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第百五十一話 私の危険な愛を、受け止めて……

 カラオケで、アキや柚子と楽しくやっていたら、優香が乱入してきた。俺がここにいることは伝えていないのに、勘だけで辿り着いたという。こいつの俺への執念には、圧倒されるものがある。


 しらみつぶしとはいえ、俺を発見することに成功した優香は、当然のように、自分も混ぜろと要求してきた。もっとも、そう言ってきている時点で、部屋の中に入って、俺の横に陣取っているので、拒否のしようもなくなっているんだがね。要求は、優香なりの社交辞令のようなものなんだろう。


「この人って、この間帰り際にヒステリックになっていた方ですよね。あまり人のことを悪く言いたくないんですけど、ご遠慮願った方が無難ですぜ」


 アキが眉間にしわを寄せて忠告をしてきたが、お前に言われなくても、心得ているさ。優香を隣に座らせているこの状況は、まずいってな。気付いたからといっても、何も打つ手がないのが、非常に悔しいことだけど。


「……お義兄さんが断れないんだったら、私から言いましょうか?」


 俺がアキに苦手意識を抱いているのを見抜いたアキが、気を利かせてくれたのか、自分が優香に帰るように言ってやろうかと言ってきた。申し出はありがたいが、それを頼んでしまうと、今後アキに頭が上がらなくなる……。ではなくて、アキでは、返り討ちに遭ってしまうので、やらせられない。などと、考えている内に、アキは、既に優香に話しかけていた。


「あのぉ~……。先日、カレーをご馳走してもらった恩はありますけど……」


 申し訳なさそうな顔で優香と対面している。姉のアリスは別として、基本的に人を拒絶したりしない性格なので、結構レアなことだ。しかし、それに対する優香も、怪獣のための準備は怠っていなかった。


「いけない! お土産を持ってきたんだった。私ったら、忘れるところだったわ」


「お土産……」


「そう、みんなで食べてもらおうと思って持ってきたの?」


 優香がテーブルの上に置いたタッパーの中に入っていたのは、自分で作ったと思われるナタデココだった。まずい……! アキの顔色がみるみる変わっていく。


「まあ、一人くらい増えたところで余裕ですよ、余裕!」


 さっきまで優香を輪の中に入れることに反対していたくせに、手のひらを返したように招き入れることに積極的になりだしやがった。


 アキの馬鹿め……。食べ物につられやがって……。


「諦めましょう。アキ先輩まで向こう側に回っちゃったら、自分と爽太先輩じゃ、どうしようもないっす」


「ぬううう……」


 こうして、ものの見事に、というか、抵抗らしい抵抗もないまま、優香は俺の隣へと腰を下ろしたのだった。


「ねえねえ! 私とデュエットしようよ。ね、いいでしょ!」


「俺……、一人カラオケ派だからいいよ……」


「後輩を引き連れて、カラオケに来ておいて何を言っているのよ。説得力がないわよ」


「いや……、こいつらは、俺専用喜ばせ隊……」


「違いますよ」


 く……。優香のアタック、やはり執拗だ。怒らせるとまずいと分かっている以上、強気に出られないのもきつい。しかも、アキまで何気なく口を出してくる始末だ。


 ちなみに、そのアキは、優香が差し入れてくれたナタデココを、口いっぱいに頬張っている。俺の気も知らないで、至福の時を満喫しやがって。膨らんでいるほっぺを思い切り押してやりたい気分だ。


「む! 優香先輩のお菓子、お姉ちゃんと味付けが似ている!」


 アキが何気なく発した一言に、優香の眉が、ピクリと反応するのを、俺は見逃さなかった。


 確か、アキは、最近アリスお手製のお菓子を食べさせられているんだよな。優香の作ってきたお菓子と比較しているのは、それと見て間違いないだろう。


 だが、それがどうかしたのだろうか。素人レベルの料理なんて、特殊な調理法や食材を作らなければ、味が似ることなど、よくあることなのだ。他人と味付けが似ているのを指摘されることが、面白くないこととは思えないが。


 この時点で、優香が記憶喪失剤を、優香が手に入れているのを知らなかったが、第六感で危険を察していた。


 差し入れのナタデココをもう一度見る。どこもおかしなところはないように見える。手作りの料理を、カラオケボックスに勝手に持ち込んでいいのかという、根本的な問題はさておき、これに手を付けるのは、どうにも憚られた。


 一番の理由が、作ってきた相手が優香ということだが、アキが呟いた一言も、どうしても嫌な予感をそそってしまう。柚子も同じみたいで、難しい顔で観察するばかりで、手を付ける気配がない。


