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第百三十四話 呉越同舟の食卓と、聞かされていなかった今後のプラン

 ある日、虹塚先輩が、俺のあずかり知らないところで、勝手にスペアキーを作っていたことが発覚した。トラブル続きの俺が、いつ災難に見舞われても大丈夫なように作ったと言っているが、どうも釈然としない。少し前に、彼氏がどこにいても居場所が分かるという、発信機的なアプリが横行して話題になったことがあるが、それの標的にされた彼氏たちも似たようなやるせなさを感じたのだろうか。


 怒った彼氏がつっかかって、二人の関係に亀裂が入ることもあったと聞くが、俺は虹塚先輩に食って掛かるようなことはしない。怒らせると怖いからね。


 それだけでも頭が痛いのに、さらなる頭痛の種が、俺の家を訪れたのだった。


 その災難の名前は、雨宮アキ。元カノの妹だ。姉と別れたにも関わらず、未だに、こうして遊びに来るのだ。なぜそんなことをするのか、意図は不明。


 ただし、今は虹塚先輩の相手でいっぱいいっぱいなので、居留守を使って、追い払うことにした。


 何の反応もなければ、すぐに帰ると思ったのだが、敵もなかなか手ごわい。おそらく勘に違いないのだが、俺が中にいることを見抜いて、しつこくチャイムを鳴らしている。


「おかしいですね。中から物音がしているから、確かにいる筈なんですが……」


 物音って、俺も虹塚先輩も、息を潜めて黙っているから、何も聞こえない筈だぞ? テレビだってつけていない。まさか心臓の音を聞いているとか言わないよな。


「ひょっとして、噂の新しい彼女も一緒なんですかね。人に見られると困ることをしているから、やむなく居留守を使っているとか?」


 人に見られると困るものってなんだ? 人の家の前で、変なことを大きな声で口走るんじゃない。そうでなくても、俺はいろいろやらかして、周辺住人から変な目で見られているんだぞ。


 虹塚先輩を見ると、頬を赤らめながら、食材を包丁で刻んでいる。アキの言葉を深読みして、のぼせてしまっているようだ。こちらの処理も、面倒くさいことになりそうだ。


 俺の気持ちなど無視して、アキは玄関ドアの前で聞き取りやすい独り言を続けている。


「う~む。もしくは、他人が愛の巣に入ってこないように、声を出すなと、新しい彼女に脅されているとか。聞けば、お姉ちゃんと付き合っている時から、相当脅されていたと聞きますし……。彼女の尻に敷かれるのが宿命といっても過言ではないお義兄さんなら、既に言いなりにされていてもおかしくはありません」


 あの野郎……。こっちが大人しく聞いていれば、ここぞとばかりに、適当なことを並べやがって……。俺が、尻に敷かれているだと? そんなことは……、まあ、ちょっとだけあるがね。


 それよりも、今、遠回しに、虹塚先輩のことを悪く言ったよな。この人は、怒らせると怖いんだぞ。目の当たりにしたことがないからって、言いたい放題話していると、後が怖いことになるんだからな。


 そっと、キッチンの虹塚先輩の様子を伺う。もし、表情を強張らせているようなら、早めにフォローを入れるつもりだった。


 しかし、肝心の虹村先輩の姿は、キッチンにはなかった。どこに行ったのだろうかと、探していると、玄関ドアの空く音がした。


「失礼ねえ……。私は、爽太君のことを、尻に敷いたりなんかしていないわよ」


 ぷりぷりした様子で、アキに直接文句を言っている。俺も、虹塚先輩に尻に敷かれているとは思っていませんよ。支配されつつあると思っています。というか、ドアを開けたら、居留守がばれるじゃないですか。


「ムッ! その口ぶりから察するに、どうやら新しい恋人のお出ましと見て、間違いないですな」


 姉の恋敵と、鉢合わせになってしまったにも関わらず、アキは減らず口を叩くのを止めない。


「お! お義兄さん。やっぱり息を潜めていましたね」


「うっ!」


 目が合ってしまった。すぐに人懐っこい笑みを浮かべて、靴を脱ぎ始めている。俺が入っていいと言っていないのに、お構いなしだ。虹塚先輩も、横で呆気にとられている。先輩が、圧倒されることは少ないので、結構レアな光景かもしれない。


