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第百三十五話 彼女と元妹の、共同誘惑戦線

 俺の家で、虹塚先輩とアキの三人で、鍋を囲んでいた。


「いや~! 遊びに来ただけなのに、二人の熱い時間に水を差すことになっちゃって、悪いですねえ~!」


 料理を頬張りながら、アキがしきりに申し訳ないとこぼしているのが、妙に気に障った。


 お前がいるせいで、ムードがぶち壊しになっているのを自覚しているのなら、さっさと帰ればいいじゃないかと、苦虫を噛む思いで聞いていたのだが、女子二人の会話は弾んでいった。それに比例して、アキの無礼講も進行していく。


「ちなみに食事の後は、何をするつもりだったんですかい?」


「ウフフフ! カップルが二人きりなのよ。何をするか聞くのは、無粋じゃないかしら」


 だんだん話が妙な方向にそれてきた。不躾なことを聞くアキもアキだが、それに気を悪くするでもなく答える虹塚先輩も、どうかと思う。交際中の彼女と、元カノの妹。本来なら、いがみ合っていてもおかしくない二人の会話が弾むことは、嬉しいことではあるが、話題による。


 本来なら、男の俺が最も興奮する筈なのだが、楽しそうに話す二人についていけず、黙々と料理を頬張っていたのだった。


 そんな俺をよそに、女子二人のテンションは上がっていき、妙な空気が部屋を包み始めていた。


「準備も万端よ」


「あ! それ、知ってます。バーコードも何も記載されていない、謎の箱として売られているアレですね。そんなものまで用意しているなんて、お義兄さんも隅に置けないですなあ!」


「ごふっ……!?」


 とんでもない代物の登場に、口に含んでいた料理をぶちまけそうになってしまった。だが、思い切りむせてしまったので、鼻の奥に料理がいくらか詰まってしまった。


 ていうか、虹塚先輩の取り出した例のアレだが。俺が用意したことにされているのか!? いやいや! 勝手に俺のイメージが変わるようなことをしないで!


「ばっ……」


 「馬鹿が!」と怒鳴りたいのに、口ごもってしまう。虹塚先輩のやる気を、本気で拒否出来ずに、流されつつある自分がそこにいた。


 確信した。虹塚先輩。俺が他の女のもとに走れないように、何が何でも、既成事実を作る気だ。女の執念がひしひしと伝わってくる。こういっては失礼なんだろうが、……怖い!


 ティッシュペーパーを鼻に当てて、力いっぱいかみながら、虹塚先輩を見ると、彼女も俺を見ていた。目が合うと、分かっているわねというような笑みをされた。


「そういうことなら、食事が済んだら、私はさっさと退散せにゃなりませんな。お義兄さんの熱い吐息に触れたら、火傷じゃ済みそうにありませんからねえ」


 上手いことを言ったつもりか? 得意そうにしているが、今時、少年誌だって、そんな臭い言い回しは使わないぞ。


 ていうか、かき回すだけかき回して、自分は逃げる気かよ。いや、ずっといろって意味じゃないがね。居続けられても、それはそれで困ってしまう。


 気のせいだろうか。さっきよりも虹塚先輩が接近してきているような気がする。……いや、気のせいじゃない。俺が見ている時は動かないのだが、ちょっと目を離すと、その隙に近付いてきている。だるまさんが転んだ的な感じで距離を詰めているのだ。このまま俺に体を押しつけてきて、誘惑するつもりなのかね。


