第十五話 放課後の尾行で、隠れていたものが見えてきた
放課後。授業が終わり、生徒たちが帰宅したり、部活動に勤しんだりと、思い思いに過ごしている中、俺はというと、ただ今尾行に精を出している。尾行というと、格好良く聞こえるが、悪く言ってしまえばストーカーだ。あまり褒められたことではなく、本当なら、こんなことはしたくないのだ。
それなのに、どうしてこんなことをしているのかというと、現在尾行している安曇アカリに、Xの容疑がかかっているからだ。それをハッキリさせるために、尾行している。もし、尾行している最中に、ボロを出そうものなら、しっぽを掴む気でいるのだ。
そのアカリは、親友の……、確か「さゆり」的な名前のやつと、一緒に下校していた。俺とアキのペアで、気付かれないように尾行している。
いつバレるか、冷や冷やしているのに、アキはいかにも楽しげだ。テレビドラマの延長程度にしか考えていないのかもしれない。
「学校を出てから、だいぶ経つけど、普通の女子高生の下校時間だよな。のどかで、平和っていうか……」
何事も起こらなそうだ。尾行が、徒労に終わる匂いがプンプンする。そんな中でも、アキは大真面目で、早くも飽きてしまった俺を時折叱咤してくる。
「お義兄さん! 欠伸なんかしていると、ターゲットに気付かれますよ。一瞬の油断が命取りなんですからね。もっと集中してください」
地面に落ちている携帯電話を、うっかり踏んでしまうやつに集中力の重要性を説かれてもなあ……。
「む! 親友っぽい人と別れましたね。ここからは一人で帰るようです」
「そのようだね」
そんなことまで伝えてこなくていいよと言うことまで実況してくるなって。いい加減うざいぞ。
「今思ったんだが、こうやって尾行しているだけじゃ、Xかどうか判断がつかないんじゃないのか?」
「ふむ……。今、Xからメールが届けば、白黒はっきりするんですけどね」
そりゃいいな。向こうが俺にメールを送っている時に、後ろから狙撃。動かぬ証拠と共に、絶縁状を叩きつけられるぜ。
しかし、アカリの行動に不審なものはなかった。やることといえば、たまに立ち止まって携帯電話を愛おしそうに操作するくらいだ。
「相当気に入っているみたいですね……」
俺が昨日弁償してあげたやつだ。自分が買ってあげた物を、大切に扱ってくれるのは嬉しいが、あれに今月分の生活費が大量に含まれていると思うと、素直に喜べない。弁償する原因を作ったアキも、気まずそうに目を反らしている。こいつなりに、悪いことをしたのは理解しているようだな。
「携帯電話を使いだしてから動かないな」
今の場所に立ち止まってから、もう十分も経とうとしている。そろそろ歩き出してほしいな。一か所で立ち止まっていると、周囲の人の目が気になってしまうのだ。いっそ、喫茶店に入ってしまうか? でも、入った途端、動き出しそうだし……。
そんなことを思いながら悩んでいると、声をかけられた。俺とアキの様子を不審に思ったから、声をかけられた……訳ではない。
「何をしているんだ、お前ら」
話しかけてきたのは木下だった。街中で知り合いを見かけたから、声をかけたに過ぎないのだ。
「よう……。久しぶりだな」
「学校で別れたばかりだろ。妙にそわそわしていると思ったら、女子のお尻を付け回していたとはな」
「別に尻が目当てで追っている訳じゃねえよ」
俺にはアリスがいるのだ。他の女子に目が向くなどありえん。
「じゃあ、どうして尾行していたんだよ?」
「それをいう訳にはいかないな」
「言わないなら、大声を出すぞ」
「わ、分かった! 分かったから黙れ!」
くそ……。木下のくせに、余計な知恵を出しやがって。大声を出されたら、尾行もパーだ。悔しいが、話してやろう。こいつには、Xのことも話してあるから、話もすんなり信じてくれるだろう。
「ふ~ん。あの巨乳の安曇アカリがXかもしれないねえ……」
「何だ、その覚え方……」
信じてくれたことには感謝するが、こいつ、絶対に大人になったら、セクハラで同僚の女性と揉めるんだろうな。
「でも、あの子もよく尾行に気付かないよな。あんな見え見えの尾行をすれば、一発でバレるのに。ひょっとして、アカリって、アキ以上にアホの子なのか?」
「おい! 女性に対して失礼だぞ」
「ていうか、私以上って何ですか!? 私はそんな風に思われていたんですか?」
俺とアキが一緒になって、木下を責めるが、「尾行中なんだろ? 静かにしろよ」と、冷や汗を流しながら言われたので、慌てて怒鳴るのを止めた。
恐る恐るアカリを見ると、気付いていない様子。これだけ大きな声を出したのに。
「危うく気付かれるところだったぜ」
「案外、尾行に気付いていたりしてな」
木下がまだ冷やかしてくる。こいつ、本当に懲りないのな。
「ていうか、いつまで付け回すんだ? もう家に着いちまうぞ?」
「確かに、このままだと尾行した意味がありませんね」
「最初から尾行なんて意味がなかった気すらしてきたよ」
