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第百六十二話 森の闇と、先輩の心の闇

 見回りを終えた俺と虹塚先輩は、拠点のテントまで引き返していた。異状は確認出来なかったものの、だからといって、安心は出来ない。


 今回の件で、異常ともいうべき優香が、どこかに潜んでいるのは明白なのだ。やつは絶対に、俺と虹塚先輩に、標準を合わせて、荒い呼吸を整えているに違いないのだ。異状がなければ大丈夫という類の問題ではない。


 くそ……! せめて優香がどこにいるのか。俺たちを見つけているのか分かるだけでも、かなり安心出来るというのに……!


 ハッキリ言って、俺にとっては、幽霊の何倍も怖い存在だ。優香の脅威から免れるんだったら、悪霊と対決する方が気は楽だね。


 そんな感じで、俺の内心は、かなり乱れまくっていた。もっと分かりやすい表現でいえば、ビビっていた。


 だから、近くの茂みから、ガサリと音がしたら、過剰反応してしまうのは仕方のないことだった。かなり情けないことだけどね。


「いっ!?」


 反射的に、横を歩く虹塚先輩に抱きついてしまった。小さな悲鳴まで上げてしまったのが、情けなさをさらに惨めなものにする。しかも、抱きついた拍子に、右手で虹塚先輩の胸を鷲掴みにしてしまうというおまけまでついてしまった。


「ただの鳥ね。暗くて、種類までは判別出来ないけど……」


「……そうだな」


 重苦しい空気の中、虹塚先輩から離れる。優香が見ていたら、きっと大爆笑だな。笑い声が聞こえてこないから、やつは近くにはいないか……。


「……怖がり屋さんねえ」


「ははは……」


 笑って誤魔化したが、怒ってはいないみたいでホッとした。殴られ倒される覚悟は出来ていただけに、マジでホッとした。


 その一方でやってしまったという感も否めなかった。


 自分から志願して、虹塚先輩に同行してきたのに、醜態しか晒していない。ていうか、今までずっとそうか。女性によっては、とっくに愛想を尽かされていてもおかしくない状況だ。


「……心愛は、どうしてこんな俺のことを好きなんだろうな」


 落胆のあまり、とんでもないことまで口走ってしまった。こんなことを聞かれたら、虹塚先輩のテンションが、ガタ落ちだろうに。


「……爽太君以外の人が好きになれないからかしらね」


 こんな時になんてことを言うのだと、ビンタされるかと思ったら、冷静に返答されてしまった。いやいや、俺が聞きたいのは、そういう抽象的なことじゃなくて、好きになった具体的な理由ですから。


「その顔を見る限り、よく分かっていないみたいね。それなら、もっと分かりやすく言い直すわね。私ね、お父さんの浮気が発覚して以降、新しく出会った異性に対して、何の感情も持てなくなったのよ」


「……はい?」


「言い寄ってくる異性はたくさんいたわ。社交辞令でニコニコ笑っているけど、内心では何のときめきも感じないの。まるで呪いね。爽太君のことは、相変わらず好きなんだけどね。だから、爽太君が、私の愛することの出来る、最後の異性なのよ」


 軽いお悩み相談のつもりで、質問しただけなのに、思わぬ重い回答が返ってきてしまった。


「……本当よ? だから、爽太君がどんなに格好悪いことをしても、私が支えてあげる。最後の恋ですもの。まだまだ終わらせたくないわ」


 いきなりそんな話をされてしまい、返答に困っている俺に念押しするかのように言うと、にっこり微笑んで先に行ってしまった。俺以外を愛せない体質……?


 さすがに言い過ぎだろうと思いかけたが、よく考えたら、虹塚先輩からはロマンスの噂を一切聞かない。誰々が告白したという話は聞くが、誰々のことが好きみたいだという話が全く発生していない。何せ、交際したというだけで、ワイドショー並みの衝撃を校内が駆け抜けたほどなのだ。冷静に考えてみれば、高校でここまで騒がれるのは、ちょっと行き過ぎている。


今までは、先輩の告白通り、ずっと俺のことを想っていたからだと安穏な考えで片付けていたが、もしかしたら先輩なりに、過去と決別するために、他の男を好きになろうと努力していたんじゃないだろうか。


 でも、結局失敗して、結果的に、既にアリスと交際していた俺を力づくで奪うという凶行に出るしかなかった。


 ということはだ。俺が万が一、虹塚先輩を裏切るようなことがあれば、おそらく二度と異性を愛することが出来なくなるだろう。


 今まで能天気に浮かれまくっていた訳ではないが、別の想いが生まれてきてしまうな。適切かどうかは、まだハッキリとは言えないが、これは……使命感なんだろうか?




