表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
169/188

第百六十八話 物言えぬ君へ、俺でないあいつらが語りかける

 ふとした不注意から、優香に背後に回られて、体の自由を奪われることになってしまった。


 早速、俺を人質にしようとする優香だったが、事前にこういった状況になっても、構わず特攻してくるようにと、虹塚先輩と打ち合わせをしていた。


 てっきり俺を人質にすれば、虹塚先輩は言いなりになると思っていた優香は、当てが外れたようだ。


 しかし、絶体絶命の筈の優香は、予想外の事態にも関わらず、やけに落ち着いていた。それが警戒心を、否が応でも高めるのだった。


「まさかここまで強気に出てくるなんてね。まあ、いいわ。予定とちょっと違っちゃったけど、目的は果たせたみたいだしね」


 不遜な言葉を吐いたかと思うと、こちらに向かって飛び降りようとしている虹塚先輩を見て、悪いことを考えていそうな笑みを浮かべた。


 そんな優香を仕留めようと、虹塚先輩が、この穴に飛び降りてこようとしているが、不意に後ろから抱きあげられてしまった。


「キャッ……!」


 後ろから突然襲われてしまい、さすがの虹塚先輩も、小さい悲鳴を上げた。だが、それも、口を塞がれてしまったことで、強制的に止められたのだった。


 完全に優香に気を取られていたせいで、背後への警戒がお留守になっていた虹塚先輩は、あっさりと体の自由を奪われてしまったのだった。というか、俺と虹塚先輩の両方が、行動不能になってしまったことになる。これは、かなりまずいことだ。


 そうか……! 優香の目的は、虹塚先輩の注意をそらすことだったんだ。そして、力任せに先輩の自由を奪う。まんまとしてやられたよ。冷や汗をかきながら、虹塚先輩を締め上げている人物を確認した。


 あいつは……、到着早々にビビって戦力外通告を受けた筈の、役に立たないことしか定評のない大男じゃないか。今まで、ずっと隠れていたのか!


「あいつ……! 気を失っていたんじゃないのか!?」


「あははは! そんなの嘘よ。嘘に決まっているじゃない! だいたい私がビビった程度で、おねんねするのを許すと思っているの?」


 全く思わない。本当に気絶していたとしても、冷水を浴びせてでも、叩き起こすだろう。というか、よく考えてみれば、優香に比べれば、幽霊や、夜の森なんて、三時のおやつの前の手洗いみたいなものだ。つまり、カウントするにも値しない微々たる存在ということだ。


「ふ、ふふふ……! これ以上ないほどの最高のタイミングだわ。初めて、あなたと組んで正解だと思ったわよ!」


 褒める中にも、微妙に貶すのを忘れない、優香の毒舌に、大男も複雑そうに照れ笑いしている。


「こ、心愛……!」


 虹塚先輩を見るが、口元を抑えられた状態で、ガッチリとホールドされてしまっている。体格で勝る大男に、本気で固められては、さすがの虹塚先輩も身動きが取れない。


 自分の腕の中で、動きを封じている虹塚先輩に向かって、大男は優しく語りかけたのだった。


「えへへへ……。迎えに来たよ、虹塚さん」


 大男なりに、虹塚先輩に微笑みかけているつもりなんだろうが、俺たちからすれば、不快極まりない表情でしかない。虹塚先輩も、顔を背けようと必死だ。


「あらあら~? もうすぐ彼氏になる男に対して、ずいぶん素っ気ないんじゃないの~?」


 優香の目には、虹塚先輩の姿が、よほど滑稽に映っているらしい。笑いをこらえながら、からかっている。


「そのままずっと抑え込んでいなさいよ! あんたが結婚出来るかどうかが、ここからの一分間にかかっているんだからね」


「ふん! 当然だ。丁重且つしっかりと抱きかかえてやるよ」


 その言葉に、不穏なものを感じたのか、大男に口元をおおわれている状態で、虹塚先輩は盛大に咳き込んだ。くそ……! 人の彼女をなんだと思ってやがる。


「とはいうものの、私もまずいのよね……。さっき食らった記憶喪失剤が、効いてきたみたい……。さて……、どっちが先にくたばるかしらね……」


 どっちが先にだって? お前らの方に決まっているだろうが!! ていうか、一応効いてはいるんだな。こいつも、体の構造は人並みということか。


 思い切り睨んでやったが、優香は楽しそうに一瞥した後、穴の外にいる虹塚先輩に向かって、語りかけた。


「さて……、あまりモタモタしていられないから、手短に済まさせてもらうわね」


 そう言うと、なんとも意地汚い笑みを漏らした。何を企んでいるのかを聞いてやろうとしたが、それを待つまでもなく、優香は話し出していた。


「あなたのお名前は~?」


「これは……」


 今回の勝負の勝利条件ではないか。一分以内に、自分のフルネームを言えないようであれば、記憶喪失になっているとみなされて、その人間は敗北になるというものだ。


 しかし、虹塚先輩は、まだ記憶喪失剤を打たれていない。よって、記憶も失っている筈がないのだ。自分の名前を言って終わりだ。


 また無意味なことをするなと呆れていた時だった。優香が何をしたいのかが分かってしまった。


 虹塚先輩は、今大男から口を塞がれて、声を出せない状態だ。これでは、自分の名前を憶えていても、口にすることなど出来そうもない。


「どう? 我ながらグッドアイデアだと思うんだけど」


 優香が、この作戦の感想を求めてきたが、なしに決まっているだろ。


「どうもこうも、こんなのアリかよ! 虹塚先輩は、まだ記憶喪失に陥っていないのは明らかだ。早急に解放しろ!」


 こんなのは反則だと、強い口調で非難するが、優香は涼しい顔で、俺の話を聞き流している。


「分からないわよ? 後ろから抱きつかれたショックで、記憶を失っているかもしれないじゃない? それを確かめるために、名前を確認しているのよ」


 ほとんどいちゃもんだ。だが、そっちがそう来るのなら、こっちにだって言い分はある。


「そ、それなら……! さっき名前を聞かれた時に、お前だって答えていないじゃないか。そっちはどうするんだよ?」


「アレは途中でカウントを止めちゃったでしょ? だから、無効よ!」


「な……。汚い!」


 そうは言ったが、カウントを途中で止めさせたのは俺だ。己の迂闊な言動に、心底腹が立つ。


「断っておくけど、私は途中でカウントを中止するなんて、優しいことはしてあげないよ。私がいかに最悪な性格をしているかを知っている爽太君には、説明不要かもしれないけどね!」


 言われるまでもない。優香が、俺たちに情けをかけてくれるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないことだ。


 おそらく、俺が泣こうが喚こうが、温情をかけてくれることはないだろう。だとしたら、優香に期待するのは、時間の無駄でしかない。


 こうなったら、何が何でも俺がどうにかしないと……!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