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第十一話 名探偵の稚拙な推理のせいで、偉人たちが天に召されていく

 日曜日に、女子三人(彼女含む)とゲームセンターに遊びに来た俺。女子のためにジュースを買って戻ってきたら、ゆりがアリスを連れ出して、アカリとのツーショットという状況を演出していた。


 だが、アカリに対して、全く興味がないので、有難迷惑。さっさと合流し直そうとしたところで、アカリが自慢の胸を、俺に押し付けてきた。何だかんだ言っても、大きな胸に弱い俺は、つい顔が赤らんでしまう。そこに、タイミング悪く、彼女の妹であるアキが、通りがかってしまったのだ。


「おお! 遂に浮気ですか。いつかやると信じてましたぜ」


「浮気じゃないから。友達と遊びに来ているだけ。アリスも一緒だから。今はいないけど」


 早めに否定しておかないとややこしくなる一方なので、はっきり断言してやった。ていうか、姉の彼氏の浮気を発見した時の反応として、今の第一声はおかしいよね。


「な~んだ、つまんないの」


 浮気が勘違いに過ぎないと知るや、露骨にガッカリして、舌打ちまでする始末。第一声どころか、第二声までおかしかった。


「まあ、ここで会ったのも何かの縁です。私も、仲間に入れてくださいな」


 アキがにこやかな笑顔で、俺たちの仲間になりたそうな目で見つめてきた。姉の幸せより、泥沼展開を期待するような不謹慎な小娘と行動を共にしたくはなかったが、アカリがOKを出してしまったので、不本意ながら連れて行くことになってしまった。


「あらかじめ釘を刺しておくけど、アリスに余計なことを言うなよ」


「余計なことって何ですかい?」


 分かっているくせに、白々しいことを言ってくれる。アキのことだから、てっきり何かお願いごとをしてくると思ったんだけど、何もないならそれで……。


 自分にとって都合の良いことを考えていると、ぐ~っと大きな音を立てて、誰かの腹が鳴った。言っておくが、俺のではない。アカリでもない。鳴ったのは、女子力ゼロの彼女の妹、雨宮アキの腹だ。


「あ、聞こえちゃいました~?」


 恥じらいもせずに、あっけらかんと言い放つ彼女を見ながら、記憶を失う前にアリスが、どうしてアキに辛く当たっていたのか分かった気がした。


「アキさん。お腹が空いているんですか?」


 聞かなかったことにして無視してやろうと思っていたら、アカリが反応してしまった。アキは、待ってましたとばかりに、その通りだと物欲しそうな笑顔で認めた。


 聞いてしまった以上は、年上の義務として、何か買い与えなくてはいけない雰囲気になってしまい、女子に奢らせる訳にはいかず、俺が財布の紐を緩めることになってしまった。


「もぐもぐ……。ありがとうございます。だから、お義兄さんのこと、と~っても、ラブ❤」


「お世辞は良いから、とっとと食え」


 くそ、想定外の出費だ。買ったのがコンビニのサンドイッチで、まだ懐の傷は浅いのが救いか。


「サンドイッチのお礼に、アカリさんの誘惑に打ち勝つサポートをさせてもらいましょう」


「ご心配なく。アキのサポートはいらないよ。こう見えて、意志は固い方だと自覚しているんでね」


 こいつに助っ人なんぞ依頼したら、状況が確実に悪化してしまうので、口汚く断ってやった。でも、アキは不敵な笑みを返してくる。


「そうかなあ? さっきそこの巨乳のお姉ちゃんに抱きつかれて、めっちゃデレデレしていましたよねえ。あれはどう申し開くんですかい?」


「ぐっ……!」


 中身の詰まってなさそうな顔のくせに、こっちの弱みを的確についてきやがる。今更思うが、アキを完全に封殺していた以前のアリスを、心底尊敬する。一方のアカリはというと、巨乳呼ばわりされて、顔を赤らめていた。


