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第百五十二話 あなたが泣くまで、締め上げるのを止めない

 カラオケボックスで遊んでいたら、乱入してきた優香に、注射器で刺されそうになってしまった。


 注射器の針が、腕に到達しようかというところで、駆けつけた虹塚先輩が、優香の腕をしっかりと掴んで止めてくれた。


「虹塚先輩……」


「……許さない。私の爽太君に手を出そうなんて」


 俺の問いかけに答えることなく、虹塚先輩は、ぶつぶつと呟いている。返答次第では、腕を折ることも辞さないような、感情の感じない目で、優香の腕をギリギリと締め上げる。今の虹塚先輩も、少しヤンデレが入っているようだ。


「あははは……。私を掴む力が、少し強すぎるんじゃないの? ……折れちゃうわよ」


 締め上げるのを止めるように言っている筈なのに、優香が話すと、どことなく虹塚先輩を威嚇しているように聞こえる。無論、それで虹塚先輩が、力を緩める訳もない。相変わらず独り言は続いていた。


「ちょっと目を離した隙に爽太君を狙うなんて、お痛が過ぎるわよ」


「これが私なりの求愛方法なのよ。大目に見てくれないかしらね」


「あらあら。面白くない冗談ね」


 そう言って、腕を掴む力をさらに強めた。粋がっている優香の顔も、これにはたまらないと、ついに歪んだ。


「爽太君も駄目よ。こんな女を近付かせたら。あなたは危険な目に遭いやすいんだから、自覚しなさい」


 遠回しに、「私がいないと駄目ね」と言われている気がした。完全に子ども扱いされてしまっている。でも、嫌な気もしなかったりするんだよな。


 やっと俺に対して口を開いてくれたことに安堵しつつ、曖昧な苦笑いを返した。


「でも、どうしてここが分かったんだ? 俺が今日ここに来ることは、話していない筈だよな」


「うふふふ。私は、あなたの彼女よ。行きそうな場所の心当たりくらいつくわ。そこを丹念に調べて行って、ここに行きついたのよ」


 つまり、勘を頼りに、しらみつぶしに捜していたら見つかったってことですね。何か優香と同じことを言われた。つまり、虹塚先輩も、しらみつぶしに捜していたら、見つけられたってことか!?


 ていうか、俺の行動パターンって、そんなに読みやすいのか? 虹塚先輩から誤解されることがなかったのは良かったけど、素直に喜べないな。


「ねえ! 二人の熱々ぶりを見せつけないでくれるかしら。不愉快で仕方がないんだけど!」


 何も、熱々なことはしていないが、優香にとっては、大変面白くないことらしい。腕を掴まれているのに、声を張り上げて威嚇してきた。だが、強がったところで、形勢は、虹塚先輩に有利なものだった。


「うふふふ。いつまでそんな口が聞けるのかしらね」


 薄く微笑んだかと思うと、力をまた一段階強めた。優香も懸命に耐えているが、額には脂汗が浮かんでいる。もうちょっとした我慢比べになっていた。


「早くギブアップしないと、腕がマリオネットみたいにグニャリとしちゃうわよ」


「それはそれで面白そうね……」


 まだ挑発を続けているが、虹塚先輩は本当にやる人だからな。取り返しのつかないことになる前に、引いてほしいんだけど。


 それとも、マジで折れるまで続くのかと、見ているこっちが冷や冷やしだした頃、唐突に勝負は中断された。


「……痛い」


 突然、優香が、さっきまでとは打って変わったしおらしい声で訴えてきたのだ。ついに降参したのかと思ったが、どうやら人格が変わっているようだ。近くで見ていたアキも、驚きを隠せない。


「むむむ! 何か雰囲気が変わりましたね。まるで別人ですよ」


「人格が入れ替わったんすよ……」


 優香とは、彼氏の関係で、昔から付き合いがあり、事情を知っている柚子が、そっと耳打ちする。ただし、アキの頭では、よく分かっていないみたいで、「ほえ?」とか唸っていた。


「虹塚先輩……」


「形勢が不利になったから、後のことは全部こっちの人格に任せて逃げたみたいね」


 さすがに、こっちの優香を痛めつけても無意味なので、いかにも虫の居所の悪そうな顔で、虹塚先輩は手を離した。……遠くで、ヤンデレの優香の「ざまあw」という勝ち誇った高笑いが聞こえてきた気がした。


