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第百四十六話 劇薬入りお菓子を巡る、元カノたちの抗争

 アリスと優香、そして大男。決して仲の良くない三人が、一つのテーブルに座って、話し合いの真似事を始めていた。ただし、アリスは強制されたため、嫌々席についているのだがね。


「私たちの目的は、細部はバラバラだけど、大まかな部分では一致しているのよ。そう! 爽太君と虹塚心愛を別れさせたいっていう部分でね」


 元々望んで始まった交際ではないが、こんな筋違いの願いには、心底イラッとしてしまうね。


「だから、今は手を取り合いましょうっていうの? 爽太君が虹塚先輩と別れた後は、また敵になるって確定しているのに?」


 そんなことは無理に決まっていると、鼻で笑う。


「手を取り合うなんて、馬鹿なことを言ってないで、とっとと私を脅してきたら? 爽太君に近付いたら殺すって」


「いいの?」


「……!」


 精いっぱいの強がりに、据わった目で返されたので、アリスは思わず座った姿勢のままで、後退してしまう。それを見かねた大男が、声をかける。


「止めとけよ。優香がキレたら、お前なんぞ一捻りだ。優香も、お前も、それを分かっている。その中で強がったって、滑稽なだけだぞ」


 大男の言い分は正しいが、それで素直になるほど、アリスは大人ではない。難しい顔で黙り込んでしまった。


「まっ、あっさり握手してくれないのは分かっていたことだから、焦ることはないか。じゃあ、この話題は保留にして、次の話に移るね」


 優香が、アリスに前に出したのは、彼女手作りのプリンだ。いつの間にかかすめ取っていたらしい。


「これは何? 妹さんには勧めていたけど、他の人が食べようとしたら、血相を変えて、止めていたわよね。何かやばい薬でも入っているの?」


「……ノーコメント」


「ひょっとして、本当に食べさせたい相手は、妹さんじゃなくて、虹塚心愛だったりしてね」


「……」


 黙秘を貫いているのに、優香の遠慮のない追及が続く。しかも、全て的を得ているというのだから、始末が悪い。


「そんなにそのプリンが気になるのなら、食べて確かめてみれば? そうすれば、一発でハッキリするわよ」


「自分の体に聞いてみろってこと? なかなか面白いことを言うじゃない」


「おい……。乗り気になっているけど、まさか本当に食べる気じゃないよな?」


 優香の性格を考えると、手っ取り早く食べて確かめる可能性もゼロではないため、大男は不安になってしまい、つい確認を取ってしまった。その顔がおかしかったのか、優香は大口を開けて、盛大に笑いだした。


「そんな訳がないでしょ。冗談よ、冗談。何を真面目に捉えているのよ! アハハハハハ!」


「そ、そうだよな。何の薬かもしれないのに、飲んで確かめるなんてあり得ねえよ。冗談でなきゃなんだっていうだよ。ガハハハ!」


 優香につられて、大男も笑い出す。アリスが困ったように双方の顔を交互に眺める中、二人は笑い続ける。なんともカオスな光景だ。しばらくこれが続いた後で、ようやく終息に向かう。


「はあ……。ようやく笑いが収まってきたわ。これで話が再開出来るわね」


「私は、ずっと中断されたままで構わないけどね。その間に帰らせてもらうことが出来れば、尚良し」


「つれないわね。でも、笑っている内に考えを改めた部分もあるのよ。やっぱり食べて確かめることにしたわ」


「え?」


「何だと?」


 まさかの心変わりに、敵同士のアリスと大男が同時に声を上げた。だが、はもることはなかった。


「という訳で、はい、これ」


 笑顔でプリンを大男に差し出す。自分が試すという選択肢は、やはり持っていなかった。だいたいこんなことになるだろうと薄々感づいていたとはいえ、大男の顔は愁いを帯びてしまう。


「顔をしかめることじゃないでしょ。女の子の手作りお菓子が頬張れるのよ。あんたにとっては、一生の内に数えるくらいしか訪れない幸運じゃない」


「しっ、失礼な! そんなことは……、ない!」


 力強く言い切っているが、声が震えている。詮索すれば、こいつがどんな暗い過去を持っているのかなど、すぐに浮き彫りになるが、興味がないので省く。


「仕方ないわね。じゃあ、これを持ち帰って、知り合いのお医者さんにでも分析をお願いすることにするわ」


 脅しても、大男は口を開けないと踏んだ優香は、蔑んだ目で彼を見ながら、作戦を変更した。


「最初からそうしろよ……」


 知り合いというのは、実家の病院の医師の誰かだろう。こういう時は、人脈がモノを言う。


「じゃあ、そういう訳だから、このプリンは……」


 「借りていくね」と言おうとしたところで、優香の手から、アリスが強引にプリンを奪還した。


「あれ? どうしたの? ずいぶん荒っぽいことをするじゃない。しかも、顔だって、怖いことになっているわ」


「分析なんか……、させない」


 おそらく知り合いとやらの分析が済めば、人の記憶を消すという効果があることもばれてしまうだろう。それを優香に知られることがまずいということだけは、アリスには分かっていた。


