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第二十一話 俺に災難が迫る中、そいつは空から降ってきた

 ある日の深夜、人通りも絶えた夜の街を、一人の女子高生が携帯電話で通話しながら歩いていた。顔にはあどけなさがまだ残っているが、こんな時間に一人で出歩いているところから、あまり褒められた部類に属していないことは、容易に察することが出来るだろう。


「それでね、私は今、ターゲットの家の前にいるのよ。さっき部屋の電気が消えたから、たった今眠ったところみたいね。え? 危険なことをするなって? 家の前に立っているだけじゃん。パパったら心配性~! 大丈夫だよ、今日のところはこのまま帰るから」


 ちらりと、ターゲット宅を盗み見て、クスリと笑う。


「今日のところはね」


 意味深なことを言っているが、この女子高生がターゲット宅と称しているのは、俺の家だった。この家に住んでいるのは俺だけなので、女子高生のターゲットは俺ということになる。


 夜中に一人で出歩くような不良に目を付けられるようなことをした覚えはないが、実際に狙いを付けられているのは事実のようだ。ただし、この時点の俺は、そんなことは夢にも思っていない。


「本番はこれからよ」


 携帯電話での会話を終えると、女子高生は電気の消えた俺の部屋をもう一度見て、不敵に笑った。


 俺はというと、この時は自分に災いが近付いているとも知らずに、呑気に寝入っていたのでした。




 翌日、俺のテンションはいつになく高まっていた。


 アキのせいで、携帯電話を弁償する羽目になってしまった、あの忌々しい休日からちょうど一か月。俺の口座に、ついに新たな生活費が振り込まれたのだ。これで昨日までの清貧生活がようやく幕を閉じたのだ。


「なあ、木下。帰りにどっか寄って行かねえ?」


 久しぶりに娑婆の空気を吸ったような、清々しい顔で語りかける俺に、木下は漫画から視線を移して見てきた。


「昨日は墓場から這い出てきたゾンビみたいな顔をしていたくせに、たった一日ですごい変わり様だな」


「今回の件は勉強になったよ。人間の元気って、懐の金に比例するものなんだな」


 何しろ、銀行で預金の額を確認した途端、内から力が溢れてきたんだからな。木下にも同じ経験はあるようで、すんなりと同意してくれた。


「まっ、いいぜ。バイトも休みだから、放課後は暇だし、付き合ってやるよ。その代わり、何か奢れよ」


「ああ。金欠の時に、世話になったからな。コンビニの唐揚げくらいだったらいいぜ」


「チッ……!」


 時々舌打ちも繰り出される和やかな雑談をしていると、木下が不意に足を止めた。何だろうと思いつつも、先に歩いていると、今度は焦った感じで呼び止められた。


「お、おい! 避けろ、晴島! 上、上!」


 木下が上を指差して避けろと叫んでいる。一体何がどうしたというのだろうか。


 不思議に思って上を向くと……。


 たいへん信じられない光景だったが、頭上から少女が降ってきていた。いや、天から降ってきたと表現すべきか。


「なっ……、なっ!?」


 あり得ない事態に体が硬直してしまいそうになるが、すぐにこのままではぶつかることに気付いた。


 急いで避けなければいけないと思う一方で、俺が避けたら、あの子が地面に激突してしまうということも思い浮かんだ。


 そのためか、反射的に、俺は落下してくる少女を受け止めていた。


「いっ……!」


 衝撃はそれなりにあって、堪えきれずに、思わず声を上げてしまった。


「おい、お前! 大丈夫か?」


 落ちてきてから、ピクリとも動かない少女に対して、心配になってしまい、関わり合いにならない方が良いんじゃないかと思いつつも、つい声をかけてしまった。しかし、気を失っているのか、返答はない。呼吸はしているようだから、死んではいないと思うけど。


 駆け寄ってきた木下と、落ちてきた女子の顔をじっと見つめていたが、起きる素振りは見られない。


「起きないな、この子……」


「しっかり受け止めた筈なんだけどな。打ち所が悪かったのかな?」


 外傷はないようだったけど、このまま放っておくのも何だし、ここでこの子と一緒にいるのも面倒くさかった。薄情かもしれないけど、後のことは、保健の先生にお任せすることにした。


