺のハンカチを返してきた。受け取ろうと手を伸ばすと、声を潜めて意味深なことを囁かれた。
「……私の匂いを染み込ませておいてあげたから」
「はあ!?」
俺が呆気にとられるのを愉快そうに見ながら、冗談なのか本気なのか分からない顔のままで、遊里は保健室へと入っていってしまった。
遊里が保健室に入るのを見計らったかのように、アキが俺に耳打ちしてきた。
「そのハンカチ。遊里先輩が腰に押し当てていた物ですよね? 気のせいだと良いんですが、ハンカチを離したら、白い物が見えた様な……」
相変わらず変なところが目ざといやつだ。遊里に隠す気がなかったとはいえ、もうつっこんでくるとは。ここで変に慌てたり、隠そうとしたりすると、アキのペースだ。だから、堂々と構えてやる。
「そうだよ。遊里のパンツが丸見えになっていたから、それを隠すためにハンカチを貸した。アリスに言っても構わないぞ。今回の俺の行いに過ちはないし、やましいこともしていない」
だから、コソコソするようなことはしない。だから、俺に脅しをかけて、また奢らせようとしても無駄だぞ。
「何でえ……」
俺に奢らせる気満々だったアキは、つまらなそうに顔をしかめた。ざまあ。