「そうやって意固地になるところを見ると、怪しいわね。そんなに拒否されると、意地でも手に入れたくなるっていうのもあるけど、それだけに留まりそうにないってことかな?」


 これから獲物を狩る喜びを湛えた眼差しで、優香は席を立った。危険を感じたアリスも、それに従う。


「これから力づくで、そのプリンを頂戴するけど仕方ないわよね。あなたが協力的でないのが悪いのよ」


 語りかけながら、一歩ずつアリスに近付いていく。


「お、大声出すわよ」


「出せば? 駆けつけてきたやつも一緒に、痛い目に遭わせるだけだから」


 優香だったら、一人でもそれが可能そうだ。それどころか、呼べるものなら、呼んでみろと挑発するような素振りさえ見受けられる。


「くっ……!」


 優香と正面から対決するのを止めたアリスは、逃げようと駆けだした。しかし、そこに大男が立ちふさがる。


「おっと! 通さねえよ」


 こうして立ち塞がると、マジで壁だ。アリスもしばし圧倒されてしまう。


「ほら……。大人しくそれを渡せよ。優香を怒らせると怖いのは知ってんだろ? 機嫌が良い内に、素直に従っておけって」


 大男の言葉は脅しにも聞こえるが、親切に警告してくれていたりもする。なんせ、いつも優香にこき使われているのだ。アリスが抵抗していることに、内心はハラハラしていたりするのだ。


 しかし、それに大人しく従うアリスではない。むしろ、戦闘本能に火がついてしまったようだ。


「誰が……、渡すか~~!!」


 目の前に立ちふさがる大男という障害を払いのけるために、アリスの右足が勢い良く振り上げられる。


「ぐ……、おおぅ……」


 か細い声とともにうずくまる大男。アリスの右足は、彼のデリケートゾーンを射抜いたのだった。


 あ~あ、だからアリスを怒らせちゃいけないんだよ。委縮しているからって、調子に乗るから、痛い目を見ることになるんだ。


 激痛でうずくまる大男に、アリスが人差し指を突き立てて、強気にも、勝利宣言を堂々と吐いた。


「あんたなんかには、その姿がお似合いよ! ウドの大木!!」


「こ……、の……、チビ……」


 恨めしそうにアリスを睨もうとするが、もう彼女は走り出していた。アリスにとっては、もう一人の相手。優香から逃げ切れるかどうかの方が、切羽詰まった問題なのだ。


「お、おい……! 優香……。ア、アリスを追ってくれ……。おい、優香!?」


「アハハハハハ! イヒヒヒヒヒ……! ウケる。最高にウケる!」


 しかし、アリスの思わぬ反撃に、当の優香は、腹を抱えて爆笑していた。この調子では、しばらく走れそうにない。


「く、くそ……! もういい! 俺が自分で追う!」


 優香に頼っていたら、その間にアリスに逃げられると判断した大男は、痛む下腹部を抑えながら、懸命に追跡を開始した。


「あら。あんなにやる気がなかったのに、自分から行動するなんて、ずいぶんな進歩じゃない。よっぽど、さっきの不意打ちが効いたのかしら」


 不意打ちそのものよりも、アリスに舐められたのが効いているのだろう。決して全力ではなかったが、それでもアリスと大男の体力差は歴然としていた。


「けっ! どんなに意気込んでも、所詮はチビだな。そら見ろ! もう追いつくぞ」


 大男お得意の強がりではない。アリスとの距離は、ぐんぐん消化されていき、もう手を伸ばせば届く距離まで詰まってしまった。


「あん? てめえ!?」


 手加減なしで鷲掴みしてやろうと、大男が手を伸ばしかけた時に、間に乱入してきた者がいた。アリスもそれに気付いて、驚きの声を出す。


「あなた……!」


「うっす! 久しぶり」


 アリスも驚いた意外な乱入者は、遊里だった。彼女は、にっこりとアリスに向かって微笑むと、きっぱりと宣言した。


「助っ人、参上!」


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