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第百七十一話 記憶のない今だからこそ、正直な気持ちを聞かせてほしい

 前回までのあらすじを覚えている限りで説明すると、気が付いたら、俺は記憶喪失になっていた。しかも、足に怪我をした状態で、森の中を歩いていたのだ。これからどうしようと途方に暮れていると、記憶を失う前の俺が、ここに呼んだアリスという女の子がやってきて、手当をしてくれた。その後、病院に向かう途中で観覧車を見つけて、何故か誘われるままに乗ることになってしまった。こんなところだ。


 自分で言っておいて、滅茶苦茶な説明だと思うが、事実をありのままに述べたらこうなってしまったのだ。読んだ方を馬鹿にしている訳ではない。


 そんなこんなで、俺は今アリスと向かい合っている状態だったりする。


 せめて記憶があれば、退屈しないように話題を振ることも出来るんだが、アリスが何の話が好きなのかを全然覚えていないんだよな。


 平日なのか、観覧車は経営者に同情してしまうほどに空いていた。


 そこまで考えて、はたと気付く。


 そうか……。俺、今日が休日なのか、平日なのかすらも分かっていないんだな。もし、平日だったとしたら、社会人の場合、無断欠勤していることになるのか。クビは免れないな……。


「良い景色ね……」


「ああ……」


 景色が良いのは認める。これといって、特筆するようなものがある訳ではないが、緑の生い茂る山々をずっと向こうまで見渡せるのは、気持ちの晴れるものだった。


 何かすごく懐かしい気がする。もっとも、以前も来たことがあると聞かされているから、そう感じているだけかもしれないけどね。


「前に来た時もこんな感じだったのか?」


「そうね。天気も良かったし、景色もきれいだったし」


「いやいや、景色は同じだろ。場所が変わる訳でもなし」


「そうでもないよ。心境一つで、全然違うものになるわ」


 そう言って、アリスの表情が曇った。前回に乗った時のことを思い出しているのだろうか。表情から察する限り、あまり良い思い出でないみたいだがね。


「そういえば、まだ聞いていなかったことがあるね」


「ん?」


 俯いていた顔を上げて、アリスは俺を見てきた。


「俺と君って、どんな関係だったんだ?」


 質問をした途端、アリスの表情が強張ったところから、ただのご近所というのはありえないだろう。苗字が違うから、兄弟でもなさそうだ。そもそもこんなバカップルホイホイの典型みたいなアトラクションに一緒に乗るとなると、それなりに親しいことになる。


「……どういう関係だったと思う?」


 あれれ? 質問したのはこっちなのに、逆に聞き返されてしまったぞ。それを聞きたかったから、質問したというのに。


 アリスは、俺を探るような目でじっと見ている。俺がどう回答するのかを知りたがっているようだ。え~い、こうなったら、勘だ。


「……彼女?」


 確かに可愛いが、こんな明らかに年の離れた女の子と付き合っているとは、本気で考えちゃいない。もし、そうなら、俺はロリコン確定になってしまう訳だしな。はっはっは!


 軽い気持ちで口にした彼女という単語に、我ながら苦笑いしていると、アリスの頬が染まっていくのが見えた。何というか……、思っていた以上に好感触だった。むしろ感触が良すぎやしないか?


「なんてね! ごめんね、いきなりこんなことを聞いちゃって。学校のクラスメートで合っているかな?」


「……そうね」


 変な空気に発展しそうだったので、慌てて発言を撤回したら、膨らんだ風船から空気を抜いたように、急速に意気消沈されてしまった。アリスとの関係は依然不明だが、彼女が俺に好意を寄せているのは確認出来た。


「でも……、妹の友達とか、お姉ちゃんの子供とか言われなかっただけマシかな?」


「?」


 何のことかしばらく分からなかったが、要するに、子ども扱いされなかったことにホッとしているらしい。ひょっとしなくても、アリスは見た目よりも実年齢が高いらしい。


「この際だから、言っちゃうけどさあ……。私たち、以前ここでキスをしたんだよ」


「まさか!」


 それは嘘だと断言出来たので、即否定してやった。そりゃあ、アリスはかわいいと思うけど、付き合ってもいないのに、キスはないでしょう!


 俺にあまりにもあっさりと否定されたので、アリスは多少たじろいでいたが、やがて我を取り戻した。


「なんてね!」


「はははははは!」


 ニッコリ笑うと、アリスはネタ晴らししてきた。やはり嘘だったか。


 その後は、たいした話題もなく、淡々と景色を満喫した。心なしか、アリスの元気がないようだったが、きっと気のせいに違いない。


「これ……」


 観覧車が地上に着いて、降りる段階になった時、ある物を差し出された。アリスが渡してきたのは、何かの薬品が詰まった注射器だった。正直、女の子からのプレゼントだとしても、快く受け取る気にはなれないな。しかも、この注射器を見ると、心臓が締め付けられそうになるんだ。絶対に、良い思い出がないと断言出来てしまう。


「中身は何なの? ……麻薬とかじゃないよね?」


 とにかく中身が気になったので、これがただの栄養剤だったら、怒られそうなことを、さらっと聞いた。アリスは違うと否定してくれた。


「あっ、でも、人によっては、麻薬以上に怖い薬かもね……」


 何それ? 麻薬より怖いってことは、毒!? 超怖いんですが……。


「まあ、ある意味で毒かもね」


 ある意味で肯定されてしまった。ていうか、どうしてそんな物騒なものを、俺に手渡すの?


 全身から嫌な汗が、我先にと噴き出している中で、アリスはまた真面目な顔になって口を開いた。


「ちなみにさ……。さっきの質問の回答なんだけど、彼女だったっていえば、爽太君は信じる?」


「ん……?」


 また妙な質問を……。こっちの質問ははぐらかしてばかりなのに、自分の印象についてやたら聞いてくるんだよな。


「教えない!」


 ちょっとムッとしたので、こっちもはぐらかしてやることにした。起こるかと思ったが、アリスは、寂しそうに笑っただけだった。


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