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第百三十六話 自らの手で、血の雨が待つ未来の扉を開けよう

 三人で仲良く鍋をつついていたのだが、アキの馬鹿が不用意な言動を連発してくれたおかげで、中止になってしまった。そこそこ腹に収めていた後だったので、空腹を感じなかったのが救いだが、邪魔されたイライラはあった。残った分は、今虹塚先輩がタッパーに詰めてくれているので、明日にでも食べることにしよう。


「へっへっへ! すいませんねえ」


「そう言いつつ、お前、たいして反省していないだろ」


 暗闇で視界が効かなかったとはいえ、鍋の熱は感じる筈だ。だいたい例のアレは箱に入っているんだから、食材と違うことなど一目瞭然に決まっている。アキの性格を考慮すれば、悪質なブラックジョークの可能性も捨てきれない。


「ああ、そうそう! その話で思い出したんですがね。ちなみにお義兄さん。こいつはどうするんですかい?」


 アキがつまみあげているのは、今はナシに上がったばかりの虹塚先輩がこの後使用する予定だった例のアレだ。ただし、豆乳鍋に投下されているので、もうゴミ箱直行が確定している。


「どうするって、捨てるだけだろ。他に何がある?」


 妙なことを聞くと思いつつも回答すると、アキはそれじゃ足りないのではないかと疑問を口にした。


「普通の人は、それで十分でしょうけどね。お義兄さんって、ここ最近トラブルの女神に好かれまくっているじゃないですか」


 何だよ、トラブルの女神って。幸運の女神の宿敵か何かか? リクエスト出来るんなら、今すぐにでも幸運の女神に乗り換えたいんだが。


「例えば、ごみ箱に捨てているのを、偶然にここを訪れたお姉ちゃんや木下さんの目に留まっちゃうとか……」


「そんなことが、ある訳ないだろ。マンガじゃないんだぞ」


 さすがに深読みし過ぎだと一笑に付してやろうとしたが、アキは分かっていないと首を横に振った。


「普通の人なら、それで問題ないんでしょうがね。お義兄さんみたいに、忘れていたけど実は許嫁がいたり、同級生の女子に自宅監禁されたりと、マンガ顔負けのイベントが立て続けに発生している人なら、あり得ない話ではないのですよ」


「ぐ……!」


 その話を出されると弱い。確かに、そんなヘビーな経験に、連続で見舞われている高校生など、世界広しといえども、俺ぐらいのものだろう。しかも、アキはまだ知らないのだが、昨夜は玄関ドアで謎の大男から襲撃もされているのだ。それを考えれば、ごみ箱に捨てた恥部を、知り合いに見られてしまうくらい、全然起こりうることではないか。


「分かっていただけましたか?」


 十二分に理解したが、アキの言い分を肯定するのは癪だったので黙秘を貫いた。


「後で空のペットボトルにでも入れて、外のくずかごにでも捨ててくるか。もちろん、周りに誰もいないことを確認した上でな」


 ごみの分別上、アウトの気もするが、致し方あるまい。そう思っていたら、アキが俺の手から、ひょいと例のアレを取り上げた。


 ぬっと手を伸ばしてきたことへの苛立ちは感じなかったが、一応女子高生なのに、よくそんなものを掴めるなという変な感心はあった。


「そういえば、虹塚先輩と順調に交際されていますけど、この後、どうするつもりなんですか?」


「……」


 何だ? いきなり真面目な話を始めたな。


「単純に興味があるから聞いているだけなんですけどね。お義兄さんの気持ちは、お姉ちゃんと虹塚先輩のどっちに傾いているのかなあって」


「それはここで言わなきゃいけないことなのか」


 即答を避けたのは、虹塚先輩がキッチンにいるからではない。俺としても、デリケートな問題だったからだ。


「お姉ちゃんが、まだお義兄さんのことを想っていると知った時も、嬉しいというよりも困惑したような顔していましたし、虹塚先輩ルートに入ったということで良いんですか?」


「嫌にしつこく聞いてくるな」


 アリスに俺の本心を聞いてくるように頼まれているのか? こいつが姉の命令に素直に従うとは思えないが、報酬次第ではあり得なくもない。


「実をいうと、さっきからやらかしているのは、ほとんどわざとやっていることなんですよ。虹塚先輩に嫌われるように、怒らせるようなことを連発しているのに、お義兄さん、本気で取り繕っていましたね」


