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第百四十七話 悪魔の薬が、悪魔の手に……

 大男に追われるアリスの前に、遊里が助っ人として姿を現した。本人的にはヒーローのつもりなのか、妙なポーズこそとらないものの、気取った顔をしている。


 最初は通行人が乱入したくらいの認識だったが、相手が数日前に、自分を撃退した人間だと知ると、表情を強張らせていった。


「てめえ……! 数日前の女か……」


「その顔は、私のことを覚えてくれているみたいね。前回は、ちょっとしか接点がなかったから、忘れられていると思っていたのに嬉しいわ」


 大男にとっては、体格で劣る女子に敗北したのだ。忘れたくても、忘れられない苦い思い出だろう。大男の顔が、みるみる険しいものになっていく。それに負けじと遊里も、表情を険しくして睨み合う。


「おい……。今日はあの固いものを持っていないのか? 手ぶらに見えるんだが……」


「置いてきたの。あなたが相手なら、いらないと思ってね」


「不意打ちで勝ったからって、浮かれすぎじゃないのか? あまり舐めると痛い目を見ることになるぞ」


 大男が遊里を脅すが、数日前に軽く勝っているということもあり、余裕の表情は崩れない。後ろで不安そうにしているアリスに声をかける余裕まであるくらいだ。


「もう心配しなくていいわよ。私が来たからには、もう大丈夫だから。……私のことは覚えているかしら?」


「遊里……、でしょ?」


「はい、正解。だいぶご無沙汰していたから、忘れられているかと思ったけど、ちゃんと覚えてくれていたわね。ありがとう」


 ただ覚えているとはいっても、あまり良い覚え方ではない。アリスにとっては、自分の彼氏にまとわりついてきたうざい女の一人なのだ。


「実はね、とある人から、あなたの様子が最近おかしいから、つけるように依頼されていたのよ……」


「様子がおかしくて心配なら、ストーカーをつけずに、直接聞いてほしいんだけど……。ていうか、そのとある人って、お母さんよね。あなた、私の母とどんな関係なの?」


 あまりにも的確なアリスの私的に、全身を硬直させて、ギクリとする遊里。さっきまであんなに慌てていたアリスが、こんなに冷静に頭を働かせられるとは、思ってもみなかったのだろう。


「そ、その話は、今はどうでもいいんじゃないかな? 自分を陰ながら、見守ってくれている人がいるというだけで、ありがたく思うべきだと、私は思うよ? だから、間違っても、とある人については、詮索するべきじゃないな。あと、絶対に、お母さんに突っ込んだ質問もしないように。くれぐれも……、お願いします」


 もう白状しているようなものだ。あまりにもバレバレ過ぎて、アリスの追及する気も萎えてしまう。


「そんなことより、俺の存在を忘れてんじゃねえよ! お前ら、追われている側なんだぞ!?」


 何も待っている必要などなく、アリスと遊里が話しているところを襲ってしまえばいいのに、律儀に待っていた大男が叫んだ。アリスは忘れていた訳ではなかったが、遊里は「ああ、忘れていた」という顔をした。


「あの……、大丈夫なの? かなりの体格差があるけど」


「大丈夫、大丈夫。私は女よ。いざとなったら、大声で助けを求めればいいだけ」


「助っ人に出てきて、そんなことを宣言するのって、たぶんあなたくらいのものよ。助けに来てもらって、こういうことを言うのもなんだけど」


 ていうか、それだったら、私が大声を上げればいいだけだから、遊里が乱入してくる意味がないんじゃないかと、アリスはうっすらと思った。だが、口にしたら、いけないことのような気がしたので、黙っておくことにした。


「さあ、さあ。カモ~ン。かかってきなさ~い!」


 ピンチになったら、早急に助けを求めるつもりの遊里は、気軽に自分よりも体格の良い大男を挑発している。しかし、大男も、アリスたちの話を断片的とはいえ、盗み聞きしていたのだ。それで挑発に乗るほど、馬鹿ではない。


「くっくっく……。俺が襲い掛かったら、大声でも出そうとしているな。だが、無駄だ……。その対策も万全にしてある」


 したり顔で、大男が取り出したのは催涙スプレーだ。誰にも話していないが、前回、スタンガンで脅されて以来、持ち歩くようにしているらしい。本来は、お前みたいなやつに襲われたときに使用するものなので、本末転倒な気もするが、本人は気にしていない。


