第百八十話 再会した二人は、もう誰にも止められない
玄関のところで、大男を拳二発でノックアウトさせると、俺はゆうちゃんの元へと急いだ。
幸いなことに、彼女の姿は、奥の部屋で無事に確認することが出来た。よほど心細かったのか、疲労の色が隠せないが、怪我はしていなかったみたいなので、ホッと安堵の息を吐いた。
安心してしまっている俺に、早く自由にしてほしいと、身をよじってアピールしてくる。いつも俺を子ども扱いしてくるゆうちゃんとは思えない可愛らしい仕草だ。一切抵抗出来ない上に、身動きもままならない姿を目の当たりにしていると、不謹慎とは思いつつも、イタズラ心がくすぐられてしまうな。
邪まな胸の内が悟られないように気を付けていたのだが、ゆうちゃんが俺を見る目が、心なしか厳しくなったところから察して、ついつい顔に出てしまったようだな。
ははは! そんな心配しなくても、俺が動けないゆうちゃんに粗相をする訳がないじゃないか。わざとらしく微笑みながら、彼女を拘束する縄と猿ぐつわを外してやった。
「あでっ!?」
大丈夫だったか聞こうとしたら、ようやく自由の身になったゆうちゃんが、いきなり俺の頭を叩いてきた。
「ど、どうした。いきなり!?」
叩かれた方の頬をさすりながら、思わず後ずさると、頬を膨らませたゆうちゃんが、猛然と抗議してきた。
「今、私にイタズラをしようと企んでいたでしょ! 誤魔化しても駄目よ。顔に出ていたんだからね」
目に涙を浮かべながら、疑いの眼差しを向けてくる。俺が誤解だと言っても、聞いてくれない。イタズラをしたら面白そうだと思ったことは事実だが、本当に実行しようとは思っていないのに、失敬だよな。そんなことはないと言っても、信じてくれないし。
「ちょっと心外だが、それだけの元気があれば、心配はいらないな。それよりも……」
「あっ! 話題をすり替えようとしているわね。ずるいわ、爽太君」
う~む。手厳しいな。だが、そろそろ気持ちを切り替えてほしいかな。
「どっちでもいいじゃないか。それよりも、やっと再会したんだぜ。他にすることがあるよな」
俺が顔を近付けると、ゆうちゃんは、別の意味で頬を赤くしながら、俺から顔を背けた。
「な、何? 強引に話をそらそうっていうの? 私がそういうのに弱いことを知っていて、やっているのかしら。ちょっと見ない内に、生意気なことをするようになったじゃない。私の方がお姉さんなのに……」
まだ頬を膨らませているゆうちゃんと、再会の挨拶を交わすことにした。俺が女子を救うというレアな出来事の後なので、主人公気取りで、いかせてもらう。
「怖い思いをさせちゃったが、お待たせ。ゆうちゃん!」
キスにつなげるつもりで、少々恥ずかしいセリフを口にする。人前だったら絶対に無理だが、今は二人きりなので関係ない。嬉しいことに、ゆうちゃんには効果絶大だったようだ。いつもより三割増しくらいに目を見開いて、俺を凝視してくる。
「今……、なんて言ったの……」
あれ? 俺、何かおかしなことを言ったか? 今の自分のセリフを思い返してみたが、おかしなことを言ったようには思えないんだけどな。
「今……、私のことを、ゆうちゃんって……」
「ああ、そういえば……」
言われてから気付いたが、今までゆうちゃんのことを、心愛って名前で呼んでいたっけな。それがいきなり昔のように、ゆうちゃんと呼びだしたことに驚かれているのか。
感極まったというように、ゆうちゃんが、俺に抱きついてきた。まるで今まで抑えていた感情を、全部爆発させているように、激しいハグだ。だが、痛いとは思わない。
「みんな……、思い出したのね……」
「ああ、記憶を取り戻す際に、今まで忘れていた分も含めて、一気に思い出したんだ。こういうのを、災い転じて福となすっていうのかな?」
軽い冗談を口にしてみたが、ゆうちゃんはお構いなしに嬉し涙を流す。
「ずっと……、待っていたんだからね……」
「ははは! ごめんな……」
謝ったのだが、俺の腕の中で泣きじゃくっているゆうちゃんの耳には届いていないんだろうな。
長い間抱き合った後で、ようやく互いの体を離したかと思うと、今度はしばし見つめ合って、濃厚な口づけを交わした。この3LDKの空間内で、意識が覚醒しているのは、俺とゆうちゃんだけなので、ほぼ二人きりの状態だからこそ出来るイチャつきだ。
「ふう……」
「はあ……」
息が続く限り、口を重ねていたので、離した途端に、互いに大きく息を吐いた。そして、また貪るようにキスを再開した。それを延々と繰り返す。
そんなことを何回か繰り返した後で、夢見心地で、その場にへたり込んだ。だが、気持ちは、まだまだ甘い感じのままだ。
他人からすれば、ただのバカップルのイチャつきでしかないが、当人同士にとっては、再開の儀式というべきものが済んだ。
「また爽太君に、ゆうちゃんって呼んでもらえるなんて、夢のようだわ……」
「呼び方一つで、そんなに感激してもらえるとは思わなかったよ」
「あら。呼び方一つなんて、失礼しちゃうわ。少し前まで、二人きりの時も、丁寧語だったくせに」
「ははは……」
そう言われると、苦笑いするしかないな。記憶を全部取り戻した今となっては、もうそんなことはしないと断言出来るが、あの頃はおっかなびっくりだったからな。
だが、そうなった原因は、ゆうちゃんにだってある。いきなり脅迫じみた接触をしてくれば、誰だって、おっかなびっくりになってしまうだろう。武士の情けで、過去の失敗を、ツッコむようなことはしないけどね。
さて、ゆうちゃんとの感動の再会を果たしたところで、次は後始末に移ることにしますか。
ゆうちゃんも同じ気持ちだったようだが、甘い空気を消すのが嫌で、敢えて後回しにしていたようだ。
「気持ちは分かるが、早めに済ませないとね。続きは、俺の家に帰ってから、思う存分やればいいんだから」
励ますつもりで話すと、ゆうちゃんは「それもそうね」と薄く笑った。そのプリプリの唇を見ていると、言い出しっぺの俺までドキドキしてきてしまう。
話が変な方向に脱線してしまったが、早めに済まさなければいけないことというのは、大男と優香の処遇だ。この二人をどうにかしないことには、安心して、ゆうちゃんと町を歩くことも出来ない。
まあ、多少はイチャついたがね。それは、離れ離れの二人が再開したんだから、仕方がないと大目に見てほしいです。