「とりあえず保健室まで運ぶか。俺が頭の方を持つから、お前は足を持ってくれ」


「ああ、でも……」


 木下はわずかに言いづらそうにしていた。まさか女子の足を持つのが恥ずかしいとか言い出さないよな。


「運んでいる時に、強風が吹いたら、スカートがめくれそうじゃね?」


「お前……」


 ある意味で健全な心配だが、呆れてしまった。そんなに心配なら、俺がおんぶで運ぼうかと問うと、慌てて発言を撤回した。


「まさかとは思うが、寝ている間なら、胸を触ってもばれないとか、考えていないよな」


「は!? 何を根拠に! そんなことは……、ない!」


 ハッキリと否定してはいるが、この慌てようからして、頭の隅には会ったことは確かだな。本当に、健全なエロ思考の持ち主だ。


「まあ、いいや。いっせいのせで持ち上げるからな。ちゃんと持てよ」


「おお」


 保健室に運ぶために、木下と二人で屈んで、少女に手を伸ばした時だった。


 それまで、いくら語りかけても、うんともすんとも言わなかった少女の目が、パチリと開いたのだった。


「あ……」


「……」


 思わず少女と見つめ合ってしまうが、すぐに事態の危険性に気付いた。


 この状況は不味い。見様によっては、俺と木下で意識のなかった少女に乱暴しようとしていたところに見えなくもない。


 言い訳でも何でもいいので、俺たちには危害を加える気がなく、むしろ保健室に運ぼうとしていた旨を早急に伝えなくては。


「え、え~とね」


 徐に話し出そうとする俺の口を遮って、少女はガバリと起き上がった。その際に、処女の頭が俺の顎にヒットしてしまい、軽く悶える。こいつ、体つきは細いくせに、何て石頭だ。


「ん~? ここはどこ? 私は誰?」


「……は!?」


 一瞬、アリスが記憶喪失になった時のことがフラッシュバックされてしまい、言い訳するのも忘れて、震えてしまった。まさか、この子も記憶喪失なのだろうか。


 少女は凍り付く俺の顔をまじまじと見つめた後、堪えきれなくなったのか、急に笑い出した。


「嘘! 嘘だって! ちゃんと覚えているからさ、自分のこと」


「嘘……」


 自分が担がれたことを理解するのに、たいして時間はかからなかった。心配した分、怒りが沸いてくる。


「……ちなみに、いつから意識があったんだ? その様子からすると、今目覚めたばかりじゃないんだろ?」


「そもそも、最初から意識不明になんかなっちゃいないよ。高所から落下したら、君に受け止められたから、そのまま寝たふりをしていただけ」


 全て、縁起だったってことか。良かったな、木下。性欲に負けて手を出していたら、今頃どんな目に遭っていたことか。


「てっきり手を出してくると思ったんだけど、君たち、甲斐性があるんだね」


「生憎と女性には困っていないもんでね」


「……パパの娘に手を出しておいてよく言うわ」


「ん? 何か言ったか?」


 不穏なことを口走ったようなので聞き返したが、少女は笑って誤魔化すだけだった。


「ま、とにかく、受け止めてくれてありがとうね。あと、保健室に連れて行ってくれようとしてくれたことにも感謝! 悪いけど、私、作業の途中だからもう行くね」


 話もそこそこにもう立ち去ろうとしている。いきなり落ちてきたかと思えば、せわしないやつだな。よく分からないが、作業をやっている過程で、落ちてきたということらしい。様子から察するに、自殺ではないみたいだ。


「ん?」


 このまま立ち去るのを見送るつもりでいたが、俺はあるものを発見してしまった。少女の腰の辺りが破けている。さっき落ちてきた時に切ったのだろう。中身の白い物まで見えてしまっている。


 さすがにあれには気付いていないか。でも、指摘されたら、怒りそうだし、どうしようか。


本日の投稿はいつもより遅くなってしまいましたね。次回はいつも通りの時間に投稿する予定です。

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