こんなことしなくても、Xがメールを送ってきた直後に、アカリの携帯電話を確認させてもらえば、白黒ハッキリするじゃないか。犯罪紛いのことをした自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。
そう思うと、尾行自体が馬鹿馬鹿しくなってきてしまった。もう帰ろうかとすら思った時だった。
「おい! アカリちゃんの身に危険が迫っているぞ」
「何だと!?」
見ると、明らかにチャラそうなやつが、アカリに話しかけていた。花の下を伸ばしながら、アカリの顔と胸を交互に見ていることから、体目的のナンパということは、すぐに察しがついた。
「ナンパされるのは、美少女の宿命だからね。実を言うと、私もよくされるんだよ」
「「へえ~……」」
「あ、その顔。信じてないでしょ。お義兄さんたちが思っている以上に、モテるんですからね! 隠れた魅力があるんですから!」
いやいや。魅力を隠しちゃ駄目でしょ。ていうか、アキだろ? いくら物好きが溢れているといってもねえ……。
俺が疑いの眼差しを向けていると、「お姉ちゃんはナンパされたことないらしいけどね」と付け加えた。アキがナンパされて、アリスが見向きもされないなどありえん! やはり、アキの話は嘘だ。そうに決まっている! そう指摘してやったら、アキも顔を真っ赤にして、食ってかかってきた。ナンパされた、されないの言い合いに発展する。後から思い返すと、本当に間抜けな口論だったな。
俺とアキが馬鹿なトークを繰り広げている一方で、アカリもチャラ男の軟派なトークに付き合わされていた。明らかに顔をしかめて拒否しているというのに、チャラ男は諦めることなく話しかけ続けている。あの手のやつは、しつこいからな。傍から見ていても鬱陶しい光景だ。
ついには、嫌がるアカリの手を、無理やり引っ張って連れて行こうとまでしている。さすがに見ていられなくなったので、木下と加勢に向かうことにした。ろくなやつらじゃないことは、十分に分かったので、場合によっては、一発くらいなら殴ってもいいだろう。
「へへへ……。俺の正義の拳が火を噴いちゃうよ」
格好いいところを見せて、あわよくばアカリとゴールインするつもりなのかもしれない。こいつ、巨乳に目がないからな。
アカリに駆け寄って、「おい、止めろ!」と言おうとしたところで、異変が起こった。それまでナンパを断り続けていたアカリの声色が変わったのだ。
「……さっきからしつこいですね。止めろと言っているのが聞こえないんですか? 頭だけじゃなくて、耳まで悪いんですか?」
「ああ!?」
女性に舐めた口を利かれたのが、琴線に触れたのか、チャラ男が大声で威嚇した。そして、拳を握りしめて振り上げる。
あいつ、アカリを殴るつもりか? 女性に手を上げるなんて、男の風上にも置けない奴め。俺は急いで駆け付けようと、走り出そうとした。その時だった。
アカリがチャラ男の顔面に、ストレートを叩きこんだのだ。
「ぐべえ……」と間の抜けた声と共に、チャラ男は一メートルくらい吹き飛んで地面に激突。そのまま気を失ってしまった。俺と木下は叫ぼうとした姿勢のまま、固まってしまう。確認していないが、後方のアキもきっと唖然としているに違いない。
「あらら。伸びちゃいましたか。でも、あなたも私を殴ろうとしたんですから、おあいこです。恨まないでくださいね」
気絶したチャラ男に向かって吐き捨てるように言うアカリ。その姿に、いつも親友からいじられて慌てている気弱な美少女の面影はない。目がいっちゃっていた。
「私がなびくのは、爽太君だけなんですからね……」
自分への求愛ともとれる言葉なのに、背筋が寒くなった。何というか、ロックオンされて、逃げられない気がしたのだ。
かなり接近していたにも関わらず、アカリは俺たちに気付くことなく、歩き去っていった。
アカリの姿が見えなくなったところで、呪縛が解けたように、ようやく動けるようになった。
「か、彼女。大人しい顔をして、すごい本性を隠していたな」
「ああ……。俺まで殺されるかと思ったよ」
多重人格化と思ってしまうほどの変わり様だった。親友の、例の子も、もしかしたら知らないかもしれない。
「……襲わなくて良かった。危ないところだったぜ」
木下が冷や汗を流しながら、呟いているのがハッキリと聞こえた。やはりアカリに言い寄る予定だったのか。でも、不良が叩きのめされていなかったら、木下が代わりに地面で伸びることになっていたかもな。
「お義兄さん」
後ろで同じく固まっていたと思われるアキが声をかけてきた。
「尾行した甲斐はありましたね。どう思います? あの変貌ぶり」
「……正直ビビったよ。アカリがXでも驚かないね」
俺の言葉を聞いて、アキがニヤリと笑みを漏らした。何か企んでいるようだ。
「じゃあ、一気にたたみかけちゃいましょうか」
「何だって?」
何をする気かしらんが、出来るだけ穏便にな。Xじゃなかったら、問題に発展するし、何より怒らせると怖そうだし。