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第百六十話 夜の闇が、欲望と恐怖を掻き立てる

 都会の喧騒から離れて、山中の廃屋へとやってきた俺と虹塚先輩。人里から離れているだけあって、人工的な音は全くしない。時々、鳥や動物の鳴き声が聞こえてくるくらいだ。


「うふふ。ここにいると、この世界には、もう私たちしか残っていないって錯覚しちゃいそうね」


 もちろんそんなことはあり得ないが、虹塚先輩と並んで座っていると、そうかもしれないという気分になってくるから不思議だな。


 電気は無駄に使いたくないという理由から、夕食は早めに取ってしまうことにした。メニューはレトルト食品とシンプルなものだったが、こんな僻地ではぜいたくは言えないないだろう。それに、口に出来ないほど、まずい訳でもないしな。慣れてしまえば、全然平気だ。


 夕食を食べ終えても、そんなに暗くなっていない。ちょっと食後の散歩にでも行ってきたくなってしまうね。それとなく虹塚先輩にも打診してみたが、山の天気は変わりやすいからと、にべもなく断られてしまった。


「そんなにエネルギーが有り余っているのなら、私にぶつけてきたらどうかしら」


 思わせぶりなことを言って、胸元のボタンを外すというベタな仕草までされてしまった。からかわれていることが分かっているのに、ついつい赤面して、虹塚先輩から顔を背けてしまう。当然、先輩からは、クスクスと笑われてしまった。これでは当分の間、子ども扱いを続けられてしまうな。


 こんなことなら、マンガ本でも持ってくるかと思ったが、ないものを願っても仕方がない。まだ早いが、もう寝てしまうことにした。


 しかし、人間という生き物は、生活リズムの変化には敏感に出来ているらしいな。いつも日付が変わる時間まで起きている不摂生な生活がたたったのか、いつまで経っても寝ることが出来そうにない。


 むしろ、時間の経過に伴い、目が冴えてくるような気さえしてきた。この調子だと、虹塚先輩も寝つけないんだろうなと思っていたが、先輩はとっくの昔に寝入ってしまっていた。神経が図太いのか、横になれば、眠ることが出来るらしい。目が冴えて仕方のない俺には、羨ましい限りだ。


「何か裏切られた気がするな……」


 見当はずれの不満を口にしてみたが、もちろん何の反応も却ってくることはなく、より寂しい気持ちになっただけだった。


「イタズラしてやろうかな……」


 ふとそんな言葉が脳裏に浮かんだ。最初は、軽い気持ちで口にしただけだったが、ここにいるのは、俺たち二人だけ。しかも、虹塚先輩は寝ている……。起こすようなことさえしなければ、ばれないのではないかと、邪まな気持ちが湧き上がってきてしまう。


 虹塚先輩は、仰向けで寝ていたのだが、静かな吐息に合わせて、豊満な胸元が上下していた。しかも、はだけたシャツの隙間からは、芸術品ともいえる谷間が覗いている。それを眺めていると、自然に生唾をゴクリと飲み込んでしまう。


 いかん、いかん! 何を考えているんだ。


 頭を振って、伸ばしかけた手を引っ込める。


 虹塚先輩は、俺の彼女なんだぞ。起きている時に堂々とやらせてもらえばいいじゃないか。そうだ。何も寝ている時にすることはない。


 などと、一人で悶々としていると、遠くの方で、空き缶が鳴る音がしたような気がした。虹塚先輩のことで頭がいっぱいのところに、不意打ちのように聞こえてきたので、オーバーリアクションで固まってしまった。きっと虹塚先輩が起きていたら、口に手を当てて笑われていたに違いない。


