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第百二十三話 夏の夜の、元カノ姉妹の事情聴取

 虹塚先輩の家から、誰もいない筈の我が家へと帰ってきた。バーもやっている虹塚先輩の家は、常連客の野太い声のせいで、良くも悪くも賑やかだった。それだけに静まり返った我が家は、さぞかし物寂しく感じるだろうなと、頭をかいた。


「こんなことなら、虹塚先輩を家に上げて、コーヒーでもご馳走するんだったかな?」


 暗い夜道を一人で帰らなければいけない虹塚先輩を引き留めて、寂しさを紛らわすために、話し相手になってもらうか。情けないことだ。


 もっとも、後から考えれば、その必要は全くなかった訳だが。なぜかというと、元カノのアリスが、俺の帰りを待っていてくれたからだった。


「よっ!」


 俺を見ると、軽い感じで挨拶してきた。俺から振ったというのに、怒っているようには見えなかった。だからといって、笑いかけてくることもなかったがね。


 どうしよう……。本当なら、再会出来て感無量の筈が、虹塚先輩と結構良い感じで過ごしてきた後なので、気まずくて仕方がない。


「あれれ~! お義兄さん、そっぽを向いちまいましたぜ~? これ、お姉ちゃんがお呼びじゃないって展開じゃないですかねえ~?」


 部屋の奥から、こっちをからかうような声が聞こえてきた。アリスの妹のアキが、俺の様子をちゃかしているのだ。こいつまでご一緒とはね。ふてぶてしいことに、ソファに深々と座りながら、あくびを漏らしてやがる。


「お呼びじゃないことは承知しているわよ。なんといっても、元カノですからねえ~」


 すごく棘のある言葉だ。だが、俺のしたことを考えれば、仕方がないかもしれない。


「屋上でいきなり言われた時は、横にあの女がいたから、思うように会話が出来なかったけど、今なら可能でしょ。さあ、思う存分話してもらおうじゃない」


「ああ……」


 きっと根掘り葉掘り聞かれるんだろうな。これから行われるであろう長い長い取り調べを思うと、身から出た錆とはいえ、気が重くなってしまうな。


 俺は覚悟を決めると、アリスを伴って、リビングへと移動した。


 室内は、今朝見た時とは打って変わってきれいに整頓されていた。まるで優香から監禁される前に戻ったかのようだ。


「アリスたちがやってくれたのか……?」


 アリスに視線を移すが、彼女はそっぽを向いたまま、黙っている。傍らで、アキがせわしなく手を振っていることから、この姉妹がやってくれたということで間違いあるまい。もう彼氏でもない俺のために、こんな面倒くさいことをしてくれていたことに感激して、涙が出そうになってしまう。


「さて。容疑者も帰ってきたことだし、事情聴取を始めますか」


 交際していた時より、当たりがきつくなったような気もするが、俺がしたことを考えれば、仕方ないだろう。


 取り調べが始まると、あらかじめ買い込んでいたのか、アリスたちが缶コーヒーを飲みだした。俺の分は……、当然ない。ちょうど今夜飲もうと、帰りに買ってきたお茶があったので、もの悲しい気持ちでプルタブを上げた。


「それで? あの女の家で、どこまでしたの?」


 開口一番、アリスは、かなり突っ込んだことを聞いてきた。


 「虹塚先輩と、何もしていないよね?」じゃなく、「どこまでしたの?」ときたものだ。やってしまったことが前提の会話だ。


 信用されていない……。だが、的を得ているだけに、ハッキリと怒ることも出来ない。まったく、情けないことだね。


「お姉ちゃん。そんなこと、わざわざ聞くまでもないでしょ? ライバルのあの豊満な胸を見ていないの? あれに迫られたら、お義兄さん如きが抗える訳がないじゃないの」


 言ってくれるな。でも、事実なんだよな。結果的に、胸を触るまでで済んだけどな。ただ、次に言い寄られたら、その時は分からない。勢いに任せて、最後まで進んでしまう可能性はかなり高い。


