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第百三十九話 蘇る記憶、そして再来する悪夢 前編

 優香が作ったカレーを持って、俺の家までやってきてくれた。それだけなら食費が浮いて助かるのだが、虹塚先輩の目が気になってしまう。にこやかに笑ってはいるが、「カレーって何のこと? どうして今日この女と会ったことを黙っていたの?」と内心で考えているのが、何となく分かった。


「はい、これ!」


 自分のせいで、俺がちょっとだけ追い込まれていることなど、露とも思わずに、優香はカレーを手渡してきた。こんなことなら、カレーのお裾分けは、断った方が良かったかなと、思ったり、思わなかったり……。


「火を通せば、すぐにでも食べられるよ。あ、でも、もう夕食は済んだみたいね」


「いや、食べられるよ。炊飯ジャーには、ご飯の作り置きが残っているし」


「え? 無理しなくてもいいよ。明日以降に食べてくれればいいからさあ」


 食事は、さっき摂ったばかりだが、満腹とは程遠かった。ある出来事のせいで、腹五分目くらいで、中断を余儀なくされていたのだ。


 だから、全然余裕。むしろ、何か食べたいくらいなのだ。無理は全くしていない。


 カレーをコンロの上に置いて火をつけると、リビングでは、虹塚先輩と優香が楽しく談笑していた。……いや、虹塚先輩が、それとなく今日俺との間にあったことを聞いていると言った方が正しいか。そうか。恋敵である優香を家に上げたのは、このためか。俺に直接聞くよりも、詳しく聞き出せると踏んだのだろう。抜け目のないことで。


 虹塚先輩に聞かれて困るようなことはしていない。ただ病院に行って、診察をしてもらっただけのことだ。診察を受けたこと自体は、彼女にも伝えてある。ただ、そこが優香の家だったことを伝えていないだけのことだ。あと、カレーのお裾分けの件も言い忘れた。本当にそれだけのことだ。問題はない……、筈。


 それなのに、胸の動悸が収まらない。嫌な予感がするのは気のせいだとしたいのに、何か起こりそうな気がしてならん。


 優香が、ご飯とカレーをさらに装うとするのを、虹塚先輩が制した。自分がやるらしい。


「彼女ですから」


 一瞬、部屋の空気が固まってしまった。虹塚先輩……、彼女アピールは良いが、それよりも、雰囲気づくりの方を優先してほしいです。


 微妙な雰囲気を笑いで誤魔化して、食卓を囲むことにした。優香に見せつけるように、俺に寄り添うように座る虹塚先輩。以前、別人格の方に俺との仲を滅茶苦茶にされた恨みもあるんだろうが、そろそろ落ち着いてほしい。だが、指摘したところで、どうせとぼけるんだろうな。


 どんどん気まずくなる雰囲気に目を瞑って、目の前のカレーに手を伸ばした。


「美味いな。肉が全く入っていないのに、食がどんどん進むよ」


「ええ。私はナスが好みかしら」


「えへへ! カボチャもお勧めだよ!」


 カレーを胃袋に放り込みながら、ふとあることを思い至る。この部屋に、このメンバーが揃うのは初めてじゃないんだよな。


 前回に揃った時は、俺が鎖で拘束されていて、体の自由が効かない状態だったっけ。それで優香がヤンデレ前回の別人格で、俺を拘束している犯人で、助けに来てくれた虹塚先輩は、ベッドの下で息を殺していたんだよな。


 あの頃は、息一つするのも憚られてしまうくらいに緊迫していたのが、嘘のような、アットホームな時間が流れているな。


「それで、優香ちゃん。さっきの話なんだけどね……」


 カレーに舌鼓を打ちながらも、病院であったことを質問するのを止めない。優香に対して嫉妬したり、俺の浮気を疑ったり、今日の虹塚先輩は忙しいな。


 その時、またもチャイムが鳴った。今日何度目だよ。


 チャイムが鳴るのは初めてじゃないが、そのどれもがろくな内容ではなかった。これも、同じだろうと、今度こそ居留守を使おうとしたが、虹塚先輩と優香に急かされて、応対に出ることになってしまった。この二人、俺を争ってさえいなければ、結構息が合っているのかもしれない。


「……」


「うぃっす!」


 ドアを開けると、さっき部屋を飛び出していった筈のアキが立っていた。どこかでとんぼ返りしてきたのだろうか。


「何だよ……」


 警戒心むき出しの目を向ける。アキは俺の敵意をひしひしと感じながら、困ったように苦笑いした。


「はっはっは……。また会いましたね」


 偶然道で遭ったようなことを言うな。お前が自分の意志で訪ねてきたんだろうが!


