表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/188

第百二十六話 狭まっていく、俺と虹塚先輩包囲網

 突然、脅迫されてしまった。いや、ここ数か月で、複数の相手から脅迫を受けているので、また脅迫されてしまったと表現した方が正しいか。状況を簡単に説明すると、学校から帰ろうとしたところ、下駄箱に入っている果たし状を見つけたのだ。


 それには、俺が虹塚先輩と夜道を歩いているところを盗み撮りした写真と、「ぶちのめす」とだけ書かれた紙が入っていたのだった。


 差出人の名前も要求も書かれていないが、これは俺と虹塚先輩との関係を面白く思っていない人間の犯行と見て良さそうだな。


 これらから推測すると、犯人のターゲットは俺だけのようだが、念のために虹塚先輩にも話しておくか。学校で会うのは控えようと提案した矢先なので、どんな顔をされるかわからないが、仕方あるまい。


 カラオケボックスで、虹塚先輩と合流すると、早速例の果たし状の話をした。顔をしかめるかと思っていたが、先輩は興味津々で、見せるように身を乗り出してくるほどだった。


「これがその果たし状なの?」


「ええ。それから、弁当ありがとうございます。たいへん美味しくいただきました」


 特にだし巻き卵が美味しかったと伝えると、自信作だったらしく、表情をほころばせた。


「まあ! ベストアングルで撮られているわね」


「そうなんですよ。虹塚先輩……、心愛と一緒に歩いている時は、シャッター音は聞こえなかったのに、いつ撮られたんですかね?」


 二人きりなのに、危うく虹塚先輩と呼びそうになってしまい、慌てて訂正した。虹塚先輩も気付いていたらしく、一瞬顔を強張らせたが、すぐに笑顔に戻った。


「それに、この手紙。言いたいことが、非常にシンプルにまとまっているわね」


「せめて名前だけでも書いてくれれば、こっちから会いに行けるんですけどね。名前も何もないから、向こうからの接触を待つしかないです」


 いきなり殴りかかってこないことを願って、生活するというのも、心臓に良いものではないな。


「うふふ! 楽しみねえ」


「そう思っているのは、心愛だけですよ」


 実際に狙われている俺の身にもなってほしい。


 もし、差出人が、二メートルくらい身長のある大男だったらどうしようかと、今から怯えてしまっているくらいなのだ。護身術の心得のある虹塚先輩のように、状況を楽しんでいる余裕などない。


「想像してみてくださいよ。差出人を前にした時の俺を!」


 そうすれば、いかに俺が頼りないか思い出す筈だ。何といっても、虹塚先輩は、何度も俺を意識不明にしたり、投げ飛ばしたりしているのだ。俺の弱さは心得ている筈だ。


 しかし、虹塚先輩は、予想に反して、うっとりしたように頬を上気させた。


「……心愛?」


 名前を呼んでみるが、反応はなし。え~と……、呼び方は間違っていないよな。


 もう一度よく見ると、俺の顔を見て、何やらにやけている。あまり面白いことを考えていないだろうことは、一瞬で分かってしまった。


「ひょっとして俺が、この果たし状の送り主を粉砕している場面を想像しちゃったりしています?」


 恍惚の表情のままで、虹塚先輩は、首を縦に振った。やっぱりだよ。俺が、慣れないことを強要される展開だよ……。


「私は信じているよ。爽太君は、やれば出来る子だって」


 つまり、不埒な輩は、正面から撃退しろということね。何とか話し合って解決出来ないかなあと、回避することの出来ないだろう未来を憂いた。


 諦めたようにうな垂れるおれの横で、音楽が流れだした。虹塚先輩が歌いだすのだろうか。


 ここはカラオケなのだから、ストレス発散も兼ねて、ドラマの主題歌でも熱唱するかなと、好きなアイドルグループの曲を入力しようとしたところ、虹塚先輩に止められた。


「駄目よ、爽太君。せっかく二人きりなんだから、全曲デュエットでいかないと」


 「全曲ですか……」と思ったが、口には出さなかった。というか、愚痴を吐く前に、虹塚先輩が、俺にすり寄ってきたからだ。まるでくの一を思わせる流れるような動きだと思っていると、曲が流れだした。どうやらさっき入力していたのは、デュエット曲だったようだ。一時間先まで曲の予約が済んでいる。これは覚悟しないといけないな。


