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第百四十四話 脅す側と脅される側、それぞれの作戦会議

 俺の命を脅かしたこともある、ヤンデレの優香が、また目覚めてしまった。もう一つの人格の優香は、嫁にしてもいいくらいの良い娘なんだから、そのまま引っ込んでいてくれて良かったのに……。


 ともあれ、また降臨してしまったものは仕方がない。


 この日の放課後、虹塚先輩と会った時にでも、話し合うことにしよう。俺よりも、虹塚先輩が狙われているからな。先輩、どんな顔をするだろ?


 その言葉通り、最近放課後によく利用するようになった喫茶店で、虹塚先輩と合流するなり、早速報告した。


「学校で優香に会ったよ。昨日、夏野菜のカレーを持ってきてくれた優香じゃなくて、俺を崖から突き落した方の優香ね」


 大人しい優香なら、わざわざこんなところで話題にしないか。今の発言は、蛇足だったな。


 さぞかし嫌な顔をすると思っていたのだが、予想に反して、虹塚先輩の笑顔が途切れることはなかった。意外に思って、驚かないのか聞いてみようとしたら、虹塚先輩から先に、その理由を説明された。


「あら、偶然ね。私もあの女と、今日学校で会ったわ」


 時間を聞いてみると、俺が優香と会う直前だった。なるほど、俺が優香の教室に行ったときにいなかったのは、虹塚先輩と会っていたからか。


「偶然廊下で遭遇した訳じゃないよな」


 この二人の因縁を考えれば、ばったり会って立ち話などという平和なことはあり得まい。


「偶然を装った遭遇をしました」


 さすが虹塚先輩だ。俺ならムスッとしてしまう質問に、ユーモアを交えて返答してくれた。アリスだったら、「察しろ!」と蹴りが返ってくるところだ。


「こんなことは聞きたくないんだが、どんな話をしたんだ? いや、面白くない話だということは分かっているよ。嫌なら話さなくてもいいし」


 聞きたくないというのは本当だ。俺だって、多感な年頃なのだ。せっかく彼女と二人きり。出来ることなら、こんな話題など止めて、もっとイチャついていたい。


「わざわざ私に言わせるのかしら? 似たようなことをした人間が、あなたの目の前で、紅茶を飲んでいるのよ? 多少は察してくれてもいいんじゃない?」


 具体的なことは言ってくれなかったが、やはり別れるように促されたんだな。笑顔の仲にも、どことなく期限の悪さを感じるのは、そういう訳か。


「関係を清算しろということね。ずいぶんストレートに要求を突き付けてきたな」


「言う通りにしないと、後悔することになるとも言っていたわね」


「なんとも分かりやすい脅しだな」


 俺には、面白いことがあると言っておいて、虹塚先輩には、後悔することになると予告したのか。この二つは、一つの事実で、繋がりそうな気がする。とりあえず、優香にとっての面白いことが、俺にとっては不愉快極まりないものになるということだけは、何となく察した。


「彼女に向かって、会うななんて、失礼な話よね」


 眉間にしわを寄せて、表情を曇らせているが、虹塚先輩の怒りは当然ともいえた。俺の前ということもあり、平静を装ってきたのが、限界に来たみたいだな。よく取っ組み合いに発展しなかったものだ。


「もし、面倒事になりそうだったら、俺が優香と話すよ。心愛は、後ろに引っ込んでいればいいから」


 もとはと言えば、俺の女癖の悪さが起因しているのだ。どうしようもない事態になったら、俺が出ていく以外に、平穏に話をまとめる方法はないだろう。


「懐かしいわ。子供の頃もそう言ってくれたわよね。そして、私の前から消えて行っちゃったのよね……」


 喜んでくれると思ったのだが、虹塚先輩は悲しそうに目を伏せてしまった。知らず知らずの内に、トラウマを呼び起こしてしまったみたいだ。俺の馬鹿野郎が!


 すぐに平身低頭謝ったが、虹塚先輩は、怒っていないから構わないと悲しさの残る笑顔で答えてくれた。その代り、こんなことを話し出した。


「少し前まで、私が脅す側だったのにね。今は脅される側なんて、不思議な気分だわ」


「まあな……」


 思えば、虹塚先輩からも、同様の脅しは受けていた。それが今や、こうしてテーブルを挟んで、身に降りかかった脅威について話し合っている。そういう意味では、俺も不思議な気分だ。


「しかも、言われている内容まで、以前の私とそっくり。明確な違いは、あの女の手に、これがないことくらいかしら」


 虹塚先輩が感慨深げに眺めているのは、愛用している記憶喪失剤だった。前は、あんなに鬱陶しかった記憶喪失剤まで、頼もしく見えてしまう。不思議な気分を通り越して、どうにかしちゃっているよ、俺。


 これじゃ駄目だ。虹塚先輩は彼女なんだから、当てになんかせずに、俺が守ることを考えないと!


