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第一話 掃除をしていたら、自分に許嫁がいることを知った

「何だ、これ?」


 家の掃除をしていたら、古びた便箋が大量に出てきた。俺には手紙を書く習慣なんてないから、きっと亡くなった両親のどちらかだろう。ひょっとすると、昔の恋人と交わしていたラブレターの類かもしれない。


 存命の頃なら、見るのは憚られたけど、もう亡くなっているから、読んでも構わないだろう。


「おい! 何を呆けているんだ? 親友に家のそうじをさせて、自分はサボってんじゃねえよ!」


 手紙の一つを早速見ようとしていたら、掃除の増援を頼んでいた木下から、悪態をつかれてしまった。


「ははは。悪い、悪い」


「全く! 何が悲しくて、お前の見栄のために、俺まで部屋の掃除を手伝わされなければならんのだ!」


 昨日、彼女に自分はきれい好きで、自分の部屋はいつも整理整頓を怠らないようにしていると言ってしまったのだ。それなら遊びに行っても平気よねと、家を訪れることになってしまった。


 何を隠そう、俺の部屋は汚部屋とまではいかないまでも、かなり汚い。このまま招待すれば、雷が落ちるのは明らか。という訳で、親友の木下も誘って、大掃除を敢行している訳さ。


 彼女が家に来るまで時間的に余裕がない。そろそろラストスパートをかけなければ危ないけど、手紙のことを気になる。木の下に相談してみると、俺と同じく興味津々。結局、手紙を片っ端から読んでいくことになる。


 案の定、便箋の多くは母親以外の女性から送られたラブレターだった。驚いたことに、全部違う女性からだった。


「親父さんも、お前と同じように、モテていたんだな。親子二代に渡ってモテモテとは、隅に置けないねえ」


「俺はそんなにモテていないと思うけど?」


「謙遜するなよ。この間も5組の山根から告白されたのを知っているんだぞ?」


「見ていたのか……」


 情報通の親友に苦笑いしつつも、手紙を読み進めていくと、一つだけ他とは印象の違うものを見つけた。それは父の親友からの物で、互いの子を将来結婚させようとの誓いが書かれていた。


「……これって、俗に言う許嫁ってやつじゃないのか?」


「い、許嫁!?」


 ドラマや漫画でしか聞いたことのない言葉に、思わずドキリとしてしまった。


 慌てて他の手紙を読んでいくと、他にも、その親友からの手紙はあった。どうやら俺の父も乗り気みたいで、許嫁のことがとんとん拍子に進んでいく。本人たちの了承を得ないままに。十七歳になったら、お互いを引き合わせて、高校卒業後に結婚させようということにまで話は発展していく。


 おいおい! そんなこと、生前に一言も言ってなかったぞ。しかも十七歳の誕生日って、あと三か月じゃないか。


「おいおい、どうするんだよ。お前には身体的にも可愛い彼女がいるだろ。絶対に揉めるぞ?」


「うーむ……」


 もし女っ気のない男子だったら、明らかになった許嫁の存在に狂喜するところなんだろうけど、俺には一週間前から交際している彼女がいるのだ。


「許嫁だけど、お前にやるよ。俺の振りをして、こっそり結婚してくれ」


 最低な要求だが、仕方がない。こんなどこの馬の骨かもしれない許嫁のために、彼女と別れるなんて、ごめんだ。彼女だって、納得しないだろう。


「おお、マジか!? ……って言いたいところだが、ノーセンキューな。ゴタゴタに巻き込まれるのはごめんだ」


 何だよ。日頃から肉食系男子を騙っているくせに、情けない。


「ちなみに相手は誰なんだよ?」


 巻き込まれたくないとか抜かしておいて、こういうところはちゃっかりしているんだな。手紙の後半には、相手の女子と思われる子の名前が書かれていた。ここまで相手の名前を匂わせるフレーズが全くなかっただけに、やっときたかという感じだ。どれどれ……。


 深呼吸して、相手の名前を読み上げようとしたところで、背後の方で、ガタッと物音がした。不審な物音に、手紙を読む手が思わず止まる。


「……あれ? お前の家って大型犬でも飼っているのか?」


「そんな訳ないだろ。このマンションはペット禁止だ」


 人が家をそうじしている時に泥棒かよ。頼むから、せっかくきれいにしたところをまた汚すのだけは勘弁してほしい。


「先に俺が確認するから、何かあったら……」


「分かっている。安全なところまで避難してから、警察を呼ぶよ」


「いや、俺を助けろよ……」


 全くもって頼りにならない親友だ。まあ、こいつが使い物にならないことは今に分かったことじゃない。ため息をつきながら、音のした方を確認した。


「……何をしているのかな、君は?」


 後ろの部屋を確認すると、女子高生が一人隠れていた。これだけ書くと、かなり嫉妬されそうな展開だが、潜んでいたのは、今交際している彼女の妹のアキだ。俺の家で何をしているんだろうか。


