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第百三十二話 悪戯心と、悪意と、殺意が混じる場所

 昨夜、謎の大男から絡まれて、喧嘩をしてしまった。遊里の助けもあって、どうにか撃退するのに成功。頭に痛みはあったが、特に問題ないと判断した。


 だが、翌朝になっても、痛みが引かないので、念のために病院で診てもらうことにした。ちょうど柚子が、安いところを知っているというので、案内してもらう。


「ここがその病院なのか?」


「はい、そうっす!」


 柚子が案内した先は、個人経営の病院のようだった。小ぢんまりとしてはいるが、外装はきれいだし、ひとまず大丈夫そうかな。


「あっ、どうもっす!」


 偶然、知り合いを見つけた優香が、明るい声で手を振った。何気なくその相手を見た俺は、足が止まってしまった。


 柚子に向かって、笑顔で手を振りかえしているのは、優香だった。今は記憶を失っているとはいえ、俺を数日前まで監禁していた女子が、何故ここに?


「あれれ? そこで立ち尽くしているイケメンは、爽太君!?」


 優香も、俺に気付いたみたいで、口に手を当てて驚いている。


「あ、あははは……。どうも……」


 とりあえず、そのイケメンってのは止めてほしい。褒め言葉には違いないのだが、往来で言われると、結構恥ずかしかったりするのだ。


「ど、どうして優香がここに……?」


「どうしてって、ここは、私の家だよ」


 きょとんとした顔で答えられた。後ずさって、病院名を確認する。「雪城医院」と書かれた看板が目に入ってきた。


 柚子を睨むと、俺からわざとらしく視線をずらしやがった。こいつ、確信犯か……。


「拓真君の一件で気まずいのは分かりますけど、安いのは本当っすよ?」


 俺が気にしているのは、そっちじゃない。お前は知らないだろうが、俺は目の前で微笑んでいる優香に監禁されたことがあるんだよ。あ、そうか。知らないから、案内したのか……。


「実は爽太先輩が、頭を怪我したみたいなんすよ」


「そうなんだ。こうしてみると、全然平気そうなのにねえ」


「その油断が命取りなんです! ここは、是非頭をバリカンで剃って、精密検査を……」


 バリカンという単語が出たので、柚子の頭をパシッと叩いてやった。お前は俺の坊主頭を見たいだけだろ。


 知り合いがやっているという話が出た時点で、もっと詳しく聞いておくべきだったが、もう後の祭りだ。ここまで来て、やっぱり大丈夫だとは言えまい。


 俺は、優香の案内するままに、中に通されることになってしまった。とりあえず、バリカンを回避することに、全力を燃やすことにしよう。




 どれくらいの時間が経っただろうか。診察を終えた俺は、待合室のソファに、どっかり座って、ため息をついていた。


 思い出したように、頭を撫でる。掌から伝わってくるのは、髪の毛のふさふさした感触だ。結局、俺の髪の安全は、守られた訳だ。


 診察結果は、異状なしとのことだった。かたずを飲んでいただけに、肩透かしを食らった気分だ。


 俺を診てくれた初老の医者に、それだけですかと思わず尋ねたら、心配なら脳を開いて、精密検査でもしてみるかと、バリカンを取り出された。精密検査は冗談だろうが、頭を剃るのだけは本気そうだったので、慌てて拒否して、事なきを得た。


「結構いい料金だったな……」


 よく分からない薬をいくつか処方されただけなのに、何でまとまった金が出ていくんだよ……。もし、痛みが引かないようなら、また来るようにと言われたが、その時も、似たようなことを言われて、同じような薬を出されるんだろうな。そう考えると、医者ってぼろい商売だなと、捻くれた見方をしてしまう。


 軽くなった財布の中身を確認しながら、この病院を紹介した柚子に文句を言ってやりたくて仕方なくなった。ちなみに彼女は、待っているのが暇だと言って、外に行ってしまった。もしかしたら、先に帰っている可能性もある。


「あ、爽太君。ちょっと待ってよお!」


 支払いを終えた以上、ここに用はないと、足早に靴を履こうとしていると、優香が声をかけてきた。彼女の別人格の暴走によって、一時、監禁されていたこともあり、思わずドキリとしてしまう。