「ほら、見なさいな。お義兄さんの顔を。胸を揉むどころか、燃え上がっちゃって、最後までいってしまった男の顔を」


「失礼なことを言うな! どうにか胸を揉むだけに留めたわ!」


 つい売り言葉に買い言葉で、言わなくていいことを叫んでしまう。言ってしまってから、ハッとして姉妹の顔を見るが、既に遅し。


「ほお……。揉んじまったんですか……」


「爽太君。大きい胸が大好きだもんね……」


 嘲笑と軽蔑の視線が、同時に向けられる。俺はひたすら身をちぢこませるしかなかった。


 アキの口車に乗せられるように、暴露してしまった。これ、誘導質問だろ。


「でも、そうなると、ぺったんこのお姉ちゃんは、どの道捨てられる運命だったってことになるね。遅かれ早かれ……」


 言い終わらないうちに、アキの額が思い切りはたかれた。アリスの前で、その話題はタブーだというのに、馬鹿なやつ。


 それから、子供時代のこと、虹塚先輩と交わした約束のこと。とにかく彼女に関することは、洗いざらい白状させられた。アキは面白がって聞いていたが、アリスは目を瞑って俺の話に耳を傾けていた。


 俺が話し終えると、アリスの体温が徐々に上がっていくのが、傍から見ていても、よく分かった。


「何を……」


 ゴゴゴ……という擬音が、アリスの後ろから聞こえてきそうだ。俺は第六感で、怒りの洪水が、直に自分に押し寄せてくることを感じ取った。もっとも、分かったところで、どうしようもないんだがね。


「アホなことを約束しているのよ~~!!」


「ギャアアアア!!!!」


 直観通り、俺は怒れるアリスの鉄拳をもろに食らって、派手な音を立てて、壁に叩きつけられてしまった。


「おお! 良い当たり。これならランニングホームランも狙えますな」


「黙りなさい!」


 隣で囃し立てているアキに、ぴしゃりと釘を刺して、アリスは息を整えていた。


「何が、爽太君からキスをしたら、私と別れて、あの女と結婚前提の交際をするよ。しかも、私に黙っているなんて! そういう重要なことは、真っ先に相談するべきじゃないの!?」


「面目ない……」


 俺からキスをしなければいいと、余裕ぶってこのざまだからな。言い訳のしようもない。


「でも、安心したわ。あの女と交際するきっかけになってしまったキスだって、本当は私に対して向けられたものだし、あの女の胸を揉んだのは、爽太君が元々巨乳好きなだけ。涙ぐましい努力の末に、あの女は爽太君との交際をスタートさせた訳だけど、心はまだ私にあるってことよね」


 ここにきて、ようやくアリスが笑顔を見せてくれた。それにホッとしながら、その通りだと言おうとする。だが……。


「俺は……」


 アリスのことが好きだと言おうとしたが、アレ……? 言葉に詰まってしまうぞ?


 そんな俺を見て、笑顔だったアリスの顔も曇っていく。というか、怒気がみなぎっていく。


 何をしている。早くアリスのことが好きだと言え。強引にでも言おうとしたところで、虹塚先輩の顔が思い浮かんで、またも言葉に詰まってしまう。


「何を……」


 本能的な恐怖を感じて、アリスの方を向くと、修羅のような形相でアリスが、俺を睨んでいた。


「言いよどんでんじゃあ~~!!」


「ギャアアアア!!!!」


 怒りを爆発させたアリスに、思い切り吹き飛ばされた俺は、窓ガラスに思い切り叩きつけられてしまった。


「おお! 特大ホームラン!!」


 アキが無神経に囃し立てる中、俺は窓ガラスの残骸に埋もれて、呻いていた。


 そうか……。コンビニの窓に叩きつけられた親父も、こんな気持ちと痛みを味わっていたのか……。まさか目撃してから数時間後に、自分も同じ目に遭わされるとは思わなかったよ。


 ノックアウトされた姿勢の俺には目もくれずに、「気分が悪い」と連呼しながら、アリスは、玄関で靴を履いている。もう帰るつもりらしい。これでアリスが玄関のドアを開けて見えなくなったら、俺たちの関係も今度こそおしまいか……。


「爽太君!」


 ドアノブを握ったままで、アリスが呼びかけてくる。俺は、横になったままで、「何だ?」と返した。


「爽太君はどう思っているか知らないけど、私はこのまま引き下がってやらないからね」


 捨て台詞のように吐き捨てると、アリスはドアを勢いよく開け放って出て行った。


「お前は帰らないのか?」


俺の醜態を見ながらにやついているアキに向かって、問いかける。こいつはまだ帰らないらしい。


「へっへっへ! どうしやすかねえ」


 意味深な顔で依然にやつくアキ。まだ俺を冷やかしたりないみたいだな。


 俺は、アキから視線をずらすと、ついさっきの己の言動を顧みた。アリスから、今でも自分が好きだよねと確認された時のことだ。


「どうして即答出来なかったんだろうな」


 そして、どうして虹塚先輩の顔が思い浮かんだんだろうな。


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