「ヤンデレの優香……。きっと中から、俺たちのことを見ていますよ」


「そうでしょうね。きっと次の機会を淡々と狙っているに違いないわ」


 まるで肉食動物が獲物を狙っているみたいだな。もちろん、俺たちは獲物の方ね。


 自分たちを狙う肉食動物が、目の前で牙を研いでいるのに、手の打ちようがないというのは、何とも言えないもどかしさがあるな。


「あの! この人、どうしちゃったんですか? 分かっていないのは、私だけでみんな分かったような顔をしているじゃないですか。そういうの、すごく嫌です。もっと分かりやすく教えてください!」


 優香の件において、除け者にされつつあるアキが必死になって叫んでいる。お前は分からなくても問題ないんだよと、鼻白んでしまいそうになるが、柚子が説明役を買って出てくれた。


「だから。人格が入れ替わったんすよ。多重人格者なんです、この人」


 なかなか事態を理解してくれないアキに、焦れたように再度説明する柚子。さっきよりも、ちょっとだけ丁寧だったりする。


 呆気にとられていた様子だったが、すぐに目を丸くして、俺にすり寄ってきた。


「ええっ! お義兄さんには、ヤンデレだけじゃなくて、多重人格の知り合いまでいるんですか!?」


 俺を憧れの目で見ながら、アキが叫んだ。ていうか、こんなことで尊敬されても嬉しくない。もっと他の部分も見てほしい。……ちなみに、ヤンデレの知り合いは、誰のことを言っているんだ? 虹塚先輩は勘弁してくれよ。当人が隣にいるし、最終的に宥めなきゃいけないのは俺なんだから。


 思わぬところで、未知との遭遇を果たしたアキの、次なる行動は、すっかりおとなしくなった優香の両方の頬を、自身の両手で横に向かって引っ張ることだった。


「うはあ! 多重人格の人なんて、初めて見ましたよ。興奮する~!」


 まるで生体実験だな。買ってもらったばかりのおもちゃの感触を確かめているようにも見える。


「痛い! 痛いってばあ~!」


 優香が涙目で止めるように訴えるが、アキは構わず頬を引っ張り続けた。ただし、いじめている訳ではないので、力はちゃんと加減している。


 こういう行動を見ていると、つくづくアキはまだ子供だと実感するな。そこらへんにしておかないと、ヤンデレの人格に戻った時が怖いぞ。


 とりあえず……、今の優香は、人畜無害。行動を起こすなら、今だ。


「なあ、優香。実は、お前の鞄の中に、俺の携帯電話が入っているんだ。取り出してもらっていいか?」


 アキを話しながら、なるべく刺激しないように笑顔を作って問いかけた。


「え? どうして爽太君の携帯電話が、私の鞄の中にあるの? というか、どうしてそんなことを知っているの?」


 当然の疑問を矢継ぎ早に聞いてきたが、お前が間違って鞄に入れてしまったといっていたと、嘘をつくと、あっさり納得してくれた。こっちの優香は、何気にちょろいのかもしれない。


「本当だわ。見知らぬ携帯電話が一つ入っていたわ。これでいいの?」


「ああ。それそれ」


「一応、本人確認も……」


「そういう警察みたいなことはしなくていいから」


 最後はひったくるようになってしまったが、優香の手から、無事に携帯電話を取り戻すことが出来た。ざっと確認した限り、傷もついていない。


 へへへ! 俺の携帯電話、奪還完了!


 俺が携帯電話を返してもらう様子を、側から見ていたアキが納得したように、声を上げた。


「なるほど! よく理解しました。もう一方の人格の時に、どう仕掛けるかが、この人を攻略するポイントなんですな!」


 何も理解していない。ある意味で、さっきよりも理解度が落ちている気さえするくらいだ。


「テレビゲームじゃないんだから……」


 正直、ゲームならどれだけありがたかっただろうか。何せ、都合が悪くなったら、好きなタイミングでリセットボタンを押せるからな。


 さて。携帯電話も戻ってきたところで、改めて問題になってくるのは、ヤンデレの優香をどうするかだよな。自分の都合で、人格を入れ換われるみたいだし、こっちが背中を見せるまで出てきそうにないなあ。


 難しい顔で唸る俺の背中を、虹塚先輩が優しく撫でてくれた。妙案があるらしい。


「心配ないわ。そんなことはさせないから」


 俺が安心するように、努めて柔和な笑顔で微笑んでくれた。この人が、微笑んでいるのを見ると、何となく安心するようになってきている自分を自覚しつつも、どうする気なのだろうと首をかしげた。


涼しくなってきましたし、個人的に時間の余裕が出てきましたので、

また挿絵を描いてみようかと懲りずに考えています。

描いてほしいキャラのリクエストがございましたら、お知らせくださいませ。

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