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第百七十八話 囚われの彼女との、ドア越しの再会

 連れ去られたゆうちゃんの後を追って、小洒落たマンションに辿り着いた。ここの三階の一室から、彼女の反応が検出されている。


「ここに逃げ込んでいる訳か……」


 マンションを見上げながら、ぼそりと呟く。それが正直な感想だった。


 てっきり人気のない廃工場辺りかと思ったが、予想に反して、小奇麗な場所に逃げ込んだものだ。


 意外な思いがしたが、考え直してみれば、廃工場なんて犯罪の温床に利用されそうな場所は、そうそうあるものじゃないよな。そもそもそんな良くも悪くもオープンなところに連れ込んだりしたら、もの好きな通行人の目に留まって、通報される危険も高い。


 さらに深く考えれば、大男が、そんなに離れた距離に行ける筈もなかった。向こうは、女子二人を抱えた状態なのだ。そんな状態で、人目を避けながらの移動では、距離を稼ぐことは困難に決まっている。


「もし、ゆうちゃんに手を出していたら、ただじゃおかない」


 決意を新たにするが、よく考えてみれば、手を出していなくても、ただじゃおかないんだよな。ゆうちゃんを連れ去った罪は、限りなく重いのだから。


 拳を強く握ると、俺はマンションへと足を踏み入れたのだった。




 マンションに入ると、すぐに受付があって、管理人らしき叔父さんが、眠そうな目で俺を見つめていた。この程度は予想済みだったので、にっこり笑って挨拶すると何も言ってこなかった。俺を住人の誰かの友人と勘違いしたのかもしれない。


 マンションなんて、人の出入りがしょっちゅうあるんだし、いちいち確認なんてしていられないのだろう。……ということにした。


 あれ? だが、ここの住人だとしても、女子を二人担いで通ったら、さすがに呼び止められてしまうよな。まさかアプリが場所を間違えてしまった?


 一瞬、疑問がよぎって、不安になるが、進まない訳にもいくまい。ここで引き返したところで、他の場所に当てはないのだから。


「ここが、あいつの家だったら、笑えるよな」


 不安を押し殺すように、無理に不謹慎なことを考えるようにして、階段を上っていく。


 どちらかといえば、木造の家が似合うタイプだが、イメージと違う家に住んでいることなどよくあるので、ないことではない。子供が阿呆でも、親が真面目だったという話はよく聞くしな。


 しかし、こっちにやましいことがないといっても、他人の家に殴りこみに来るというのは、ドキドキするものだな。


 受付のところでこそ、自然にふるまえたが、怪しまれてはいけないという思いからか、ついついぎこちない動きになってしまう。おいおい……、これじゃ住人に警察に通報されてしまうぞ……!


 ちなみに警察に連行されたとして、彼女を救いに来たと正直に打ち明けた場合、信じてもらえるのだろうか。


 ……無理だろうな。俺が涙ながらに訴えても、無理だろうな。俺が逆の立場でも、信じたりしないので、はっきりと断言出来る。


 こうなるとますます自然にふるまわないといけないと思ったのがまずかったのか、動きがさらにぎこちなくなってしまった。ここで住人とすれ違ったら、間違いなく変な目で見られることだろう。


 だが、俺は悪運が強いらしい。住人と遭遇するより先に、目的の部屋にたどり着くことが出来た。ただ単に、入居者が少ない可能性もあるが、とにかくラッキーだ。


「ここか……」


 部屋まで突き止めてくれるとは、今の携帯電話のアプリは、本当に怖いくらいに進化しているな。今回は助けられたが、首を絞められることになることも多そうだ。


 アプリが指示している部屋の前には、大きな空の段ボールと台車が無造作に置かれていた。段ボールの方は、工夫さえすれば、人間二人くらいなら、詰め込めるほどのサイズだった。


「なるほど……。こいつで運んだ訳ね」


 これなら、あの眠そうな目の管理人さんを出し抜くことも出来るだろう。もし、怪しまれても、あの体格で人睨みすれば、すんなり通してしまいそうだ。


 本当に悪知恵だけは効くやつだよ。


 そして、まんまと部屋にゆうちゃんと優香を連れ込んで、今はお楽しみってことか……?


 そう考えると、途端に腸が煮えくり返ってくるな。


「~~!!」


 その時、中から、女性の物と思われる叫び声が聞こえてきた。


 猿ぐつわでも噛まされているのか、言葉になっていないが、紛れもなくゆうちゃんの声だった。彼女の記憶が消されていることを危惧していたが、間に合ったみたいだな。


いや、そもそもゆうちゃんに対して、記憶喪失剤を打てないだけかもしれない。あいつはいけ好かないやつだが、気持ちは分かる。好きな人に対して、用法のよく分かっていない薬を、気軽に使えるものではない。万が一、記憶を消し過ぎてしまった場合、取り返しのつかないものになってしまうからな。


 体の自由が効かないながらも、必死に暴れまわるゆうちゃんを、これまた必死になって宥める大男の声も漏れ聞こえてくる。声はしないが、きっと優香もいるんだろうな。


 馬鹿め……。後先考えずに行動するから、こんなことになるんだよ。どうせこれからどう立ち回ったらいいかも分からず、慌てふためいているんだろう。


 心配するなよ。今、楽にしてやるからな……。自分のやったことを後悔出来ないくらいに……。


 暗い決意を胸にした途端、室内でゆうちゃんの叫び声が止んだ。次いで、大男が、ゆうちゃんの機嫌が急に良くなったことを反笑いで喜ぶ声も聞こえてきた。


 何となくなんだが、ゆうちゃんが、俺の来訪に気付いたことが分かってしまった。どうして俺の来訪が分かったんだ!? 物音も、声も出さないように、細心の注意を払っていたというのに。彼女には、俺の接近を察する超能力でもあるとでもいうのだろうか。


 腑に落ちないことが起きてしまい、頭の中に?マークが浮かんでしまうが、そんなことは、ゆうちゃんを救出してから聞けばいいことだ。とにかく今は救出に集中せねば。肝心の大男には、まだ気付かれていないのだ。焦る必要はない。


 慎重にドアに近付くと、さらに慎重にドアノブを回した。予想通りというべきか、鍵はかかっていた。俺は鍵など持っていないから、中から開けさせないとドアからは入れない。


 ドアから侵入出来ないとなると、窓でも破壊して侵入するか?


 是非ともそうしたいところだが、それじゃ俺の方が犯罪者みたいだ。一応、管理人もいるので、部屋の外で騒ぎを起こすのは避けたい。いや、室内だったらいいという訳ではないが、遊びの延長という言い訳も出来るしね。


 虹塚先輩の所在は確認出来たが、思わぬところで、障害が立ちはだかってしまった。さて、これからどうするかね。


 昨日、職場の掃除をしていたら、職場の先輩から、自分がこんなことをするなんて珍しいと言われました。明日は雨だとも言われました。そんな馬鹿なことがあるかと思っていたら、本日、台風がやってきましたとさ。

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