第百五十四話 俺の未来を『ゲーム』が握っていることを、俺はまだ知らない
虹塚心愛と、雪城優香。俺を想う二人の女子には、共通点があった。二人とも、ヤンデレなところがあり、俺を獲得するためなら、多少の犠牲は考慮しないことだ。しかも、俺の都合など、構っちゃくれない。他の女子と付き合っていようか、その行動が中断されることはない。どっちも黙っていれば、美少女なだけに、そこが玉に傷なんだよな。
だが、一方で、決定的に違うものがあった。虹塚心愛が、俺の彼女ということだ。言うまでもないが、雪城優香とは、親しいんだけど、扱いにくいところのある、ただの友人ということになる。
だから、もし二人が争っていたとしたら、俺は虹塚先輩の味方をするということだ。たとえば、襲われそうになっているところを、人間の盾となってかばったりするのだ。ちなみに、たった今、実行中だったりする。
もし、俺が割って入らなければ、虹塚先輩に突き刺さっていた筈の注射器を振り上げた姿勢のままで、優香は固まっていた。
「嘘で、しょ。信じ……、られない……」
大の字に腕を広げて、虹塚先輩の前に立ちはだかる俺を、優香は驚愕の表情で、じっと見つめていた。俺の乱入が、よほど意外だったみたいだな。
しかし、呆けていたのは一瞬で、呪縛から強引に自我を取り戻したかと思うと、俺をキッと睨んだ。
まるで突きつけられた敗北を、強引に否定するかのように、唇を噛みしめて、恨み言を吐いた。
「そう……。爽太君も、心愛の味方をするんだ」
「当り前だ! 自分の彼女を守って、何が悪い!」
彼女のピンチに体を張るのは当然だろう。まさか、虹塚先輩を裏切って、お前の方に走ると考えていた訳でもあるまい。
「爽太君。嬉しい……」
俺の後ろで、虹塚先輩が、歓喜の声を漏らした。表情を確認するまでもなく、うっとりとしているのが分かる。今にも、吐息が背中に当たりそうだ。
「フ、フフフフフフ……!」
突如、優香が肩を震わせて笑い出した。俺が虹塚先輩の味方をしたことで、キレてしまったのだろう。念のために言っておくが、潔く負けを認めて引き下がるという選択肢は、彼女には存在しない。心に決めた女性が既にいるのなら、そいつを排除すればいいだけというのが、優香の短絡的な解決方法なのだ。
「まあ、いいわ……。どっちにせよ、心愛は始末する予定だったしね。私が取るべき行動に変化はないし、修正も必要ないわ。それどころか、心愛の手から、爽太君を取り戻すと解釈すると、ショックである以上に、興奮してきちゃうわね。これからその絆をグチャグチャにしてあげる快感が湧いてくるわ……」
うわあ……。俺の意見を、真正面から踏みにじってくれているよ。俺のことが好きだというのなら、全面的に尊重してほしいところなのに。
「盛り上がっているところを悪いんだが、自分が不利なことを分かっているのか? 二対一でも勝てるとか思っちゃいないよな」
優香なら、そんなことも考えそうだが、気持ちで負けたらいけないと、空元気を振り絞って威嚇してやった。
「それでもいいんだけどさ。せっかく心愛がゲームに参加するって言い出したのよ? アリスちゃんにも参加の意思を確認してから、始めるのがセオリーと思わない?」
「ゲームって何だよ。ここにきて、新しい単語を持ち出すな。混乱するだろ!」
俺が非難するが、虹塚先輩は黙っている。どうやら、俺を抜きにしたところで、話が進んでいるみたいだな。
『記憶消去デスマッチ』のことを知らない俺は、自分のことなのに、除け者にされてしまうという悔しさを味わった。
しかし、そんなことは、どうでもいい。優香が何を企んでいようが、ここで決着をつけてやるのだから。
「心愛。俺が優香の動きを止める。その間に、注射針を刺すんだ」
「……分かったわ」
てっきり「爽太君に取り押さえられるのかしら。その役は私がやるから、爽太君が注射針を刺してちょうだい」と言われるのかと思っていたら、任されてしまった。