「ぐっ……! 護身用のグッズで武装するなんて、汚いわよ」


「はっ! 勝ちゃあいいんだよ。勝てば官軍だぜ!」


「ていうか、催涙スプレーを使われても、叫べばいいだけなのでは……」


 急に自分一人でもどうにか出来るような気がしてきたアリスは、大男の催涙スプレーを奪って逃走を出来ないかということまで考え出した。


「はあい、ストップ!」


 何となく緊張感が緩みだした場に、追いついてきた優香の声が響いた。


「はあ、はあ……。つい笑いすぎちゃったわ。だって、反撃された時のあいつの顔、ひょっとこみたいになっていたんだもの。あれは、笑わずにはいられないわ」


 思い出して、また笑いそうになった優香は、慌てて思考を中断した。


「結構長い時間、笑っていたから、もう遠くまで行ったのかと思っていたけど、まだこんなところにいてくれて助かったわ」


「ぐっ……!」


 こんなことなら、ひたすら走ってよかったと思ったが、もう後の祭りだ。アリスは歯ぎしりして悔しがった。


「何か険悪な雰囲気になっているけど、もっとフレンドリーにならないかしら」


「さっきも話したでしょ。私はね、あなたとことを荒立てる気はないのよ。ただ虹塚心愛を爽太君から引き剥がす仲間が欲しいだけなの」


「分かったわ。じゃあ、仲間になるかどうかの返事はまだ今度でいいから、今日はそのお菓子だけ頂戴」


「嫌!」


 それだけは罷り通らないと、アリスがきっぱりと断る。だが……。


「よこせ……」


 さっきとは、トーンも、口調も違う声で、優香が囁いた。あからさまに脅しにかかっているのが分かる。


アリスは気圧されそうになるのを抑えて、懸命に抵抗を試みる。


「ふ、ふざけんじゃないわよ。断るって言っているで……」


 あくまで徹底抗戦を崩さないアリスの手から、遊里がプリンをかすめ取った。「あっ……」とか細い声を出すが、その時には、遊里はもう、プリンを優香の前に出していた。


「ほら。これが欲しいんでしょ? 持っていきなよ」


「ありがとう。物分かりが良くて助かるわ」


 プリンが、思いのほか、スムーズに入手出来たので、優香は上機嫌に微笑んだ。


「今日は、これだけもらって引き下がるわね。仲間は、常時募集中だから、気が変わったら、いつでも連絡を頂戴ね」


 大男に、もう行くぞと顎で合図をすると、もう立ち去ろうとしている。登場も早いが、引き際も早い。


「ま、待て……」


 食い下がろうとするアリスを、遊里が止める。無駄な抵抗は止めろと、無言で訴えてもいた。


「止しなって。逆らったところで、痛い目を見るだけだよ?」


 その言葉に、言い返そうとするアリスだったが、結局文句を言うことはなく、悔しそうにそっぽを向いただけだった。


 優香と大男が去ったのを確認した後で、緊張を解いた遊里は大きく息を吐いて、アリスに声をかけた。


「怪我はない?」


「うん……、でも、これだけは言わせて。あなた、何をしに来たの?」


 助っ人として、全く役に立たなかった遊里に、痛烈な批判を与える。「あなたがいない方が逃げ切れた気さえするわ」とも言ってやろうと思ったが、そこまで言うこともないかと勘弁してやった。


「アリスは不満みたいだけどさ。私の目的は、あなたを無事なままで助けることだから、結果オーライよ」


「完璧な仕事をしたみたいに言っているけど、単に相手の言いなりになっただけじゃない。それで勝利なら、全国のパシリさんも、みんな勝者に昇格されるわね」


 遊里のあっけらかんとした態度に、だんだん怒りが湧いてきたアリスが、ねちねちと不満を言い始めようとするが、遊里は既に別の話を始めていた。


「ねえ……。あいつらも何か言っていたけど、あのプリンに、どんな秘密がある訳?」


「……」


「私に話したくないなら、無理強いはしないけどさ。さっきのやつらの手に渡っちゃった以上、いつまでも隠し続けるのはよろしくないことなんじゃないの?」


 まさか食べたら、記憶を失ってしまうプリンだとは、夢にも思っていないだろうが、遊里なりに不穏なものを感じたので、忠告したのだった。


「とりあえず悩んでいても仕方がないから、冷たいものでも食べて帰ろう。な~んにも入っていない、ひたすら甘いパフェなんかいいかも。お金は気にしないで。とある人からもらっているから」


「太っ腹なのね、その人。でも、ノーセンキューで。あなたと席を同じくしたくない気分だから、お金だけ頂戴」


 先の出来事で、すっかりご機嫌斜めのアリスを、懸命になだめながら、遊里はファミレスへと誘導していった。アリスも、そんなことをしている場合ではないと思いつつも、甘いものの誘惑に、ちょっとだけならいいかと思わずはにかんでしまっていた。


「ねえ、遊里」


「うん?」


「とある人って誰?」


「まだ言うか!」


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