 柚子はともかく、俺に食べてもらえないのは気になるらしく、悲しそうな顔で優香が聞いてくる。


「食べてくれないの? 自信作なんだよ」


「ああ、ちょっと虫歯をこじらせてな。歯医者から、甘いものは止められているんだよ」


「そんなことを言わないで。ほら、一口だけでも」


 ナタデココをスプーンにすくって、俺に「あ~ん」してきてくれた。モテない男だったら、毒物や汚物でも喜んで口を開けるんだろうが、俺はそこまでおめでたくない。巧妙に顔をそらして、やんわりと拒否を維持した。


「残念だわ……。むしろ爽太君にこそ、食べてほしいんだけど」


「ははは……」


 笑って誤魔化したが、ここまでしつこいのはおかしいと、嫌な予感は、一層深まった。というか、優香のすること一つ一つを疑ってしまっている。


「俺、こっちの方をいかせてもらうわ」


 特製ナタデココから、唐揚げへと視線を移し、箸を伸ばそうとすると、優香が食べさせてあげると言い出した。


 しかし、優香は唐揚げを俺の口ではなく、自分で咥えてしまった。そして、俺の方を見て、顎を突き出してきた。


「それは……、何の真似だ?」


 何をしたいのか、だいたい分かっていたが、敢えて聞いてみた。返答は、予想していた通りだった。


「口移し!」


 優香の大胆な行動に、俺は大口を開けて後ずさってしまったし、アキと柚子も盛大にむせていた。


「俺、彼女がいるから……」


 普通の女子なら、これで引き下がるが、相手は優香。駄目もとで言ってみたが、帰ってきたのは、「知っているよ!」という言葉だけだった。分かり切った展開だけに、ため息も出ない。


 マジで困ったな。優香のやつ、さっきよりも積極性を増して、俺ににじり寄ってきている。


 俺が対応に困っていると、ちょうど虹塚先輩から電話がかかってきた。ナイスタイミング! 早速電話に出ようと、携帯電話を操作していると……。


「虹塚心愛からの電話には出るのね……」


「うっ……!」


 俺の肩から、顔を覗かせた優香が、そっと囁いた。さっきまで対面していたのに、いつの間に背後に回りこんだんだ? お互いの顔がくっつくほどの至近距離なので、虫の鳴くような声でも、俺にはハッキリと聞こえた。平坦な中に、脅しを含んだ声に、思わず背筋がゾ~っときてしまう。


 自分からの着信を、とことん無視し続けたのを根に持っているのか、光を失った真っ黒い眼で、俺を見つめている。よくイラストで目にする、ヤンデレのテンプレともいうべき、あの目だ。


 そんな目に見据えられてしまうと、メデューサに睨まれて石化した人のように、身動きが取れなくなってしまうではないか。


「これは私が預かっておくわね」


 動けない俺の手から、携帯電話は、優香に没収されてしまった。虹塚先輩からの電話は鳴り続けていたが、優香が勝手に電源を切ってしまったので、強制的に中断させられた。あとで、どう言い訳しようかね。


「あ~あ、ショックだわ……。電話は無視するし、料理は食べてくれないし……。私、蚊帳の外って感じ」


 いや、お前は、元から、そこが定位置だろ? 今更言うことじゃないから。


「ショックすぎるから、これで直に刺しちゃおうかしら……」


 優香が、俺に向けてきたのは、液体のたっぷり詰まった注射器だった。虹塚先輩が、愛用しているアレによく似ていた。


「あ、お姉ちゃんの部屋でちょくちょく見かけるものだ!」


 アキも驚いて声を上げる。柚子を見ると、早く逃げ出した方がいいと、表情で訴えてきていた。逃げられるなら、とっくに逃げているよ!


「ちょっと頭の中が軽くなるけど、すぐに私との楽しい記憶で埋め尽くしてあげるから」


 ていうか、もう刺すこと前提で会話している。しかし、優香の一言で、完全に確信した。中の液体は、記憶喪失剤だ。こいつは、俺の記憶を消そうとしている。そして、虹塚先輩のことを忘れた俺に、改めて言い寄る気だ。


 なぜ優香が、記憶喪失剤を持っているんだ? いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。注射器の針が、俺めがけてつっこんて来ているからだ。至近距離なこともあり、避けられるかどうかは微妙だ……!


「そんなことだろうと思ったわ」


 俺の腕にもう少しで刺さるというところで、注射器は止まった。駆けつけた虹塚先輩が、優香の腕を掴んで、動かないようにしているからだ。


「虹塚先輩!」


「虹塚心愛……」


「爽太君に危害は加えさせないわ」


 優香の腕を握る力を強めながら、言い聞かせるように、高々と宣言した。しかし、どうして虹塚先輩がここに……?


回を重ねるごとに、主人公が弱体化してきています。

主人公って、こんなんじゃなかった筈なのに……。

書いていたら、いつの間にかこういうキャラになっていたんですよねw

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