いや、任されたからといって、動揺している訳ではない。ただ意外だと思っただけのことだ。
俺と心愛で、優香との距離を徐々に詰めていく。自画自賛かもしれないが、なかなかのコンビネーションかもしれない。
「まさか……。ここまで敵意を向けられるとは思ってもいなかったわ。いつも通り、優柔不断に構えているものとばかり思っていたのに」
「俺だって、やる時にはやる男なのさ」
昔から、おじさんに、お前はやれば出来ると言われ続けてきたのだ。蛇足だから、話はしないけどね。
「……いろいろと悔しいことばかりだけど、今日は帰らせてもらうわ。私……、自分の土俵で相撲を取るのが好きな女だから」
逃げるつもりか……。だが、そうはさせない。
「つまりここで逃がしたら、次は自分が圧倒的に有利な立場で反撃してくるってことだろ。そんなことはさせない! ていうか、そっちから絡んできておいて、勝手に帰るな。せめて説明くらいは、ちゃんとしていけ!」
というか、このまま帰すより、どうせなら今、引導を渡してやりたかった。同年代の女子を攻撃するのは、あまり良い趣味ではないが、ここまで敵意を明確に示されては仕方あるまい。それにゲームとやらが、優香を中心に回っていることだけは理解できた。こういう訳のわからないものは、早めに叩くに限る。
もちろん待てと言ったところで、優香の気が変わる訳もなく、俺が話している途中で、既に走り始めていた。俺と虹塚先輩で後を追うが、足は優香の方が早く、結局撒かれてしまったのだった。
十分くらいしただろうか。さっき優香と対面したところで、虹塚先輩と合流した後、絶好のチャンスを活かせなかったことを悔やんだ。
「どこにもいないな。今日は結構追いつめたと思ったのに」
「目的が済んだから、もう帰ったのよ。気ままというか、マイペースというか……。ハッキリ言えば、自分勝手なのね」
前髪をかき上げながら、ため息をついて、虹塚先輩が呟いた。俺と同じく悔しがっているのだろうが、それよりも、目的という言葉が、妙に気にかかった。
「目的って何だ? 好き放題暴れることか?」
俺の問いに、虹塚先輩は、しばらく言いあぐねた後で、話してくれた。
「私がゲームへの参加意思を表明したことよ」
ゲーム……。さっき優香も話していたな。
「心愛。ゲームって何だ? 俺にも説明してくれよ。どうせ俺も無関係じゃないだろ?」
無論、この時点で、ゲームの結果次第で、交際相手が決まってしまうとは、夢にも思っていなかった。
俺が知ったら、絶対に首を突っ込んでくると思ったのだろう。俺を危険な目に遭わせたくないと思ったのか、虹塚先輩は、やんわりと説明することを拒否した。
「爽太君は何も心配しなくていいのよ。お姉さんが、全部片付けてきてあげるから」
その全部というのは、優香だけではあるまい。おそらくアリスも含まれている筈だ。
そこまで推測できているのに、心配するなとは酷なことを言うな。こうなったら、意地でも聞き出してやる。
「心愛!」
俺は、虹塚先輩の両方の腕をがっしりと掴んだ。俺から強引に攻められることに慣れていない虹塚先輩は、目を白黒させている。
「さっき明らかに優香に負けそうになっていたよな。あれで心配するなというのは、無理があるんじゃないのか?」
「……! さっきのは油断しただけよ。次は必ず……」
反論しようとする虹塚先輩の唇を、俺自身の唇で強引にさえぎってやった。先輩は、しばらく何かを言いたそうに、口を動かしていたが、やがて大人しくなった。
「俺にも手伝わせてくれよ。カップルだろ、俺たち……」
「……言うようになったわね」
俺の本心を探るような目つきで、虹塚先輩が呟いた。ひょっとしたら、子供だと侮っていた俺に、強引に押し切られたことが、面白くないのかもしれない。
でも、疑い深そうな中にも、満更でもないといった感情が見え隠れしているのも、俺は見抜いていた。
予定では、次回の投稿の際に、挿絵を入れようかと思ったりしています。
こんなことを宣言して、大丈夫なのか、実は不安だったりもします。