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第百六十五話 メニューの少ない料理店と、メニューにないものを注文する客

今日は早めに投稿出来ました。久々の16時台です。

 俺と優香。二人の刃がぶつかり合って、派手な音を奏でる。見かけによらず、優香は力があり、そのままナイフを押し付けてこようとしている。そんなことをさせてたまるかと押し返すが、結構シーソーゲームの様相を呈していた。


 こう着状態を迎えそうになる中、向こうから刃が重なり合う音を聞きつけた虹塚先輩が駆けてくる足音が聞こえてきた。


「くそ……!」


 何としても、虹塚先輩に合流される前に決めてしまいたいのか、優香がナイフを握る手に力を込めてきたが、俺だって負けてはいられない。


 このまま俺と力比べを続けていたら、虹塚先輩に無防備な体勢を晒すことになってしまうと判断したのだろう。それまでの粘りをあっさりと諦めて、後ろへと飛びのいた。


 そして、飛びのきざまに、虹塚先輩に向かって、記憶喪失剤入りの注射器を投げつけた。


「無駄よ」


 優香の投げた注射器を、虹塚先輩は、あっさりと避けてしまった。地面に激突して、中身をぶちまけることになった注射器の音だけが、夜の森に虚しく響く。


「爽太君!」


 俺を見ると、安心したように笑ってくれた。


 軽蔑の眼差しを向けられなかったことで、単純に胸を撫で下ろしていたが、対する虹塚先輩は俺の顔を見るなり、涙ぐんでいた。そして、思わず抱きつこうと広げた両腕を、慌てて正した。すぐに抱き着いてこなかったのは、優香が目の前にいたからだろう。いくら感極まったとはいえ、すぐそこに危険がある状態で、抱きついてくるほど、虹塚先輩は軽率ではないのだろう。


 俺の元に駆け寄ってくると、優香への警戒を怠ることなく、俺に怪我がないことをサッと確認した。


「怪我は……、していないみたいね」


「どうにかね……」


 ただ虹塚先輩の到着が、もう少し遅かったら、分からなかったけど、虹塚先輩をこれ以上心配させたくなかったので、黙っておこう。


「テントから出てきたら、いなくなっていたから、ずいぶんと気を揉んだのよ。あまりお姉さんを心配させないで頂戴ね」


 そう言うと、まだ涙ぐんでしまう。本当に申し訳ないな。


「言いたいことはたくさんあるけど、まずはそこで立っている人の相手をしなきゃね。どんな性格の人だろうと、お待たせするのはいけないことだわ」


 振り返るにつれて、柔和だった表情に、殺気が宿っていった。


「私は待たされたって、構わないわ。むしろ、どうぞイチャついてくださいって感じ? 最高潮に盛り上がったところで、背後からブスリとやってあげるから」


 相変わらず優香は減らず口が収まらない。


「良かったわね。爽太君が少しでも怪我をしていたら、あなた……。ただじゃ済まなかったわよ」


 虹塚先輩が、凄味のある声で迫っても、優香の勢いは衰えない。


「あははは! そのセリフは、爽太君が無事だったら、手を出さない人の言う言葉だよ?」


「本当に……。揚げ足を取るのが好きね」


「お互い様でしょ……」


 だんだん口数が増えていくが、一方で、それぞれの武器を持つ手にも、力が入っていった。


 先に動いたのは、優香だった。無謀ともいえる特攻を仕掛けると、そのまま虹塚先輩の持っていた注射器を真っ二つに両断してしまった。


「!!」


「一丁上がり……」


 豆腐みたいに、スパッといった。相当扱いなれているのが、今の動きだけでも読み取れる。こんなのに狙われているのかと思うと、足がすくみそうになってしまうな。


「ほうら……。惚れ惚れするような切れ味でしょ」


 切断面を恍惚の表情で眺める優香。そんなものを向けられている俺は気が気でないが、虹塚先輩は、切断面を物珍しそうに見つめただけ。後は、悲鳴を上げるでもないし、後ずさる訳でもない。


「次の獲物は、この私かしら」


「それでも良いんだけどね。あなたの着ている衣服を一枚一枚丹念に剥いでいって、ストリップショーを開催するのも案にあるのよね。ちょうどあなたのファンも起きてくる頃だしね」