 アキを見ると、同じように口角を徐々に釣り上げてきている。こっちは、笑いをこらえられなくなってきているようで、見ていて不快になる。


 女子二人の反応は違うが、共通しているものもあった。俺がどう出るか、興味津々なのだ。蛇に魅入られた蛙のように、硬直した俺は、ため息をついて、口を開いた。


「……そんな話よりも、鍋を食べましょうよ。すっごく美味しいですから。心愛、お代わり!」


 放っておくと、果てしなく過激なものになっていきそうだったので、この話題は強制終了させた。俗にいう賢者モードを発動させてもらった。


 女子二人は、俺のつれない行動にガッカリ……、というより、失望しているようだったが、各々食事に戻っていった。


「ムッ……!」


 俺と同じ勢いで料理にがっついでいたアキが、箸を止めて顔をしかめている。何か固いものでも噛んだんだろうか。難しい顔をして、黙り込んでしまった。


「……何だよ」


「このお肉……、火が中まで通っていないですね」


 珍しいな。俺の皿に入っている具材には、どれもしっかりと火が通っているのに。


 よほど気に入らなかったのか、アキはこの部屋の住人である俺の許可を得ずに、もう一枚皿を取り出すと、それに生煮えの肉を放り込んだ。


「電子レンジも借りますね」


 借りるという単語を口にした時には、既にレンジを起動させていた。使用許可を出す暇なんかありゃしない。


「もう一度鍋に入れて煮込めばいいじゃないか」


 そう苦言を呈すると、アキは人差し指を振りながら、チッチッと舌を鳴らした。


「一度口に入れたものですからね。それを鍋に戻すほど、私は非常識な人間じゃありませんぜ」


 そう聞くと、たしかにアキの行動は理に適っている。その後、「お義兄さんだったら、私の唾液交じりの鍋を美味しくいただちゃうんでしょうがね」と付け加えたせいで、台無しになったがね。


「ねえ、アキちゃん。立ったついでに、クーラーの設定温度も下げてもらえないかしら。この部屋、少し暑いわ」


「アイアイサー!」


「そんなに暑いですか?」


「ええ。でも、爽太君としては、室温を下げるよりも、胸元を広げた方が良かったかしら?」


「……いえ」


 虹塚先輩にからかわれて、ばつが悪そうに顔を背けた時だった。突然、それまで明るかった部屋が真っ暗になった。


「あれま……」


「あらら……」


 三人で固まってしまう。


 ブレーカーが落ちてしまったらしい。クーラーに、電気コンロ、止めに電子レンジと、電気に頼り過ぎてしまった。脆弱なこの部屋のブレーカーには荷が重すぎたようで、音を上げてしまったらしい。


 とはいえ、この程度で慌てるほどのこともない。ブレーカーを上げようと、立ち上がろうとしたところで、あることが頭に浮かんだ。


 そういえば、漫画では、こういう状況下で、女子の体を間違って触ってしまうというハプニングが、よく起こるんだよな。もちろん、故意に触るようなことはしないがね。


「お義兄さん。部屋が真っ暗になって、視界不良に陥っちゃいましたけど……」


 あ、早速アキが刺すような言葉を言い出した。この後のセリフは、だいたい予想出来る。暗いからといって、「虹塚先輩にエッチなことをするな」だろうね。


「虹塚先輩の目を盗んで、私に手を出さないでくださいね」


「お前にかい!!!!」


 誰が、お前など襲うか! どれだけ自信過剰なんだよ!


「分かりませんよ~? どんな人間でも、ムラッとくる時がありますからね~」


「誰でもいいって訳じゃないから。お前は俺をなんだと思っているんだ?」


「襲うなら、私の方よね、爽太君」


「うっ……! そういう訳でも……」


 ああ言えば、こう返してくる。この二人を同時に相手にするのは、かなりしんどい。


「今、ブレーカーを上げるために、神経を集中させているんですから、かき乱すようなことは言わないでください!」


 叫ぶように言うと、それまで俺をからかって楽しんでいた女子二人は、素直に了承してくれた。


「じゃあ、私はその間に鍋の中に、新しい具材を投入しておきますね」


「爽太君、ガンバ~❤」


 手伝ってくれないんですね。いや、虹塚先輩は、料理を作ってくれたからいいんですが、問題はもう一人。お前、今日食べてばかりじゃないか。餃子を持ってきたから、後は免除だとでも思っているのか?


 視界が効かない状態で、歩くのも一苦労だったが、ブレーカーのおおよその位置も分かっていたおかげで、どうにか部屋に電気を灯すことが出来た。


「これは……」


 真っ暗だった時間がたいしたことなかったので、基本的に部屋の中は何ともなかったのだが、ただ一つ。鍋だけが、えらいことになっていた。


「例のアレも、間違って入れていました」


「間違って入れるようなものじゃないだろ。感触だけで十分に判別可能だ。絶対に確信犯だよな!?」


 鍋から取り出したソレは、牛乳まみれで、すっかり白いものが中に入っていた。


「……これは」


「……まあ!」


「……何か事後みたいになっていますね」


「……」


 あ~あ、言っちゃった。俺も同じことを考えていたが、口にすると、空気が凍りつくと思って我慢していたのに。俺も虹塚先輩も、口にするのを必死に拒んでいた言葉を、サラリと言ってくれたよ。


「あら、やだ……」


「お前、それが言いたいから、わざと入れたろ?」


「やだなあ、お義兄さん。これは不幸な事故ですぜ……」


 言うまでもないが、もう鍋を楽しむどころじゃなかった。それどころか、料理を口に入れることも出来ないほど、食欲も失せていた。他の二人も、口は減らないが、もう食べられないみたいで、夕食はここでお開きになったのだった。


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