第百五十五話 彼女の前では、男は強がるものなのです
俺の知らないところで、虹塚先輩と優香の抗争は激化していた。取っ組み合いの喧嘩をしていた二人の仲裁に入った際に、気になる単語を耳にした。
どうやら、謎のゲームを始めるということで、話がまとまりつつあるらしい。自分にも関係していることというのは、何となく分かった。
ゲームのことについて、優香の去った後に、早速虹塚先輩に聞いてみるも、彼女は渋って教えてくれない。
「なるべく……。爽太君には関わってほしくないの。危険な目に遭うかもしれないから……」
そう言って、虹塚先輩は、俺に何も聞かないでほしいと訴えてきた。俺だって、彼女の意向は聞いてやりたいが、先輩の身に危険が迫っているというのなら、話は別だ。
「どうせ何も知らなくても、優香に襲われるんだろ? 同じことだ。だから、教えてくれ。そして、一緒に危機を乗り切ろう!」
一緒という言葉を言った瞬間、虹塚先輩の顔が、おでこまで赤くなったのが分かった。俺の言葉に、グラッときたらしい。
「だからお前の知っていることについて話してくれ」
俺の本気が伝わったのか、虹塚先輩は、困った顔で、前髪をかき上げた。
「ほんのさっきまで、あんなに頼りなかったのに、何がきっかけで、こんな背伸びを始めたのかしら」
「背伸びだってするさ。彼女の安全がかかっているんだからな」
虹塚先輩の広いおでこに、俺のおでこをコツンと当ててやった。あ、先輩。体温がかなり上昇している。
「男の子なのね……」
蝶至近距離のため、虹塚先輩のため息が顔にかかった。先輩は、観念したのか、俺に話すことを決めてくれた。
「散歩しながら……、話そうか」
「ああ……」
夜の道を、二人並んで歩く。たまに人とすれ違うだけの、静かな夜だった。まるで町から大勢が引っ越した後みたいだ。
当たり前のように虹塚先輩が腕を組んできたが、もう慣れてしまった。歩き始めてから、先輩はずっと黙ったままだ。早く話を聞きたい気持ちはあったが、逸る気持ちを抑えて、先輩が話し始めるのを待つ。
「ねえ、爽太君……」
「うん?」
名前を呼ばれた気がしたので、虹塚先輩の方を向くと、彼女が無言で頭を傾けてきていた。ああ、そうか。こうして歩きたいんだなと、虹塚先輩の意図を察した。
察した以上、わざわざ聞くような無粋なことはしない。
俺たち、カップルみたいだなと、アホなことを考えたりしたのが、我ながら笑えた。
やがて安心したのか、虹塚先輩は、ポツポツと、俺の黙っていたことを話し始めたのだった。
俺と虹塚先輩が、ちょうど肩を並べて歩いている頃、アリスの元に、優香から電話がかかっていた。
内容は、虹塚先輩が、ゲームに参加すると宣言したことを伝えるものだった。
「そう分かったわ」
ゲーム……。俺を取り合う記憶の消しあい。現在、俺と交際している虹塚先輩が、乗ってきてくれないと話にならなかったが、これでその心配もなくなった。
「私は……、どうしようかしら……」
こうなると、まだやるかどうか決めかねているのは、アリスだけとなる。一度記憶を消されてしまっている身としては、本来なら、関わり合いにもなりたくないものだ。しかし、俺と元鞘になるためには、避けては通れない試練。アリスの胸中は揺れていた。
「あ、心愛が参加するからって、あなたが無理に出る必要はないのよ。心愛は、参加を拒否しても、強制的に潰すつもりだったけど、あなたには恨みもないしね」
遠回しに、お前は関係がないと言われているようで、アリスは面白くなかった。そんな彼女の内心を見透かしたかのように、優香が嘲笑を続ける。
「まあ、元カノといっても、たいしたことはしていないんでしょ? せいぜいキス止まりかしら」
「……!」
失礼なことを言うなと、思わず叫びそうになったが、優香の言う通りだと、アリスは唇を噛むしかなかった。
「……私も出る」
悔しさから出た言葉だったが、発してから、徐々に決意は固まっていった。人間、時には、悩んだら行動してみるものだ。
「そうこなくっちゃね……」
電話の向こうで、優香がニヤリとほくそ笑む。優香にしてみれば、アリスもターゲットの一人で逃すつもりはないのだが、敢えて、彼女の口から参加を表明させるために挑発したのだった。アリスは、まんまと嵌められた形になるが、本人はそれに気付いていない。
「それじゃあ、詳細なルールは、今夜中にメールでお知らせするわ。遅くなるかもしれないから、寝ていても良いわよ。夜更かしはお子様には……」
まだ会話は続いていたが、アリスは電話を切ってしまった。これ以上、優香の面白くない話に耳を傾けるのは、耳に毒だ。
「散々子ども扱いしてくれて……。絶対に吠え面をかかせてあげるわ。私が勝って、あの大男と付き合わせてあげる」
拳に力を入れて、あまりよろしくない決意を胸にしていると、いつの間にか部屋に入ってきていたアキに声をかけられた。
「電話は終わったの?」
「……ええ」
アキの存在には気付いていなかったが、だからといって、驚くこともなかった。アリスの頭にあるのは、ゲームを制して、俺とよりを戻すことだけなので、驚くという感情は希薄になっていたのだ。
「すごい形相で話していたよ。まるで親の仇でも取りに行くみたい」
「敵か……。それも合っているかもね」
アリスからすれば、虹塚先輩も、優香も、どっちも憎たらしい仇敵だった。敵を討ちに行くという表現は、的を得ていた。
「あまり危ない真似はしないでよね。一応心配はしているんだからさ……」
「一応、ありがたく受け取っておくわよ」
いつもは憎まれ口しか吐かないアキからの意外な言葉をかけられたが、アリスの目は、自身の机の引き出しに注がれていた。中に入っているのは、虹塚先輩からもらった、記憶喪失剤の原液だった。
挿絵に描かれているのは、虹塚先輩です。
もし、イメージと違っていたら、すいません。
下手なのを承知で描いています。
感想や評価は、随時募集しています。