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第百二十一話 彼氏の裏切りがまだ心配な少女は、笑顔で釘を刺す

 虹塚先輩の部屋にて、本気で迫られて、すっかりたじたじの俺。そこからいろいろひと悶着があり、結果だけ述べると、俺は意識を失うことになった。先輩から迫られていた行為は、ほとんど未遂。情けないとか思わないでほしい。


 言い訳っぽく聞こえるが、たいていのラブコメは出来そうな雰囲気になっても、不発に終わるって相場が決まっているんだよな。だからといって、こんな終わり方を迎えるとは……。消化不良もいいところだ。


 冷や汗を浮かべながら、俺を覗き込む虹塚先輩の顔が、目に入った。その心配そうな顔を見ていると、せめて胸だけでも揉んでおいて良かったと、こんな時に不適切なことを考えたりした。いや、俺にとっては、結構重要なことなんだよな。あんな雰囲気になって、虹塚先輩も乗り気なのに、何も出来ずに終わるのって、当人からしてみればかなり悔しいことなんだぜ。


 せめてあがくことには成功したのかな。……なんて、こんな時に、何を考えているのかね、俺は……。内心で、自信を嘲笑したため息をつくと、俺は、大人しく意識を失っていった。




「爽太君!」


 どれくらい時間が流れただろうか。虹塚先輩の呼びかけで、俺は目を覚ました。


「どうも……」


 俺を覗き込んでいる虹塚先輩と目が合ってしまい、照れ隠しから、視線をそらしてしまう。


 虹塚先輩の手を借りながら、上半身を起こしたが、頭がクラクラするといったことはなかった。


 しかし、俺は最近気を失ってばかりだな。短期間の間に、これだけ気絶を繰り返して、後遺症が残らないか心配になるくらいだ。


 気を失ったら、昔の記憶を思い出すことがあるが、今回は収穫なし。ただ醜態をさらして、気を失っただけ。


「爽太君。私のことは覚えているの? 何か忘れていることはない?」


 虹塚先輩ったら、そんなに慌てちゃって。いつもは、俺を子ども扱いしているのに、そして時々脅してくるのに、意外に可愛いところもあるんだな。


 ちょっとにんまりしつつ、虹塚先輩のことや気を失う前のことを話して、何も忘れていないことを丁寧に説明した。不安そうにしていた先輩の顔も、徐々にほころんでいった。


「良かった……。派手にぶつかったから、大丈夫かどうか心配したのよ? また爽太君の記憶が……」


 俺の記憶が喪失したと心配になった訳か。頭を強打して、意識を失っただけなのに大袈裟……でもないか。でも、目に涙を浮かべて心配している虹塚先輩は、ちょっとかわいいかも。


「爽太君の記憶がなくなって、私のことを忘れた……振りをされたら、どうしようかと心配だったの」


「そっちの心配ですか!」


 ていうか、俺の強打した頭の方は心配してくれていないんですか!?


「だって……。爽太君だったら、やりかねないですもの……」


 悲しげな表情の中に、疑いの眼差しを含んだ目で、俺を見つめている。信用されていない。


 まったく失礼な! 俺が、自分を本気で心配してくれている女子の前で、堂々と嘘をつく訳が……、あるか。冷静に考えてみたら、意識を取り戻した時に、邪まな考えが浮かんでいたら、それくらいのことはするかもしれない。


 まさにツッコむ直前だったが、虹塚先輩の懸念は正しいと思い返し、グッと怒りを飲み込むことにした。


「そうやって、私にツッコみを入れてくるところを見ると、本当に大丈夫みたいね。安心したわ」


 そう言うと、立ち上がって俺から離れて行ってしまう。せめて怪我人らしく振舞って、膝枕くらいしてもらった方が良かったかなと、不謹慎な後悔もしてみた。


 かなり惜しいことをしたんじゃないかと思いつつも、いつまでも人の家で大の字に寝転がっているのも、気恥ずかしい。上半身を起こすと、部屋に電気がついていることに気が付いた。窓を見ると、カーテンが閉まっていて、隙間から見える窓ガラスは真っ黒になっていた。


「俺が寝ている間に夜になっていたんですね」


「そろそろ起きる頃だと思って、夕飯を用意しているわ」


 バタンキューしている横で、夕飯の準備もしていたんですね。彼女の家で、勝手に気を失った俺が言うのもなんだが、なんか味気ないなあ。今、思うと、俺が意識を取り戻した時に、呼びかけてくれていたのは、ただ単に、夕飯の準備が出来たから呼びに来ただけの気さえしてきた。


 虹塚先輩は、俺の悲しげな視線など見向きもしないで、ニコニコと夕飯の盛られた皿を、部屋の真ん中に置いてあるテーブルの上に並べていた。


 わがままを言っても仕方ないかと、気を取り直して、虹塚先輩といただきますをした。夕食のメニューはトンカツだった。健康志向なのか、一緒に盛り付けられているキャベツが、異様に多かったが、瑞々しくて美味しかった。


 食べていてまず気付いたのが、出されたトンカツは、どうやらヒレカツらしいということ。油の少ない肉は、非常に噛みやすい。次に、気付いたのが、下の階から、野太い男の声が聞こえるようになってきたということだ。


「もう店が開いている時間なんですね」


「ええ、常連さんたちがやってきたのね」


 予想はしていたが、その常連さんたちのほとんどは、中年のおじさんばかりだった。狙いは、先輩のお母さんかと、邪推してみたりした。


 この部屋のすぐ下で店がやっていると思うと、不思議な気持ちになる。夕食を口に運びつつも、自然と、下から聞こえてくるお客さんたちの声に耳を傾けていく。


 その内、お客さんの一人が、酒が進んできたのか、次第に呂律のまわらない声で叫びだした。最初は、まだ午後八時なのに、もう酔っぱらっているのかよと、酒に弱い親父を内心で馬鹿にしていたが、だんだん煩わしく感じるようになってきた。


 せっかくお洒落な内装の店なのに、不釣り合いな叫び声だな。初めて見た時は、デートコースに良いかもしれないとか思ったが、これじゃ萎えちゃうな。


 ガシャ~ン……!