「…………!!」


 心臓が飛び跳ねた。俺はてっきりいつもの調子でやらかしていると思ったが、アキはアキなりに考えて、馬鹿を装っていたのだった。


「私が振った時に、駄目な返答を連発すれば、虹塚先輩だって幻滅したかもしれない。そのチャンスを上手く利用すれば、最終的にフラれることになって、晴れてお姉ちゃんと元鞘に収まることが出来ました」


 そんなことを、次々と自供していく。


 アキの話を聞いて、思い返してみると、なるほどという場面はいくつかあった。例えば、さっきブレーカーが落ちた時も、自分を襲うなというアキの誘いに乗った振りをしていれば、相当嫌われていた筈なのだ。


「まさか……。マジなんですか? 流れで虹塚先輩と付き合い始めたけど、たった数日で、マジで惚れちゃったんですか?」


「……」


「まあ、男女の仲なんて、そんなものですし、外野の分際でとやかく言うつもりはありません。でも、あまりお姉ちゃんを放っておかないでくださいね。あの人、危険な薬まで開発し始めているし、その気がないなら、さっさと引導を渡してください」


 厳しい言葉が、続々と浴びせられる。だが、どれも正論なので、真摯に受け止めることしか出来ない。


「そうか……。虹塚先輩が用意した例のアレを鍋に投入したのも、食後の運動を阻止するためだったんだな」


「! ええ、まあ……」


 それまで真面目だったアキが、顔を背ける。あれは演技じゃなかったのか。そんなことはどうでもいいがね。


「まあ、そういう訳ですんで、お義兄さんには早急の対応を熱望します。おそらくどんな選択をしたところで、選ばれなかった方から、超暴力的制裁を受けることは必須ですが、心配ありません。骨は拾いますから!!」


「アキ……」


 一見すると、とても良い話だが、アキという生物を知り尽くしている俺は、裏の意図にも感づいていた。


「早い話が、俺がボコボコにされているのを、そばで鑑賞して、大笑いしたいだけだろ?」


「ほえ!?」


 それまで真面目な顔だったアキの顔を、冷や汗がつたる。


「それが狙いか……」


 こいつの目的は、あくまでも俺やアリスの周りに、トラブルの嵐を発生させること。めずらしく真面目な顔をしていると思ったが、やはりこういうことだったか。


「い、良いじゃないですか。お義兄さんだって、今の状況が続くのは良くないって分かっているんでしょ?」


 取り繕うように言葉を並べるが、真剣みは一気に失われたな。


「あ、そうだ。こういうのはどうでしょう。このブツを、私が家に持ち帰って、お姉ちゃんにあることやないことを大袈裟に吹聴するんです。お姉ちゃん、きっと怒り狂って、お義兄さんのことなんて、すぐに忘れますよ」


「その前に地球の裏側までぶっ飛ばされるだろ。とにかく、この件に関して、お前は引っ込んでいろ。くれぐれも動くんじゃないぞ?」


 必死に釘を刺したが、アキは、我関せずで、さっさと帰ってしまった。来る時も唐突だったが、去る時も一瞬か。忙しいやつ。


「って、あれ!?」


 アキが逃げるように去った後で、例のアレもなくなっていることに気が付いた。


「おいおいおいおいおい……。まさか……!」


 さっき冗談でほのめかしていたことを、実行に移す気じゃあるまいな。


 地球の裏側に飛ばされることこそないものの、命が亡くなるのは避けられない。くそ、携帯に電話しても、コール音が続くだけで出る気配がない。


「アキちゃん。すごい勢いで帰って行ったわね」


 後ろから虹塚先輩に声をかけられる。もう洗い物は終わったみたいだ。


「ああ、ちょっと急用みたいでね」


 急いでアキの後を追いたいのを必死に我慢して答える。


「何か真剣そうに話していたわね」


「それは……」


 アキとの会話を話す訳にはいかない。ここは上手く誤魔化すか。そう考えた俺の前に、紙袋を見せられた。


「今、冷蔵庫を整理していたら、こんなものが出てきたの。頭痛薬みたいだけど、アキちゃんと話していたのは、これに関することなの?」


「う……」


 厳密にいうと違うのだが、あまり見られたくなかったものには違いない。


 言葉に詰まる俺を、虹塚先輩がじっと見つめる。その顔には、トレードマークともいえる微笑みは見られなかった。


昨日は投稿できなくて、すいませんでした……。

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