「ひどいですよ、お義兄さ~ん。いたいけな私が、チャイムを鳴らしているのに、居留守を使うなんて~!」


 お前だから、居留守を使ったんだよ。元カノの妹と、彼女を引き合わせたら、トラブルの匂いしかしないんだよ。お前、虹塚先輩がどれだけ嫉妬深いか知らないだろ。


「あら? その子、今爽太君のことをお義兄さんと呼んだわね。私の記憶が正しければ、アリスちゃんの妹さんよね?」


 普段と変わらず、愛玩動物のようにすり寄ってくるアキに、虹塚先輩が疑問の声を上げた。少々嫉妬も含んでいたのかもしれない。


「はい。お義兄さんの元カノの妹で、雨宮アキといいます」


「……爽太君とお姉ちゃんは、もう別れたのに、お義兄さんなのね」


 俺をちら見しながら、虹塚先輩が呟いた。口調こそ穏やかだが、内心は不機嫌になっているのが分かった。状況を考えれば無理もないので、咎めるようなことはしない。


「あっ! 私がお義兄さんと呼んでいるからって、まだお姉ちゃんとの関係が続いているってわけじゃないですよ。そう呼んだ方がしっくりくるので、呼び続けているだけでさあ」


 アキなりに、失言を補足したんだろうが、そんな説明で、虹塚先輩が納得する訳がないだろ。ため息をつきつつも、少々面倒くさいことになりそうだと覚悟した。しかし……。


「まあ! そういうことなら、仕方がないわね」


 ……思いのほか、あっさりとアキの提案は受けいれられた。二人で事前に打ち合わせていて、俺をからかっているのかと邪推してしまうほどのスムーズさだ。


 危ない場面を切り抜けた虹塚先輩とアキは、急速に距離を詰めていった。トラブルに発展してくれなくて、ホッとしている反面、一応敵同士なのに、そんなに仲良くしていいのかと首を捻る部分もあった。


「じゃ~ん、お土産の餃子です」


 手に持っていたビニール袋を、虹塚先輩に手渡した。さっき買ったばかりのようで、中の保冷剤が、まだ冷たかった。


「悪いな」


「ちなみに、見たところ、これから料理を作るところみたいですね。不躾ながら、メニューを確認してもよろしいでしょうか」


 餃子を差し出された時は、思わずお礼を言ってしまったが、お相伴にあずかる気満々じゃないか。しかも、この餃子。よく見たら、スーパーの特売品だ。こいつめ。わらしべ長者的に、安い餃子で、よりグレードの高い料理を食うつもりだったのか。そんな理由で、姉の元カレが、新しい彼女とイチャついているところに乱入してくるんだから、ちゃっかりしているよ。


「お鍋よ」


 アキの企みを知ってか知らずか、虹塚先輩は、涼しい顔で正直に答えてしまった。これでは、もう追い返すことも出来まい。


「なら、コラボで問題ないですね」


「餃子を鍋にぶち込むということか?」


 意外に、餃子と鍋の相性は良いので反対はしないが、せめて鍋に入れる予定のラインナップを確認してから言ってほしいものだね。


 結局、あれよあれよという間に、アキはリビングに上がりこみ、料理が置かれるであろうテーブルに、どかりと座った。しかも、料理を手伝う様子は微塵も見られない。完全に、休日のお父さんの風格をたたえている。この辺りの図々しさは、一種の才能として、感服を覚える域に達している。


 しかし、虹塚先輩は、元々手伝ってもらうことを期待していなかったみたいなので、何の問題もなく、すんなりと料理は完成した。


「いやあ~。悪いですねえ、カップル水入らずのところに乱入しちゃって」


 料理がたっぷり注がれたお椀を受け取りながら、わざとらしいお世辞を言っている。


 ほんの少しでも悪いと思っているのなら、今すぐに餃子だけ置いて、とっとと帰ってほしいものだな。しかも、勝手にクーラーのスイッチまで入れているし、暑いのは分かるが、寛ぎ過ぎだろう。


 俺の夏バテを危惧していた虹塚先輩が作ってくれたのは、豆乳鍋だった。アキに続いて、お椀によそってもらった俺は、がっつくように食べた。うん、餃子もいい仕事をしている。美味い!


 後で、この豆乳鍋が、とんでもない事態を招き寄せることなど、夢にも思わずに、料理に舌鼓を打った。


 ふと、お椀から顔を上げたアキが、おもむろに質問してくる。


「つかぬことをお聞きしますが……、お二人は食事の後、何をなされるおつもりなんですかい?」


 今日のこいつは、どこまで無礼な言動を続けるつもりなんだろうか。元から、無礼に手足が生えて歩いているようなやつだが、今日のアキは、底なしだ。


 ひょっとして、俺と虹塚先輩の弱みを探るように、アリスから命令を受けているのではないか?


 アキが姉の指令に素直に従うとは思えないが、そう考えると、辻褄が合うんだよな。


「あら。年頃の、愛し合う男女が、一つ屋根の下にいたら、することは一つじゃないかしら」


 懸念する俺をよそに、虹塚先輩の爆弾発言。いやあ~、アキも驚いていたが、それ以上に俺が驚いたね。二人で仲良く夕食を食べたら、それで終わりのつもりだったから。


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