「お前な……。俺からの電話を無視するなよ……」


「えへへ!」


 やはり故意で出なかったようだ。俺からの電話には気付いていたみたいだし、携帯電話の電池が切れそうなどの理由もないようだった。とりあえず玄関先で大声を出すのも何なので、家に入れることにした。


「それで? 一体何の用があって、戻ってきた……」


「はい! 私特製の夏野菜のカレーよ。ほっぺたは落ちないけど、味は保障するから食べてみて!」


「どうも……」


 尋問の最中なのに、優香が夏野菜のカレーを差し出した。こいつなんぞ、麦茶で十分なのに。カレーを目の前にしたアキは、黙々とスプーンで口に運びだした。こいつも、さっきの食事では満腹になっていなかったみたいだな。


「うむ、美味い!」


 自慢のカレーが口に合って、優香は嬉しそうにしているが、そんなこと、今はどうでもいい。


「おい! 用事は?」


 カレーを頬張るばかりで、話し出す素振りが見られなかったので、大人げないとは思いつつ、催促する。


「ああ、そうでした。これを……」


 アキが差し出してきたのは、豆乳鍋に誤って落としてしまった例のアレだった。やはりこいつが持ち去っていたのか。


「……アリスに見せたのか?」


 一番気になっていたことを、不躾に聞いてやった。急すぎる気もするが、アキにそういった心配りは無用だろう。


「いえ。見せていないです。途中で考え直して引き返してきました」


 てっきりお姉ちゃんにこれを見せたら、激怒して手に負えないという類のことを報告されると思っていただけに、意外に思う反面、ホッとしてもいた。見せる予定で、ここを飛び出したみたいだが、戻ってきた勇気を汲むことにしよう。今回は、特別に大目に見てやるよ。終わり良ければ全て良しだ。


「というか、こんなものをお姉ちゃんに見せた日には、私とお義兄さんがやったと勘違いされる危険が、かなり高いことに思い至りました」


「お前にしては、鋭い読みだ。頭の回転がキレているな」


 珍しく褒めてやると、アキは照れ臭そうにしながら、頭をかいていた。


「という訳で、これはお義兄さんに……」


「途中で捨てて来いよ! 何を律儀に返してんだ!?」


 とにかく! こんなものを人に見られたら、まずいことになってしまう。早急にどこかに隠さねば……。


「それは……、何……?」


「……鍋の具材かな」


 しまった。優香に見られてしまった。アキがカレーを食べ始めてから向こうで、虹塚先輩と談笑していたので大丈夫だと思っていたのに。とりあえずアホな言い訳をしてみたが、信じる訳もなく、あからさまに訝しんだ顔をしている。


「本当ですよ。さっき楽しいことした時に発生したものです!」


「だから、誤解を招くような物言いは止めろと……」


 アキにすれば、問題ないことをアピールしたつもりなんだろうが、さらに混乱を深める余計な一言だった。とことんフリーダムなアキの口を黙らせようとした時だった。優香が頭を押さえて、うずくまってしまった。


「お、おい……。どうした。大丈夫か?」


「え? 今の話、そんなにショックでしたか!?」


 声をかけるも、返事はなし。これは……、ちょっとまずいかも。


「爽太君! ぼんやりしていないで、水を持ってきて! アキちゃん! タオルかなんかを濡らして持ってきて!」


「あ、ああ!」


「アイアイサー!」


 うずくまる優香を前に、どうしていいか分からず、途方に暮れそうになってしまったが、様子を見ていた虹塚先輩が指示を飛ばしてくれた。こういう時、年上の人というのは、やはり心強い。


 コップ一杯の水を汲んできて、優香に飲ませてやろうとした時だった。思い切り手で払いのけられてしまった。


「いらない……」


「そんなことを言わずに、水だけでも飲みなさい。あと、風邪薬はどうかしら? 爽太君、買い置きはある?」


「ああ、確か戸棚の奥に……」


「お前の助けなんぞいらない……!」


 突然、優香の出した低い声に、俺とアキ、虹塚先輩でさえも思わず後ずさってしまう。


「い、今の声……」


 考えたくないが、今優香の発した声。聞き覚えがある。


「あなた……」


 虹塚先輩が顔色を変えている。よく見ると、冷や汗もうっすらと浮かんでいた。


最近、休んでばかりですね。とりあえず全て仕事のためです。

体調不良などではありません。

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