「あははは……。どうも」


 イタズラの見つかってしまった悪がきのような顔で苦笑いしながら出てきたアキは、一見すると、無害のようにも見えるが、その手にはカメラが握られていた。


「何をしていたのかな?」


 警察に突き出しても良さそうなものだけど、相手は彼女の妹だ。なるべく平静を装って、事情聴取に取り掛かった。


「え~とですねえ。お姉ちゃんとお義兄さんの甘い一時を見届けて、こっそりカメラにも収めて……」


「何だって?」


 今すごく聞き捨てならないことを口走ったよ、この子。しまったと口を手で抑えても、舌を可愛らしく出してドジッコを演出しても、もう遅い。取り調べにも、俄然力が入る。


「カメラに収めてどうするつもりだったの?」


 今は動画で世間様に公開する不届き者もいるので、彼女の妹といえども油断は出来ない。


「それはもうお宝コレクションとして、暇な時に鑑賞して楽しむために……。あと、お姉ちゃんと喧嘩した時に、切り札に出来ればなあって……」


 この子は困ったことに姉に対して、下剋上を密かに狙っている。今のところ、悪企みは悉く失敗に終わっているけど、たいへん物騒なことだ。


 よくある姉妹喧嘩の一環と思っていたが、こんな犯罪紛いの方法まで使ってくるとは。あまり頭の回転が速くなさそうな顔をして、気を許すことが出来ない。


 とりあえずカメラは没収させてもらった。アキは涙ながらに帰してと訴えたけど、こんな物騒なものを彼女の手に戻す訳にはいかないな。


 そのまま返すのも何なので、アキにも掃除を手伝ってもらうことにした。かなり面倒くさがっていたけど、カメラの件を姉にばらすと伝えたら、大人しくなってくれた。




「むう~。掃除するの、面倒くさい」


「……カメラ」


「おっと! こんなところにも埃が! きれい好きの私としては見逃せませんな!」


 さっきまでは厄介な盗撮者だったけど、今では立派な戦力と化していた。不良を更生させたみたいな清々しい気分と、アキのおかげで楽できるという充足感を同時に味わっていた。


「花瓶の水も取り替えないと……」


「アキのおかげで、掃除が捗るな」


 忙しく動き回るアキを見ながら、木下がにやけている。さっきまで逃げ腰だったくせに、いい気なものだ。


「暇が出来たところで、改めて許嫁の名前を確認しようぜ」


「ああ、すっかり忘れていた」


 仮にも許嫁なのに、存在を忘れるとは。俺も結構ひどいやつなんだな。


 まあ、いいや。とにかく確認するか。そう思って、手紙に再び目を通したところで、叫び声が上がった。


「うわあああ! お義兄さん、避けて~!」


「は!?」


 見ると、アキがバランスを崩して、こちらに転倒してこようとするところだった。しかも手には、水が並々と注がれた花瓶が……。どうしたって? もちろん避けたよ。水浸しはごめんだからね。


「ふう……。危ないところだったぜ」


「いやいや、俺は危ないところを回避できなかったから……」


 花瓶の水を頭から被ってしまった木下が、仏頂面で口を開いた。


「ご、ごめんなさい。つまずいた拍子にバランスを崩しちゃって……」


「ああ、大丈夫。アキが怪我してないなら、それでいいよ」


「出来れば、俺にも謝ってほしいけどな」


 木下がさりげなく謝罪を求めるが、サラッと流された。不憫なやつめ。


「ああ……。手紙の方もびしょびしょだ……」


「だから、俺にも謝ってほしいな……」


 そうなのだ。水を浴びた時に、手紙も水を被ってしまったのだ。見ずにあまり強くなかったのか、字がすっかり霞んでしまって、判別不能になってしまっている。これじゃ、許嫁の名前を確認できないな。


「あの……。それって、とっても重要な書類ですよね……?」


 アキが恐る恐る聞いてきたので、つい勢いで、問題ないと答えてしまった。実際、こうなってしまった以上、アキを責めても仕方がないではないか。


 しかし、このタイミングで許嫁の名前を確認できなかったのは、今後の俺を非常に面倒くさい展開に追い込んでいくことになるのを、この時はまだ知る由もなかった。


新連載です。自分が読者だったら、読みたい作品を念頭に書いていきたいと思っております。感想、要望がありましたら、どんどん送ってください!

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