 そんなに遠出した訳ではなかったので、テントにはすぐに戻ってこられた。一見した限りは、変わったところはないように見える。


「まだ安心は出来ないわ。さて……、テントの中はどうなっているかしらね」


 確かにな。優香が既に侵入していて、警戒しないで入ったところを襲ってこられたらと思うと、ブルッときてしまう。


「私が見てくるから、爽太君は外で誰かが来ないか見張っているだけでいいわ」


 当然のように、前に出る虹塚先輩を慌てて止める。さすがに、これは俺の仕事だろうと。


「あら。見張りも大切なお仕事よ。あの女が、私たちがテントに入るのを伺っているかもしれないからね」


 それは、さっきまで俺たちが取っていた作戦だ。もし、やられていたら、見事にやり返されたことになるが、俺が言いたいのはそういうことじゃない。


「テントを確認する方が危険だよな。心愛に、そんなことは任せられない。俺がやるよ。……彼氏だから」


 かなり恥ずかしいことを言った。周りに人がいたら、間違いなくこんなセリフは言えやしない。虹塚先輩も、笑ってくれていいのに、馬鹿にするような素振りは見せない。でも、意見は変えてくれなかった。


「爽太君……。さっきの話だけどね。もし、話を聞き終わって同情しているようなら、それは違うわ。私は、爽太君に同情してほしくて、あの話をしたんじゃないもの」


 同情……? そんなことはしていない。ただ俺は、純粋に……。


「喜んでほしいのよ。自分がどんな醜態を晒しても、あなたのことを好きでいてくれる都合の良い女を手に入れたって」


「いや、そんなことは……」


「無理に喜べとは言わないけど、心の隅には置いておいてね」


 そんなことは思っていない。これからも、思うことはない。


「最終的に何が言いたいのかというとね。些細なことで爽太君のことを嫌いになったりしないから、安心して、お姉さんに甘えなさいと言いたいのよ。という訳で、ここは私が行きます」


「……」


 結局、テントには虹塚先輩が一人で入っていった。未練がましく呼び止めようとしたが、両手に持った注射器を見ると、声をかけるのもためらわれた。


 何となく押し切られてしまった気がする。虹塚先輩との話し合いは、どうも分が悪い。気圧される訳ではないが、常に言いくるめられてしまっている。こんな時くらい勝てよ……!


 一人夜の闇に取り残された俺は、虹塚先輩がテントの中を探しているのを見ていた。時々、テントが隆起するのを見る限り、よほど丹念にチェックしているみたいだな。


「爽太君……♪」


 優香……!?


「ずっと心愛と話し込んでいるんですもの。嫉妬で、頭がおかしくなりそうだったわ」


 やはり身を潜めていたか……。見張り役を一人残したのは、正解だった訳だ。しかし、夜の闇の中に浮かび上がる優香の姿は、妖艶な中にも不気味さを際立たせていた。


「ねえ……、次は私と愉しいことをしましょうよ……」


 怒りと嫉妬を含んだ笑みを浮かべながら、一歩一歩俺に近付いてくる。


 そうだ。何か起こったら、テントの中の虹塚先輩に知らせる手筈じゃないか。それが見張り役の仕事だろ。


 俺一人では返り討ちにされるのがオチでも、虹塚先輩と二人で挑めば、きっと勝てる。腹に力を込めて、声を出そうとするが、それは優香に見抜かれていた。


「声を出さないでね……❤」


 声色こそ優しいが、逆らったらただじゃおかないという冷酷さも匂わせている。だが、それで「はい、分かりました」と頷くほど、物分かりの良いことを言っていられない。ここで言う通りになんかしたら、虹塚先輩が、危険な目に遭うことになってしまう。


「心愛!!」


 こんなボリュームで張り上げたのはいつ以来なのかわすれてしまったくらい、腹の底から声を出した。テントが揺れるのが見えた。おそらく俺の叫び声を聞いた虹塚先輩が、テントから出ようとしているのだろう。


 俺の予想した通り、すぐに虹塚先輩が、慌てた様子で、テントから出てきた。


「爽太君! どうしたの?」


 慌てた声で、俺を探す虹塚先輩。だが、そこには、既に俺の姿はなかった。それどころか、優香の姿もない。一人で唖然と立ち尽くす虹塚先輩が佇んでいるだけだ。


「爽太君……?」


 虹塚先輩が俺の名前を呼ぶが、肝心の俺は、その問いかけに応じることが出来なかった。


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