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第百八十一話 決着をつけるために、とても重要なこと

 無事に再会を果たしたゆうちゃんと、一時の喜びを分かち合った後、後始末へと動くことにした。


 本当はまだイチャイチャし足りないのを抑えて、玄関へと向かう。そこにいるのは、ここに侵入するときに、叩きのめしておいた大男だ。


 玄関に戻ると、まだ意識を失ったままだった。起きていても、面倒なだけなので、これはこれで好都合。


「まずはこいつからだな……」


「そうねえ……」


 思い返せば、こいつがいなかったら、あの森の決闘で勝負はついていたのだ。そう思うと怒りが込み上げてくるな。意識のない大男を見下ろす俺たちは、表情こそ笑顔のままだが、瞳は怪しく光るのだった。


 そんな大男は、さっき殴った時に出来ただろう大きな痣が、頬に二つあるが、そんなものを抱えているのに、幸せそうな寝顔をしている。ある意味で、すごいやつだ。


「おい……、止めろって、虹塚さん。人前だぞ?」


 当人が目の前にいるというのに、気持ちの悪い寝言をほざきだした。ここで蹴ってやりたくなるが、そうすると起きてしまう危険もあるしな。出来れば、眠らせたままで、別の夢の世界に送り届けたいのだ。しかし、大男の呟きは止まない。


「しょうがねえな。ちょっとだけだぞ? ……へへへ。お前、また大きくなったんじゃねえか?」


 こいつは人前で、人の彼女に何をしているのだろうか。夢の中で繰り広げられる、こいつの妄想に過ぎないと分かっていても、怒りのボルテージが瞬間的にフルスロットルになる。


 俺も背筋がブルッときたが、それ以上に感じているのは、ゆうちゃんだろう。本心は嫌悪感でいっぱいの筈なのに、健気にも笑顔を保っている。彼女も彼女で、すごい。


「爽太君……。とっとといきましょうか……」


「あいよ!」


 声色も柔らかいが、殺気は十分に伝わってくる。顔は仏で、心は阿修羅といったところか。ゆうちゃんのこういう性格には、もうずいぶん慣れたので、今更ビビるようなことはないが、初めて接していたら、冷や汗が止まらなかっただろうな。


「ちょっとチクッとするぞ」


 夢の中とはいえ、ゆうちゃんとイチャついた罰として、空気を抜かない状態で、注射器を射してやろうかとも思ったが、勘弁してやることにした。


 本来は一本で、記憶は消えてくれる。それは、実際に自分の体で実体験済みなので、確かな事実だ。だが、それを敢えて二本射してやった。単純に考えれば、効果は二倍なので、かなりの量を忘れることになるだろう。今、ゆうちゃんと楽しんでいる不届き極まりない夢も含めて、ゆうちゃんのことは、きれいさっぱり忘れてしまえ。


「もっとも、仮にまだ覚えていたら、忘れるまで打ち続けてやるだけだがな!」


 可愛い彼女をオカズにさせる訳にはいかないので、ここは心を鬼にして望ませてもらう。薬の効果はすぐに現れてくれた。


「心なしか、さっきより笑わなくなっているわね。効果が出てきているのかしら」


「そりゃそうだ。これだけ打って、効果が出ない訳はないからね」


 ふと頭をよぎったことだが、実はかなりやばいことを淡々とこなしているよな。公になっていない薬を、他人にバンバン投与しているんだから。そんなことを平然としている辺り、俺もだいぶゆうちゃんに毒されているな。きっと記憶を失う薬を恐れていた、ゆうちゃんから脅迫され始めていた頃の俺は、もう戻ってこないのだろう。


 それはさておき、たっぷりサービスしてやったのだ。これで、気分は常に天国を彷徨えるようになるだろう。ゆうちゃんも満足らしく、微笑を帯びた顔で俺を見ていた。


「まあ、警察に突き出さないだけありがたく思えよ」


 おそらく夢の世界にいるだろう大男に一瞥すると、皮肉を言ってやって、その場を後にした。最後まで、お前の名前を知ることはなかったが、どうせお前だって自分の名前を忘れている頃だろうしな。個人的に興味もないし、永遠にさようなら。


 残るは優香だ。姿はまだ確認していないが、ゆうちゃんの話では、一緒にここへ連れ込まれたらしい。ただどこの部屋なのかまでは分からないというので、一部屋ずつ気長に探すことにした。


