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第百四十一話 覚醒のヤンデレ姫、いきなりフルスロットル!

 虹塚先輩の記憶喪失剤の効果で、記憶ごと存在を消された筈の、優香のもう一つの人格。俺はやつのことを、ヤンデレ優香と呼んでいるが、それがまた表に出てきてしまった。


 再び出てくることになった原因は、俺と虹塚先輩の仲への嫉妬。子供の頃、同じような状況下で、俺を崖から突き落したこともあるので、その嫉妬の深さは侮りがたいものがある。


 そのヤンデレ優香の目的は、言うまでもなく、虹塚先輩を退けて、俺の彼女の座につくことだ。


「私がちょっと寝ている隙に、爽太君にまた手を出すなんてね。成長しても、泥棒根性は相変わらずじゃないの、虹塚心愛。爽太君も爽太君だわ。どうせあの女の巨乳にくらっと来ちゃったんでしょうね。見え透いた誘惑に負けるなんて、しょうもない……」


 虹塚先輩と俺への不満を、交互にぶつぶつと呟いている。その光景には、鬼気迫るものがあり、常人なら話しかけることすら困難だろう。現に、大男も、声をかけるのを憚られている。


「だんだん思い出してきたわ……。あの女が、変な薬を注射してきてから、おかしくなったのよ。あれが、全ての原因で間違いないわね。どこまでなめた真似をしてくれるのかしら。絶対に……、このままじゃ済まさないから……」


 覚醒してから数分もしていないのに、もう虹塚先輩への明確な敵意と、俺への渇望をたぎらせている。本能的というか、直情的なやつだ。


 そんな優香が、独り言を呟くのを止めて、隣で唖然としている大男を睨んだ。


「でも、その前にやっておかなきゃいけないことがあるわね……」


「へ、へえ……。何だ、それ?」


 優香の目が、自分を捉えていることに、何の疑念も抱かずに大男は尋ねた。人を襲う割には、自身への防衛意識は希薄なのだ。だからこそ、優香の攻撃をもろに食らいそうになってしまうのだ。幸い、すんでのところで、躱したのだがね。


「ゆ、優香!? 何をするんだよ!」


 ギリギリのところで、優香の攻撃を躱した大男は、動揺で波打つ心臓を抑えて、説明を求めた。


「何って、報復よ。昨夜、爽太君を襲撃したんでしょ?」


 優香は当然のことのように言いきっているが、身に覚えのない大男は、目を白黒させるばかりで要領を得ていない。あまり良くない頭で必死に考えるが、その間に繰り出された優香の脚で、吹き飛ばされることになった。


「あなたが手を下した晴島爽太は、私の運命の人なのよ。今は、一時の気の狂いで、虹塚心愛のところに走っているけどね」


 蹴られた箇所を抑えて、せき込みながらも、自分がまずいことをしてしまったことをようやく理解した大男は、顔色を青くした。


「は!? 優香と爽太が運命の仲!?」


「そうだよ。その運命の人に、あなたは手を出したのよ。落とし前をつける覚悟はできているんでしょうね?」


「そ、そんなっ……!」


 大男は、まだ事態を理解出来ていなかったが、それを待つほど、ヤンデレ優香は気の長い性格ではない。すぐさま、大男に掴みかかった。何のために? それは決まっている。俺を昨日襲撃したことへの報復のためだ。ここからしばらく大男は、優香のサンドバックへと成り下がってしまう。


「まあ、いいわ。あなたのしたことは、愚か以外の何物でもないけど、そのおかげで、私がまた表に出てこられたのも事実ですものね。本当はこのまま成敗してあげるところを、特別に大目に見てあげるわ」


 散々殴った後で、手を止めて、そんなに怒っていないように発言する。もう十分に成敗しているようにも見えるが、ちょっとでもツッコめば、大男はさらに殴られることになるだろう。まあ、これだけ怒りを発散すれば、誰でもスッキリするわな。


「さて。爽太君を襲ったことは、水に流したところで、建設的な話をしましょうか。私たち、目的は一見すると、違うみたいだけど、考えようによっては同じと考えられなくもないのよね。つまり、爽太君と虹塚心愛の仲をズタズタに引き裂いてやりたいというところでは、一致している訳よ」