 身を固くして聞き耳を立てていると、また空き缶の音が聞こえてきたので、気のせいではない。


「今の音は何だ……?」


 音の出どころが気になったが、電気一つない真の暗闇の中を歩くのは、覚悟が必要だったので、その場から動かないようにして、聞き耳だけを立てるようにした。


 空き缶の音は、周期的に何回も聞こえてきた。しかも、徐々に大きくなってきている。


 これは……、誰かが近付いてきている……。


 その近付いてきている誰かについて、真っ先に思い浮かんだのは、優香だった。彼女が、ここを嗅ぎつけて向かってきているのかと思った。


 もしそうなら、心底尊敬するところだが、いくら優香でも、手がかりなしで、ここまでたどり着くのは容易ではない筈。


 じゃあ、音を鳴らしているのは誰だ? 動物か? いや、動物だったら、鳴き声がするだろ。じゃあ、偶然肝試しでやってきたDQN連中か? ……それも考えられない。あいつら、何もないところでも騒ぐからな。こんな気配を殺して移動するほどの脳みそがあるとは思えない。


 本格的に何者かが、分からない。それが不安で仕方がなかった。


「確認……、してくるか……」


 荷物の中から懐中電灯を持って、外に出ようとするが、それを虹塚先輩に止められた。


「駄目よ。不用意にここを離れるのは危険だわ」


「心愛……。起きていたのか」


 自分一人で対処しないといけないと思っていただけに、虹塚先輩の声は、俺を大いに安堵させてくれた。


「いいえ。そもそも寝ていなかったわ。いつもより布団に入るのが早かったせいか、全然寝付けないの」


「……でも」


「寝ている振りをしていただけよ。そうすれば、爽太君が襲ってきてくれるかと思ったのよ。でも、全然紳士なんだもの。ちょっとガッカリだわ」


「……」


 危ないところだった。もし欲望に正直になって、手を伸ばしていたら、今後事あるごとにネタにされていただろう。女って、つくづく怖いと思うよ。


「近付いてきているのは、優香で間違いないわ。爽太君、気を引き締めてね」


「どうして言い切れるんだ? 普通の一般人かもしれないぞ」


 俺が疑問を口にすると、虹塚先輩は、さらにガッカリしたといわんばかりに、大きくため息をついた。


「呑気ねえ……。普通の人間なら、空き缶がカラカラいった時点で引き返すわよ」


「そうか……」


 そりゃそうだよな。こんな山奥に罠が仕掛けてあったら、普通の人間なら、まず悲鳴を上げて引き返すだろうな。冷静に進行を続けることが出来るのは、優香くらいだ。


 ということは、罠を張り巡らせたのには、たまたま迷い込んだだけの人と、優香を区別するという目的もあったということだな。虹塚先輩の思慮深さには、改めて脱帽させられるよ。


 そんな虹塚先輩は、起き上がって、自分の荷物の中から、記憶喪失剤の入った注射器や、護身用のスタンガンを取り出していた。早くも、迎撃の準備を整えつつある。俺も遅れまいと、身支度を素早く整えた。


 優香たちがここにたどり着いたら、真っ先にテントに向かってくるだろうということで、二人で夜の茂みに隠れた。ここで待ち伏せて、優香たちがテントの中に入ったところで、一気に仕掛けるつもりなのだ。


 茂みに入ってしばらくすると、向こうから聞いたことのある男の情けない声が聞こえてきた。


 あいつだよな。優香の腰ぎんちゃくみたいに、いつもついて回っている、図体だけがやたらでかいアレ。こいつがいるということは、優香もここにいるということだ。


「こんなに早く突き止められるなんてな……」


 断っておくが、俺にも虹塚先輩にも、発信機の類は取り付けられていない。家を出る時に、服を全部脱いで、互いに丹念に確認しているのだ。その他の道具も、その後で買い揃えたものだし、携帯電話に居場所を知らせるアプリがないことだって確認済みだ。


「それじゃあ、優香は勘だけで、ここを突き止めったっていうのか!?」


 もう人間業じゃない。驚嘆する俺の横で、虹塚先輩も、深いため息をついた。……何気に、今日はため息ばかりついているな。


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