 だが、所詮マンションの一部屋なので、探し出すのに、たいして時間は要さなかった。というか、部屋の真ん中に、無造作に置かれていたので、すぐに見つかった。


 優香なら、自力で脱出していそうなので、警戒しながら探索したのだが、そんなことはなかった。いかに優香でも、記憶を失っている状態では、歳相応の少女ということなのだろう。


 ちなみに、優香がいたのは、ゆうちゃんがいたのと隣の部屋だった。起きても、身動きが取れないように、猿ぐつわと縄で縛られているところは、ゆうちゃんと同じだった。彼女と違うのは、まだ気を失っているということだ。


「俺と交戦した際に、記憶喪失剤を打っているから、起きたと同時に襲いかかってくるということはないと思うが……」


 俺の呟きに、ゆうちゃんが頷く。


「確かに記憶を失っているわ。今は寝ているけど、意識を失う直前に記憶を失ったのを確認しているわ」


 それは朗報だ。しかし、だからといって、安心は出来ないことを、俺たちは知っている。何せ、一度記憶を失っているのに、自力で復活したという前例をお持ちだからな。


「こうして寝顔を見ている分には、普通の女子高生なんだけどねえ」


 ゆうちゃんがしみじみと言っているが、その意見には賛成だ。あんな凶暴な別人格さえなければ、平和な学校生活を送っているだろうに。


「もし……、優香が自力で記憶を取り戻すようなことがあれば、また記憶喪失剤を打ち込むんだよな」


「他に方法があれば助かるんだけどね。この女には、記憶喪失剤も、確実ではないもの」


 確実ではないが、現状では、もっとも有効な攻撃手段になるんだよな。だが、この寝顔を見ていると考えてしまうんだよな。記憶喪失剤を何度も投与したら、主人格の記憶も消えていくんじゃないかと……。


 優香の主人格は、性格も明るい上に無害なので、影響が出るようなことは避けたいんだよな。完全に、凶暴な別人格のとばっちりを受けているだけだからな。


「この女に、記憶喪失剤への耐性があるばかりに、面倒なことになっちゃったわね。爽太君の話では、アリスちゃんもリタイアしたというし、私たちの勝利なのにねえ……」


 困ったような顔で、ゆうちゃんは苦笑いした。俺だって、これで終わってくれたら、どれだけ気が楽か。だが、最後にしなくてはいけないことが残っているのだ。これが一番大変な気がするよ。


「なあ、ゆうちゃん。落ち着いて聞いてほしいんだ。信じられないことかもしれないが、優香の記憶を戻そうと思うんだ」


「あらあら……。ずいぶんと大胆な行動に出るわねえ」


 自分でも大胆なことを提案していると思う。いや、大胆を通り越して、無謀の域に達しているだろう。恩を仇で返されることを確信した上で、宿敵に塩を送ろうと言っているのだから。提案した時に怒られなかっただけでも、ありがたいと思わなければいけないだろうね。


 だが、俺は大まじめだ。決して酔狂で、こんなことを提案した訳ではない。


 確かに、優香は現在記憶を失っていて、例の危険な人格もなりを潜めている状態だ。しかし、手放しで安心できないことを、俺もゆうちゃんも、経験している。


 前回は、俺とゆうちゃんがイチャついている姿を目の当たりにした時に、嫉妬の力で復活したが、今回だって、何かの拍子に復活するに決まっているのだ。


 どうせいつかその時を迎えてしまうと分かっているのなら、この場で決着をつけたかったのだ。そうしない限り、優香は何度でも俺たちの前に立ちはだかる気がしたのだ。

ゆうちゃんも、そんな俺の気持ちを理解しているからこそ、渋々ながらも、優香の記憶を戻すことに同意してくれたんだと思う。


「お願いしたからといって、大人しく聞くとも思えないけどねえ」


「困難は覚悟の上さ。だが、いつかはやらなくちゃいけないことなんだ」


 一応、ルールの上では、ゲームに負けたら、大人しく手を引くということになっているが、そんな話を鵜呑みにするほど、俺はおめでたくない。


 俺の本気が伝わったのか、あまり乗り気ではないにせよ、ゆうちゃんも賛成してくれた。


「でも、この女を縛る縄だけは、安全を考慮して、このままにさせてもらうわ。これだけは譲れないから」


 もちろんそのつもりだ。体の自由が効く状態で、記憶を戻したら、どういうことになるかくらいは、俺にだって分かる。


 まだ残っていた記憶を戻す薬の詰まった注射器を手に取ると、緊張で強張っているゆうちゃんを安心させようと、努めて笑顔で確認した。


「それじゃあ、いくよ?」


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