 同行させた大男のことを言っているのか。やつに対して、良い感情を持っていない虹塚先輩の顔が曇るのは、必然といえた。


「ねえ、あなたはどっちがいい? 料理方法くらい選ばせてあげてもいいわよ♪」


「『注文の多い料理店』の主人公たちの気持ちが分かるわ。怖くはないけど、決して気分の良いものじゃないわね」


「ふっふ~ん! それは強がり? それとも、恐怖を感じることも、ろくに出来ないのかなあ~?」


 大男のことをちらつかせた時こそ表情を曇らせたが、それ以外では、虹塚先輩は基本的に動揺する素振りを見せていない。その先輩の終始余裕の態度が、優香は気に食わないらしい。


「あなたにはこれが見えないの? 怖気づくようにとは言わないまでも、少しは警戒したらどうなの?」


 ナイフをひらつかせながら、優香は嗤った。人数的には、こちらが上回っているが、優香は刃物を持っている。正面から仕掛けるのは、得策ではない。


 だが、ここで虹塚先輩も、嗤いを浮かべた。それが優香の警戒心を高めたらしい。それまでの笑みが引いていく。


「こいつで、顔でも傷つけられた日には、あなたは取り返しのつかない代償を支払うことになるのよ。それを考えれば、その態度はありえないんじゃない?」


 不愉快そうに呟くが、虹塚先輩には堪えていない様だ。


「運命を感じているのよ」


「運命?」


 場違いな言葉に、眉間にしわを寄せる優香。虹塚先輩は、切断されて使い物にならなくなった注射器を地面へと置いた。


 代わりに、地面から顔を出していた縄を掴む。


「問題はどう誘い込むかだったんだけどね。まさか偶然、そこに立ってくれるとは思わなかったわ」


「……!」


 本能的にやばいものを感じて、優香は背後に飛びのこうとするが、虹塚先輩が縄を思い切り引く方が早かった。


 途端に、優香の周りの地面が陥没して、彼女はまっさかさまに転落していった。


「本当に運命を感じるわ。あなたが負けて、私が勝つ。その後、爽太君と幸せに感じるという祝福された運命を」


 夜空を見上げながら、一仕事を終えたかのように言い放つ虹塚先輩の顔には、笑みはなかったが、見とれるものはあった。


「何よ、これ……」


 落ちた時に、どこかを打ったのか、顔をしかめている。覗いてみると、結構な深さだ。これだと落ちるだけでも、かなりの衝撃になるな。


「見ての通り、落とし穴よ」


 優香の問いに、淡白に回答したが、いやいや。俺や優香が聞きたいのは、そんなことじゃないから。


「上手く落とせるか不安だったけど、やってみると上手くいくものね」


 無事に落とせたことに安堵しているようだったが、俺が聞きたいのは、そこじゃなかった。


「いつの間に掘っていたんだ? 俺の目を盗んで、穴を掘る時間なんて、なかった筈だぞ?」


 今日一日、ずっと一緒にいた俺でさえ知らない罠の登場に、ある意味では、優香以上に度肝を抜かれていた。


 思わず聞いてしまっていたが、虹塚先輩は、いつもの笑みを浮かべて、秘密と言ったきりだった。どうやら、この人は、まだまだ俺の知らない能力をお持ちのようだ。


「さて。本題に戻りましょうか。あなたがいかに武装しようとも、こうして穴に落としてしまえば、何も問題はないわ。その体勢じゃ、自慢の刃物も意味を持たないでしょう?」


「何よ……。こんな浅い穴……。すぐに這い上がってやるわ……」


「私が見過ごしてあげるとでも思っているのかしら? 私だってナイフを持った相手と正々堂々と渡り合うのは怖いのよ?」


 言い終わると、虹塚先輩は、穴の上から、無数の注射器を放り投げた。もちろん、全てに、記憶喪失剤がたっぷりと注ぎ込まれている。それが雨のように頭上から降り注ぐのだ。その結果は、容易に予想できた。


「……!!」


「ごきげんよう……。そして、さようなら」


 お別れの挨拶と共に、穴の中にガラスの割れる音が盛大に響き渡るのだった。


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