第十二話 嫉妬狂いのあいつが、俺の前に現れた
雲一つない晴天の中、アリスと愉快な仲間たち(俺含む)は、ゲームセンターで遊んでいた。
ただ訳合って、アリスとは今、別行動中。さらに言うなら、俺の財布から、数人の福沢諭吉さんが別行動に向けて準備中。
アリスがいないと寂しくて死んでしまう俺は、ゲームセンターの外にあるアリスと合流しようと携帯電話を手に取った。
当初の予定では、アカリの携帯電話にゆりから電話がかかってきて、合流する予定だったが、肝心の携帯は粉々に破壊されて使い物にならなくなってしまっている。
「仕方がない。俺から連絡するか」
ゆりの携帯番号は知らないが、アリスの番号なら知っている。言い方はよくないが、俺はアリスと合流できればそれでいいのだ。
そろそろ昼食の時間だし、それを口実に合流することにしよう。それなら不自然じゃないな。いや、俺はアリスの彼氏なんだし、本音を吐露して、「今すぐ会いたい。片時も君から離れたくない」って、駄々をこねるのもアリなんじゃないだろうか。……さすがにドン引きされるかな。
どっちにしようかワクワクしながら、アリスに電話をかける。やがて電話の向こうから聞こえてくるアリスの声に胸を躍らせていたが、実際に聞こえてきたのは、タダの電子音だけだった。
「アリス……。電源を切っているみたいだ」
まさか、着信拒否されている? ははは、そんな訳ないよな。
冷や汗をかきながら、このことを報告すると、二人共嫌に落ち着いて話を聞いていた。
「つまりこっちから連絡を取ることは出来ないということですね」
アキが変に納得したように頷いている。何だ、その反応は? 拒否されて納得されているみたいで、腹が立つ。
「どうせ一時間後には、ここに戻ってくることになっているんですから、焦っても仕方がありません。のんびり待ちましょう」
アカリに至っては、アキ以上に構えている。彼女からすれば、彼女であるアリスと合流されない方が、都合が良いので、むしろ嬉しそうですらある。
「下手にあっちこっち探して、行き違いになっても困りますから、屋上でのんびり待ちましょう。私、お弁当を作ってきているんです」
このビルの屋上は解放されているので、一般の客が利用可能になっているのだ。もうゲームで遊ぶだけの金銭的余裕がないので、アカリの提案に乗ることにした。アリスと会えないのは残念だけど。
屋上は解放されているにも関わらず、閑散としていた。人がいない方が弁当風呂敷を広げやすいので、都合が良い。屋上に来る途中、飲食物の持ち込みは禁止という貼り紙を見つけてしまったが、他人に見られなければ構わないだろう。
「今日は爽太君と遊びに行けるというので、張り切って作ってきちゃいました。さあ、ご賞味あれ!」
「わあ! 食べる方も腕が鳴るよ!」
遊びに行くからといって、必ず弁当を作って来なくてもいいんだぞ。しかも、俺のために作ってきた弁当なのに、一番喜んでいるのは、途中参加のアキだし。
しかし、今回もすごい弁当だな。豚の生姜焼きに、天ぷら、唐揚げに、フライドポテトか。お、コロッケにメンチカツまである……。あれれ? 白米の姿が確認できないぞ。この間はうんざりするくらいに存在をアピールしていたというのに、今日はどこにもいない。何度探しても結果は同じ。全く入っていない。
この間は炭水化物のみの弁当で、今回は脂肪分たっぷりの弁当か。どれも好物だし、作ってきてもらってアレだけど、もうちょっと健康のバランスを重視してほしいな。
言いたいことは山ほどあったけど、今の俺に、選り好みをするほどの金銭的余裕はないので、アカリにお礼を述べて、箸をつけることにした。
「ふむふむ! 絶妙の焼き加減ですな、奥さん」
「そんな……。奥さんだなんて」
さっきあれだけ食べておきながら、アキが弁当に箸を伸ばしている。こいつには満腹という概念がないのだろうか。アカリもアカリだ。奥さんで赤面するとは。見え透いたお世辞に反応してどうする。
って、気が付いたら、弁当がもう半分以上なくなっている。アキのやつ、食べるの早え~よ。
このまま放っておくと、アカリの弁当も全部平らげてしまいそうだな。あれだけ俺に奢らせておいて、それは許さん。
アキと争うように、脂肪たっぷりの弁当に箸を伸ばす。俺のために弁当を作ってきたアカリは、俺が我先にと食べていくのを嬉しそうに見ていた。
もぐもぐ……。アリスには及ばないけど、アカリも結構料理が上手いな。最初こそアキに負けじと箸を伸ばしていたが、途中からは単純に弁当が美味しいから、手を動かすようになっていた。
そんな感じで、弁当の中身が軽快に減っていくのに合わせて、だんだん瞼が重くなっていく。おかしいな。昨夜はしっかり寝た筈なんだけど……。
視線をずらすと、アキとアカリが眠っているのが見えた。さっきまであんなに楽しそうだったのが嘘のようだ。どうしてこんなに急激に眠くなるのだろう。まるで睡眠薬でも飲んだかのようだ。
腑に落ちないけど、目だけでなく、意識まで重くなってきた。こうなると、眠ってしまうまでは時間の問題だ。抗いようのない睡魔の侵攻に、俺は成すすべなく眠りについたのだった。
時間がどれくらい流れたのだろう。気が付いたら、俺は弁当を食べている姿勢のままで寝ていた。まだ陽が高いので、そんなに時間は経っていないと思うけど。
頭をかこうとしたところで、全身の自由が効かないことに気付いた。金縛りか?
