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第百六十一話 姿の見えない優香と、遊ばれている俺たち

 虫の声すらしない夜の闇に紛れて、俺と虹塚先輩は、息を潜めていた。どうしてこんなことをしているのかというと、招かれざる客がもうすぐ来訪してくるからだ。その客の名前は優香……。俺と先輩の仲を引き裂こうとしている女だ。


 俺たちがここにいることは一切教えていないのに、優香は、ここを探し当ててしまった。勘の鋭いやつだとは思っていたが、まさかここまでとはね。


 そもそもここに来たのは、今日が初めてだぜ。黒魔術の類でもしているんじゃないかと疑いたくなってしまう。一緒に隠れている虹塚先輩も、呆れ顔だ。


「たった一晩で突き止めるなんてね。これじゃ、爽太君との愛を育むことが出来ないわ」


 虹塚先輩は、そう言って頬を膨らませているが、今はそんなことを言っている場合ではない。


 そろそろ優香がここに来るかもしれない時間だ。やつはまず、明かりがつきっ放しのテントを調べる筈だ。俺と虹塚先輩は、そこを叩くために、こうして暗闇の中、息を潜めているのだ。


 しかし、いつまで待っても、やつらは姿を現さなかった。


 もしかして、罠に恐れおののいて、退散していったとか? いや、それはない。こんな辺鄙なところへ、真夜中に殴りこんでくるような女だ。ちょっと空き缶が鳴ったくらいで、退散していくとは思えない。


 そう思って、気を引き締めていたが、それにも限界があり、つい気の緩んでしまう瞬間は訪れる。


「……静かだな」


 そして、ボソリと呟いてしまうのだった。そんな俺を、虹塚先輩が、厳しい口調で叱責する。


「しっ! 声を出さないで。もうあの女が、すぐ近くにいるのかもしれないのよ」


 苦笑いしながら、虹塚先輩に誤ると、また退屈な時間を再開した。しかし、その後も、状況が変化することはなく、ただただ無為ともいえる時間だけが流れていった。


 それからどれくらいの時間が流れただろうか。時計を見ると、もう茂みに潜んでから一時間が経とうとしていた。いくら横に虹塚先輩がいるといっても、この状態を維持するのは、だんだん辛くなってくる。何かしら、変化が欲しくなってきた。


「俺……、ちょっと様子を見てくるよ」


 また叱責されることを覚悟で話しかけたが、今度は注意されなかった。


 もしかしたら、様子を見に来たところを襲うのが優香の狙いかもしれなかったが、このままこう着状態を続けていると、俺の方が先にバテてしまいそうだった。虹塚先輩も、あまりにも動きのない状況に、いら立ちを感じ始めていたらしい。今度は、俺の意見に賛同してくれた。


「そういうことなら、私も行くわ……」


 おっ! あんなに行くのを渋っていた虹塚先輩が、自分もついていくと言い出した。ここで、一人で待つのが怖いのかね。まあ、明かりといえば、テントの明かりくらいだからな。無理もない。


「だって、そうでしょ? 爽太君が人質にされたりでもしたら、されるがままになってしまうものね……」


「ああ、そっか……」


 俺が優香に返り討ちに遭うことを見抜いているのか。まるで信用されていないな。この心遣いは、的確なんだろうが、あまり嬉しくない。一瞬盛り上がったテンションも、急降下していった。




「……いないな」


 テントを張った場所を離れてから、物音を立てないように、慎重に探索を続けているというのに、優香を発見することが出来なかった。


 いや、優香だけだったら、気配を消して、どこかに潜んでいると判断出来る。だが、あいつの腰巾着まで見つからないというのが解せなかった。あいつにそんな度胸がある訳がない。実際、空き缶が鳴る罠に引っかかっただけで、女々しい悲鳴を上げていたのだ。大人しく息を潜めることは、困難に決まっている。


「きっと気絶させて、放置しているのよ。あの男に騒がれたら、どこにいるのかが丸分かりになっちゃうものね」


 カーン!!


 向こうの方から、空き缶が一つだけ大きな音を立てるのが聞こえてきた。明らかにおかしい。俺たちが仕掛けた糸に足が引っかかったのなら、複数の空き缶が、一斉に音を立てるようになっている。


 だが、今音がしたのは、一つの空き缶のみ。


 明らかに何者かが、故意に出した音だ。


「誘われていますね……」


「もしかしたら、遊ばれている可能性もあるわね」


 そうやって、様子を見に行ったところを、待ち伏せしていた優香が襲ってくる可能性もある……。


 これは、さっき俺たちが用いていた方法じゃないか。それを、見事にやり返されていることになってしまう。


「全く……。こんな形で立場を逆転させられるとはねえ……」


 してやられたという顔で、虹塚先輩は、爪を噛んだ。俺も同じ思いだ。てっきり優香のことだから、怒り心頭で、突っ込んでくると思ったが、殊の外、冷静じゃないか。


 形勢不利は明らかだが、逃げ出そうにも、俺たちが張った罠が、まだ使用可能の状態で残されていたため、迂闊にここを離れられない。


「ネズミの入り込む隙間もなく張ったのが仇になったな。これじゃ、出る時に、どうしても音がしてしまう」


 完成後は、あんなに頼もしく思えた筈の罠が、今では忌々しく思えてならない。


「そんなに悔しがることはないわ。元々、ここで勝負をつけるつもりだったじゃない。予定には、何の変更もないわ。そもそもここから逃げたとして、どこに向かうの?」


「む……」


 確かに、予想外のことが続いて混乱していたが、ここを嗅ぎつけてしまうような女相手に逃げ切れることなど出来る訳もない。それなら、ここで決着をつけるのが、一番望ましいか。


「その意気よ。それに、罠の場所を把握出来ているのは、私たちなの。まだまだこちらの方が有利なのよ」


 本当だったら、俺が同じセリフを言って、不安がる虹塚先輩を励ましてやりたいところだったな。


「ひとまず音のした方に確認に行くのは止めて、テントまで戻りましょうか。あまり無駄に歩き回っていると、向こうに先に見つけられちゃうものね。それこそあの女の思うつぼだわ」


 俺の心境を思いやってか、虹塚先輩は、柔和な笑顔を作って、俺をにっこりとほほ笑んだのだった。


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