「とりあえず、心愛とのカラオケが先ということですかね……」


「うふふふ! やっと私のことを分かってきてくれたわね」


 結局、果たし状のことは、何一つ解決しないまま、地獄のデュエットコースが始まったのだった。




 翌日、登校草々、妙なものと遭遇した。山のように積まれた本が、廊下を歩いているのだ。


「え~と……。アリスは何をしているんだ?」


「その声は……、爽太君?」


 背の低いアリスが、本の山を持って歩いているだけだということはすぐに分かったので、声をかけた。


 本の山で、視界不良の状態のまま、俺を探して、辺りをきょろきょろと見回す。見ている側からも危なっかしい動きだ。


「何をしているんだ? ていうか、この本の山は何?」


「調べものをしようと思ってね。あの女からもらった記憶喪失材をバージョンアップしようと思うの」


「バージョンアップ……。虹塚先輩に通用する薬でも作る気か?」


「正解! 爽太君、やっぱり分かっているわね!」


 案の定だ。本当は別れたばかりなので、声をかけるのをためらったのだが、物騒な本の数々が目に入ったので聞いてみることにしたのだ。


「薬の調合なんて、本を読んだだけで出来るのか? 科学系の雑誌に交じって、呪術や黒魔術の本もあるんだが……」


「バージョンアップのためよ……」


 俺のせいで、アリスがどんどんおかしな方向に向かっている気がする。そう思うと、責任を感じてしまうが、じゃあ、どうすればいいのか解決策が、まるで思いつかない。


 ちなみに、アリスが持っている本は、全て図書室から借りてきたものらしい。うちの学校の図書室の守備範囲の広さに驚くと共に、何でもかんでも置いている節操のなさにため息が漏れてしまう。


「絶対に、あの女の束縛から解放してあげるから、楽しみにしていてよね!」


 物騒な宣言とともに、アリスは去っていった。これまでひどいことを繰り返してきたのに、俺に好意を持ち続けてくれることは嬉しいが、危険な真似は止めてほしいな。


 後を追って、説得するべきかと思っていると、携帯電話が鳴る。嫌な予感がして、画面を見ると、やはり虹塚先輩からだった。なんてタイミングでかけてくるんだ。どこかで見ているとしか思えん。


「私よ……」


 ええ、分かっていますよ。だが、どうしたことだろう。心なしか、声のトーンが暗いような……?


「校内を歩いていたら、偶然あなたを見つけたの。挨拶だけでもしようかと思ったら、元カノと話しているじゃない。……私に黙って、何を話していたのかしら?」


「誤解です!」


 今の光景を見ていたのかと、辺りを見回す。すると、背後の廊下の角から、こちらを伺っている虹塚先輩と目が合った。冗談のつもりで、どこかで見ているんじゃないかと思っていたら、本当に見られていた。


 相変わらず気配を消すのがお上手で……。怖いです……。もう目がね、ヤンデレ特有の黒目の部分が、塗りつぶされたみたいに真っ黒になっているの。


 俺が苦笑いをしながら、手を振ると、ヤンデレの眼差しのままで、手を振りかえしてくれた。……やっぱり怖い。


「ねえ……、何を話していたの?」


 返事の遅い俺に、虹塚先輩がもう一度聞いてくる。ていうか、この程度の距離なら、直接話した方が節電にもいいと思うんだが……。


「あ、挨拶を交わしただけです。あと、授業のこととか……、取り留めもないことです」


 咄嗟に答えてしまったが、まずいことは口走っていないな。アリスが反旗を翻そうとしていることも、ちゃんと黙っている。


「それだけ……?」


「ええ、それだけです。嘘はつきませんよ!」


 本当は、物騒なことも話しているんですが、それはお答え出来ません。場を荒げないための仕方のない嘘ですから、ご了承ください。


「その割には、話し込んでいたみたいだけど……」


「本当ですってば!」


 嫌にしつこく聞いてくるな。ていうか、まるで俺とアリスの話を最初から全て見ていたような聞き方だ。虹塚先輩の話では、偶然通りがかって聞き耳を立てていた筈だぞ。……まさか。


「あの……。つかぬ事をお聞きしますが、ひょっとして校内では、ずっと俺をストーキングしてらっしゃるんですか?」


 通常の交際なら、失礼なことを聞くなと、彼女から一喝されてしまう質問だろう。言い訳次第では、強烈なビンタをもらうことにもなる。だが、俺の彼女は、虹塚先輩。交際前から、散々ストーキングを繰り返してきた人だ。電話の内容から察するに、まだ続けている可能性は、十分過ぎるほどにあった。


「……」


 俺の質問への返答はなく、電話はプツリと切られてしまった。見ると、ちょっと目を電話にやった隙に、虹塚先輩の姿も消えている。何も知らない人が見たら、幽霊を間違えてしまうほどの鮮やかな消えっぷりだ。その後は、何度コールしても、留守電になるだけで、繋がりやしない。


「つまり、ずっとつけている訳ね……」


 返答がないということは、質問の答えはイエスと捉えさせてもらおう。交際を始めてから、大人しくなったと解釈していたが、まだまだ油断は禁物ということか。


 不穏な動きを見せているアリスたちといい、俺の周りは、まだまだ物騒な匂いが消えてくれそうにないな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