「そ、そうだ……」


 震える声で優香の話に同調する大男。その怯えぶりを楽しそうに横目で見ながら、話を続けた。


「あの二人の仲が台無しになるまでの期間限定で、手を取り合いましょうか。似た目的の者同士、そっちの方がスムーズにいくと思わない?」


「俺は最初からそのつもりだったんだけどな。ずっと手を貸してくれって頼んでいたのに、お前が拒否していたじゃないか」


 素朴な疑問を口にする大男だったが、ヤンデレ優香は、そのわずかな失言すら聞き逃さない。残像が見えそうな速度の蹴りが繰り出されて、大男の顔面の直前で寸止めされた。


「何か言った? よく聞こえなかったわ……」


「い、いやいや! お前と組むことが出来て、嬉しくて仕方がないと呟いたんだよ!」


「分かってくれたのなら、良いわ……」


 体格的にみて、大男の方が主導権を握りそうなところなのに、実際は優香が良いように、自分より優れた体格の大男をあしらっている。何とも奇妙でアンバランスな光景だが、ヤンデレ優香の攻撃的な性格を知っている俺は、大男が弱いからとは考えない。


「あなたのことを完全に許している訳でもないし、信頼してもいないけど、お互いの目的を成就するために、頑張りましょうよ」


 厳密にいえば、優香が虹塚先輩をそのままにする訳もなく、大男の邪まな願いが成就されることはないのだが、そんなことはおくびにも出さずに偽りの握手をした。


「は、はははははは……! さすが優香! やはりお前は、話が分かる女だぜ!!」


 さっきまで捨てられた子犬のように、怯えきっていたくせに、もう気持ちを切り替えている。あんなに自分を殴った相手を、目的が同じというだけで、ここまで信用出来るのは、ある意味特技ともいえる。


 どうやら優香が俺と虹塚先輩の中を引き裂いて、自分はそのおこぼれに頂戴できると本気で信じているようだ。


 おめでたいやつめ。そんな訳がないだろう。自分を今、半殺しにしていた時の優香の目を、もう忘れたのか? 利用されるだけ利用されて、最終的に切り捨てられる可能性を微塵も考慮していない。


 実際、はしゃいでいる大男を見る優香の目は、早くも嘲りを含んで、怪しい光を放っていた。


 何はともあれ、このコンビは面倒の一言だ。


 大男も、頭は馬鹿だが、力はあるので、揉み合いになった場合のことを考えると、侮ることは出来ない。


「じゃあ、話がまとまったところで、作戦会議を始めようかしら」


「おお!」




 その頃、厄介な同盟が組まれたことなど知らない俺は、今後のことを憂いていた。この家が安全じゃないことは分かっているので、おじさんの家に避難しようかとも思っていた。急に押しかけたら、不審がられるだろうが、理由などいくらでもこじつけられる。


「お義兄さん、辛気臭い顔をしていますね。さっきの人のことを考えているんですか?」


「諸々だよ。いろいろ起こり過ぎて、もう何から手を付ければいいのやら……」


 アリスの件だって、結局手付かずに状態だしな。心配事が尽きなくて、ため息が止まらないよ。


「お義兄さんの場合、ほとんどが女性がらみのトラブルなんで、いっそのこと、虹塚先輩以外の女子と付き合わないって宣言しちゃうのはどうですかね? 案外、それで上手くいくかもしれませんよ」


「いってくれれば、何も言うことはないんだけどな」


 実際、今抱えているのも、全て女性がらみのトラブルなので、あながち的外れでもないんだよな。


 その後、アキはカレーをお代わりした後で、帰って行った。去り際に、「もう少し大人しい性格なら、あのお姉さんも言うことなしなんですけどねえ」と残念がっていたのが、妙に笑えた。


 アキの帰宅を見届けると、この日の疲れが一気に出てしまったな。


「ふう……。ようやく静かになったな」


「さっきまで賑やかだったのが、嘘のようね」


 帰ったのが、どちらもよく喋る人間だったので、あらゆる音も一緒に帰ったような錯覚を覚えてしまう。


 ……優香は、無事に家へとたどり着いたのかね。後で安否確認のメールでも送ってみようかな。


 俺はまだ、優香が完全に覚醒したことも、大男と手を組んだこともまだ知らない。だが、安否を案じながらも、警戒は解いていなかった。そんな俺に、虹塚先輩が寄り添ってくる。


「でも、すぐにまたうるさくなると思うわ。今日の歓談が静かに感じてしまうくらいにね」


 予感めいた口調だが、俺も同じ気持ちだ。外れてくれるのに越したことはないが、トラブルの女神から好かれている俺が関わっているのだ。平和に終わってくれることは、期待すべきでないだろう。


「前までは、私が仕掛ける側だったから、攻めることばかり考えていられたけど、守る側に立つとなると、どうしても不安が先立ってきちゃうわね」


「俺が、いつもどういう気持ちがようやく分かったか!」


 口だけで笑ってやったが、実は俺も不安だったりする。一度は、寝ている間に鎖で縛られていたこともあったからな。この部屋だって、安全と言い切れないのだ。


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