 自分の頬を両手で叩いて、気合を入れる。


 そうだ! 俺が彼女を守るんだ。絶対に、優香と、あの大男から……。いや、優香は無理にしても、せめて大男くらいは……。


 駄目だ。気合を入れたばかりなのに、もう弱気になっている。こんなことで、大丈夫なのかね。




 一方、同じ時間に、別の喫茶店では、優香と大男が話し込んでいた。俺と虹塚先輩の仲を引き裂くという歪んだ目的のために、手を組んでいるだけなので、俺たちのように雰囲気は明るくない。


「で? これからどうする? 一応、私なりに考えている作戦があるんだけど、あなたの意見も聞いておいてあげるわ」


 主導権は、完全に優香が握っていて、えらそうな態度で、アイスコーヒーを飲む。ちなみに、代金は大男持ちだ。


「作戦なんか細かいものは必要ねえよ。俺が爽太をボコボコにして、これ以上殴られたくなかったら……」


「あのね。私が爽太君のことを好きなのを、この間説明してあげたばかりでしょ。そんなことをしたら、この間以上にひどい目に遭わせてあげるわよ」


「うっ……! じょ、冗談だって」


 優香に殴られたところが痛んだのか、大男の気勢が一気にそがれて、委縮してしまった。相変わらず、体に見合わない肝っ玉だな。


「で、でもよお! 爽太が悪いのは確かだろ? あいつが優香を捨てて、よりにもよって虹塚さんの元へ走ったのが全ての原因じゃないか」


「そういうのをひっくるめて、爽太君の魅力だと、私は好意的に解釈しているけどね」


 優香が、俺の肩を持ってくれているが、大男は激昂して愚痴を連発している。


「そうだよ。あいつ、涼しい顔をしていて、うざいくらいにモテるんだよ! くそ! 何で他にも女がいるのに、わざわざ虹塚さんを選ぶんだよ。あのチビで満足しておけっていうんだ!」


 もう愚痴を声高に言っているだけだ。作戦会議と呼べるものではない。テーブル越しに、優香も呆れてしまっている。


「正直、あなたの僻みなんて、どうでもいいんだけどね。でも……、チビの下りは、ちょっとだけ興味を持ったかな? そういえば、あいつもいたんだっけね。私が寝ている間に捨てられたみたいだけど」


「! そうなんだよ。あいつ、女をとっかえひっかえしているんだ。一人の女を愛するということを知らない、とんでもないゲス野郎なんだ」


「私の調べでは、爽太君が交際した女性は、私と、虹塚心愛と、雨宮アリスの三人だけよ。私以外の女子に目を奪われているのは面白くないけど、高校男子としては、まあ、健全な部類じゃないの?」


 そう言いつつも、優香は心底面白くなさそうにしている。なんだかんだ言っても、俺が自分以外の女子と仲良くしているのが気に食わないらしい。


「そっか……。良く考えてみれば、アリスも、爽太君が心愛と別れることを望んでいる一人なのね」


「目的は同じだな。でもよお。だからといって、仲間にしようとか言いださないよな。あんなチビ、爽太の元カノとはいえ、仲間にしたところで、たいした戦力になるとは思えないぞ?」


 大男の言い分は、気に食わないものがあるが、怒った時のアリスのヒステリーぶりを知らない人間は、みんなそう思うものだ。それに、変に戦力として期待されて、仲間にしようという展開になっても困る。


「そうねえ……。戦力としては、期待出来ないかなあ」


 優香も、大男の意見には異論はないようだ。だが、思わせぶりな笑いは、口元に残っている。


「でもなあ……。妹ちゃんかあ……。どうしようかなあ……」


 意味深な顔で想いを巡らせる優香。妹ちゃんというのは、アリスのことだろう。妹みたいにチビだからという理由で呼んでいるものと思われる。彼女をどうする気なのかは不明だが、好意的に接するつもりなら、妹呼ばわりするのは厳禁だ。


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