「何?」


 心の動揺を悟られまいと、努めて笑顔で語りかけた。それを上回る笑顔で、優香が返答してくる。


「優香さんねえ、夏野菜のカレーを作ったの。すっごい自信作で家族にも大好評なんだけどさあ。ちょっと作り過ぎちゃって……。だから、消化を手伝ってよ、ねっ!」


 笑顔でお願いされた。同じ人間の笑顔なのに、ヤンデレモードの時とは、まるで違うな。表情のどこからも、狂気を感じない。


 本音を言うと、カレーは結構なので、診療代をタダにしてほしい。もちろん、そんなことは口にしないがね。


「ぜひお願いします」


 出費が重なっているせいで、家計が火の車なのだ。夕食代が浮くのなら、喜んでいただきます。


「良かった。断られたら、どうしようかって不安だったんだよお」


 安堵した表情で、すぐにカレーを持ってくると言い残し、優香は奥に引っ込んでいった。俺は、待合室に戻ると、またソファに座って、カレーを待つことにした。


 しかし、家族に大好評の夏野菜のカレーか。家族ということは、あの糞ガキも含まれているんだろうな。終始、澄ました顔をしたあいつが、カレーをほおばる姿はあまり想像出来ないな。


 アホなことを考えて、含み笑いを漏らしながら、ひたすら待つ。そして……。


「遅いな……」


 優香が奥に引っ込んで行ってから、もう五分ほど経つ。予備の鍋に移し替えるだけの作業に、そんなかかるものなのだろうか。


 もう五分待ってみても、戻ってこなかったので、そっと様子を見に行くことにした。人の目に触れないように、視線に注意しながら、そっと歩いていく。


「悪い冗談は止めてくれよ!!」


 廊下を進んだところで、ドアの向こうから、男の声が聞こえてきた。


 一瞬、兄弟かと思ったが、優香には糞ガキの弟が、一人いるだけだ。じゃあ、新しい彼氏か?


 もしそうなら、一度監禁されたこともある身として、心底同情するが、俺が狙われる理由が完全になくなる訳だからありがたい。


 そうか。彼氏と話し込んでいたから、遅くなったんだな。


 待たされたことへの怒りはなかった。それどころか、スケベ心も手伝って、どんなやつなのか見てみたいと、興味津々なほどだ。


 そっと開いたドアの隙間から、相手の顔を確認してみた俺は、驚いて声を出してしまいそうになってしまった。


 あいつは……、昨夜俺を襲ってきた大男じゃないか。


 もう一度よく見てみたが間違いない。昨夜襲われた時は、マスクやサングラスで、顔の大部分を隠していたとはいえ、紛れもなくあいつだった。何で、あいつがここにいるんだ? まさか……、待ち伏せ!?


「なあ! さっきから言っているだろ? お前にぶっ殺してほしいやつがいるんだよ。金はあるんだ。だから、頼むよ」


「何度も言っているでしょ。私、そんな物騒なことをした覚えもないし、喧嘩だってしたことないのよ!」


 大男の言うぶっ殺したい奴というのは、俺以外あり得まい。


 ほんの少し盗み聞きしただが、だいたいのことは掴めた。大男は、これまでも、気に入らないやつの処理を、何度か優香に依頼している。もちろん、ヤンデレの方の優香だ。今の優香が、ちんぷんかんぷんといった様子なのは、そのためだ。別人格が勝手にやったことを覚えていないだけだ。それを知らない大男は、いつもの調子で頼んでいるが、反応が芳しくないので焦っているといった訳か。


 あいつ……、優香の記憶がなくなったことにさえ、気付いていないみたいだな。話ぶりからして、結構長い付き合いのようなのに、間抜けなことだ。


 ていうか、自分の力じゃ勝てないからって、人に頼むなよ。きっちり泣き寝入りしろっていうんだ。


 とにかく! 優香と、あの大男が知り合いだと分かった以上、もうここにいる訳にはいかない。夏野菜のカレーが食べられないのは、誠に残念だが、そうも言ってられないだろう。


 俺は、慎重に後ずさると、そのまま外に出た。


「どうでした、爽太先輩。私のお勧めは!」


 外に出ると、待ちかねていた柚子が話しかけてきた。その際に、俺の髪形をちら見したのが分かったが、そんなことは、今はどうでもいい。


 最高だよ……。診察代は安くないし、会いたくない人物との再会まで果たしちゃうし、踏んだり蹴ったりだ。


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