目だけ動かして周りを見ると、アキが涎を垂らして眠っているのが見えた。アカリも寝ていると思うが、視界から外れているのか、確認できない。三人の人間が屋上で、弁当を広げたまま、おねんね。よく通報されなかったな。もしくは、誰にも気付かれていないとか?
この状況を運が良いと思っていいのだろうか、苦笑いしていると、誰かに話しかけられた。遂に注意されるのかと思ったが、違った。
「さっきから観察していたけど、楽しそうねえ」
何だ、この声? ボイスチェンジャーを使っているのか? ワイドショーでヤクザとかがインタビューに答えている時の、やたら耳障りな声にそっくりだ。
「あまり楽しそうにしているものだから、私も混ぜてほしくて、つい声をかけちゃったわ」
声の主は俺の真後ろに立っているようだ。体が動かせないので、顔を確認することが出来ない。このホラーな展開は何? さっきまであんなにホノボノしていたのに。
何者かは、俺に布きれをかぶせた。視界は塞がれてしまったが、足音で、何者かが俺の前に移動したのが分かった。
「初めまして。あなたの将来の結婚相手よ。あなたの前に姿を現すのは、もう少し先の予定だったんだけど、待ちきれなくて出てきちゃった」
結婚、相手……? ああ、Xか。
アリスにちょっかいばかりかけてくる相手が、今俺の前に立っている。出来れば、すぐにでも顔を拝みたいな。
「おかしいな。俺が心に決めている相手は、雨宮アリス一人だ。二人選んだ覚えはないぜ?」
「二人選ぶ必要はないけど、選ぶ相手が違っているわよ」
心の籠っていない笑いを二人で漏らす。
メールを送ってくるぐらいなので、ストーキングしていることには気付いていたが、わざわざ姿を現してくれるとは。顔を拝めないのが本当に残念だぜ。
「なあ、体の自由が効かないんだよ。さっきは食事中に、いきなり眠っちゃうし、これもお前の仕業なのか?」
「どうかしら? 今日は良い天気だから、ついうとうとしちゃったんじゃないの?」
とぼけやがって……。いくら昼寝に最適といっても、三人が同時に寝落ちする訳ないだろ。でも、どうやって……。
「記憶を失ったアリスはどう? 以前と違って、あなたにたいしてよそよそしい態度だけど、そろそろ愛想が尽きてきたんじゃなくて?」
「いや……。むしろ愛が深まっているよ。守ってあげたい魅力ってやつかな」
記憶を奪ったのはお前だろ。何を言ってやがる。
皮肉を言って笑ってやると、相手の反応に耳を傾けた。でも、しばらく待っても返答はない。怒ったのか?
「そう……。愛が深まったの……」
ようやく聞こえてきたのが、それだった。声の感じからして怒っているようではないが、俺とアリスの愛について、興味を示しているみたいだな。
「でも、当のアリスは戸惑っているみたいよ。少し距離を置いた方が良いんじゃないかしら」
「記憶を失えば、誰だって混乱するさ。もう少しすれば、傲岸不遜で、暴力的な魅力を持つアリスが戻って来るよ」
こいつの揺さぶりには応じない。
「ねえ、質問。アリスとは何回キスしたの?」
平行線を辿っている会話に飽きてきたのか、変わった質問をしてきた。
アリスとキスした回数? 藪から棒に何を聞いてくる?
当てつけに、千回と答えようとしたけど、こいつに変なことを言うと、アリスの身に危険が及ぶ可能性もある。だからといって、正直に教えてやることもない。適当に流すことにした。
「そんなことを聞いてどうするんだよ。人に話すことじゃないだろ」
「私の愛する人が、アリスにどこまで籠絡されているのか知っておきたいのよ」
「ゼロじゃないみたいね。悔しいわ」
歯ぎしりする音が聞こえた。眼は見えないが、こいつの嫉妬は伝わってきた。
「ねえ、私ともキスしましょうか」
「……何?」
ふざけた提案をしてくれるものだ。でも、拒もうにも、俺の自由は効かないし、アキでもアリスでもいいので、起きて悲鳴でも上げてくれないものか。