 気のせい……、じゃないな。皿の割れる音がした。怒声こそ聞こえてこないものの、悪い方向に盛り上がってしまっている可能性はある。止めに入った方がいいのではないかと、箸を置いて、虹塚先輩に聞いてみる。もちろん、必要とあれば、下に降りるつもりではいた。


「止めた方が良いんじゃないですか?」


「いつものことよ」


 それしか言わなかった。本当にそれだけで、拍子抜けしてしまった。母親を心配しているようには見えない。まあ、この程度の騒ぎで、助けが必要なら、バーなんて経営出来ないがね。


「心配しなくても、お母さんに任せておけば安心よ。この道のプロだもの」


 虹塚先輩の言う「この道のプロ」とは、飲食店経営のことですか? それとも、酔っ払って絡んでくる客のあしらいのプロですか?


 「静かにしてくれないと、私、泣いちゃう~」みたいなことを、猫なで声でお願いしたりするのだろうか。もしくは、あの世界にも通用する二つのスイカを揺らして、お願いするのだろうか。ふむ! こっちの気がするな。俺には分かる……! あれに逆らえる男は、この世には存在しない!


「あらあら……。ちょっと意味深なことを言ったら、何を考えているのかしら……。もし、よろしければ、私にも聞かせてもらいたいわ……」


 温和な虹塚先輩が俺に向かって、身を乗り出してきた。何を考えているのかを察知したのか、満面の笑みに、どす黒いオーラという、白と黒の組み合わせで迫ってきている。


「え、え~とですねぇ……。女の涙に逆らえる男はいないということをですね。考えていたんですよぉ……」


「最近、爽太君に優しくしているけど、忘れていないわよね。私が目的達成のためなら、手段を択ばない女だってことを」


 あ、やばい。下の階以上に、こっちの方が修羅場になってしまいそうだ。


 もうひたすらに虹塚先輩に誤っていると、一階から大きな音がした。ていうか、ガラスの割れる音だった。


 物騒な物音に固まってしまい、虹塚先輩の顔を伺うと、相変わらずのニコニコ顔で、見ているこっちが心配になってしまうくらい落ち着いていた。


「いつものことよ」


「何でも、その言葉で片づくと思わないでくださいね!? 今回ばかりは確認させてもらいますよ!」


 話にならないと、立ち上がり、カーテンを引いて、窓ガラスを開けて階下の様子を確認した。


 音がしたのは、この家の向かいからだったな。先輩の部屋のカーテンを急いで開けて、外を見ると……。


 向かいのコンビニの窓ガラスが、粉々に割れている。誰かが窓ガラスに激突した勢いで破損してしまったらしい。


 全身を縮こませながら、泣き叫んでいる声は、下から聞こえていた罵声と同じもののようだ。おそらくさっきまで騒いでいた親父だろう。


 え? 何であの人が吹っ飛ばされているんだ? むしろ、あの人が吹っ飛ばす側のはずじゃないのか?


 訳が分からずポカンとしていると、横に立った虹塚先輩がネタ晴らししてくれた。


「いつものことなのよ。酔っ払っちゃったお客さんの何人かは、お母さんに襲いかかろうと飛びかかるの。でも、百戦錬磨のお母さんに、店の外につまみ出されちゃうのよ」


「つまみ出されるというか、ぶっ飛ばされて、放り出されたように見えますね」


「そうとも言うわね」


ちなみに、割れた窓ガラスの修理代を誰が入っているのか聞いてみると、つまみ出されたお客さんが払ってくれていると、後光が射すような笑顔で言われた。ぶっ飛ばされた客や、コンビニの店員からしても、人を数メートルも吹き飛ばせるだけの存在に、修理代を請求するのは恐れ多いのだろう。


 でも、仕方ないとはいえ、お客の乱暴なんかしていたら、誰も来なくなってしまうのではないか?


 こんな俺の不安にも、虹塚先輩は、にこやかに回答してくれた。


「大丈夫よ。お母さんが手を上げるのは、自分に強引に迫ってくる男と、浮気をした男だけだから」


 心なしか、浮気をした男のくだりを強調しているように聞こえたが、きっと気のせいだろう。俺に向けて言っている気がしたのだって、気のせいに違いない。そう片付けることにした。


「さあ、夕食を食べ終えたら、さっきの続きをしましょうか」


 艶やかさをプラスした笑みで、俺に寄りかかってきた虹塚先輩に対して、俺もにこやかに笑って返答した。


「今日は……、帰らせていただきます。もう……、疲れました」


 虹塚先輩に、心底ガッカリした顔で見られてしまったが、マジで精神的に限界なんですよ。


不調の先代の代わりに使っているパソコンですが、

キーの位置が、微妙に変わっていて、使いづらいです。

使っているうちになれると思いますので、それまでの辛抱ですね。

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