「おい、アキ……。分かっていると思うが、このことはアリスには内緒だぞ」


 記憶を失う前のアリスと違って、死刑は執行されないが、それが逆に怖い。貯め込むだけ貯め込んで、ある日いきなり大爆発とか、洒落にならない。


「……あ、あそこのクレープ屋さん。すごく美味しそうです。また腹が鳴っちまいそうでさあ」


 ちっ……。やっぱり仕掛けてくるんだな。サンドイッチを腹に詰めたばかりだというのに、容赦がない。


 まあ、いいか。さっきの間抜け面をネタに脅されないだけ、まだ良心的だ。ただし、このツケは後日しっかり払ってもらうからな。


 それから十分後。たった十分後だ。その短い時間の間に、一万円分の食べ物をねだってきた。高価な食べ物なんて一つも含まれていないよ。肉まんとか、ケーキとか、フライドチキンとか、コンビニでも買えるようなやつばかり。細かいのが積み重なっただけなのに、一万円の大台に乗るって、あり得ねえよ。


 昨日、叔父さんから仕送りが送られてきたばかりなのに、今月が早くもピンチになりつつある。彼女の妹じゃなかったら、殴っているところだ。


「あれだけの食べ物が全部ここに詰まっているんですね……」


 凶行を間近で見ていたアカリは、アキの腹を興味深そうにさすっている。その表情を見る限りは、呆れているんだか、感心しているんだかの判断は難しい。


「じゃあ、口止めも済んだことだし、改めてアリスたちを探しに行くか」


「探しながら、ゲームも楽しみましょうよ」


「あ、いいですね。私、クレーンゲームとかしたいです」


 アキがクレーンゲームをリクエストしていたけど、やんわりと無視。さっき散々やったので、当分クレーンは見たくもないのだ。


 クレーンだけを避けつつ、他のゲームをしながら、アリスたちを探す。連れ出したといっても、所詮一つの建物内。適当にぶらついていても、見つかるだろう。そう安易に考えていた。しかし……。


「おかしい。これだけ探しているのに見つからないなんて……」


 二階建てで、そこそこ大きなゲームセンターだけど、ここまで見つからない筈がない。まるで、どこかに隠れているようじゃないか。


「ねえ、アカリは、アリスたちがどこにいるのか知らないの?」


 アカリに聞いてみたが、知らないの一点張り。もっとも知っていたとしても、教えてはくれないんだろうけどね。


 仕方がないので、もう一度探してみようと思っていると、アキがアカリの前に立って言い放った。


「ふふふ! 隠しても無駄です。あなたたちの企みは、この女子高生探偵、雨宮アキが全てお見通しですよ!」


 話を流そうとするアカリの前に、アキが自信満々に宣言する。右足で地面をダンと踏んで威嚇する。本人は、これから犯人役のアカリを追いつめるつもりらしい。


「お見通しって、アリスたちがどこにいるか分かるのか?」


「おそらく、この施設内にはいません。お姉ちゃんは、実行犯の手によって、施設の外に運び込まれています」


 成る程と頷いてやりたいところだが、そのくらいなら俺だって考えた。その程度で、名探偵を名乗られても困る。加えて、その芝居がかった口調はどうにかならないものかね。本人的には役になりきっているんだろうけど、話しづらいんだよ。


 でも、アキの言い分は的を得ているみたいだ。アカリの額から冷や汗がだらだら流れているところから、自称探偵の推理は正解と見ていい。というか、アカリ、隠し事をするの下手過ぎ。


 とりあえずアキの追及のおかげで、アリスの居場所をアカリが知っているのははっきりしたので、再度質問することにした。


「改めて聞くよ。アリスは今どこにいるんだい?」


「ゲ、ゲームセンターを満喫しながら探すのはどうでしょうか……。解決篇の最中にCMを入れる感覚で」


「生憎と、解決篇は一気に見る派でね。途中で止めると、気になって、何も手につかなくなるんだ。アカリのことだって、きっと無視するだろうね」


 無視されると聞いてまで白を切ることは出来ず、アカリは遂に観念した。


「ゆりたちの居場所は、私にも分からないの。一時間後にゆりから電話がかかってくることになっていて……」


「じゃあ、電話しよう。作戦は中止だってね」


「……はい」


 ちょっとひどいことをしたかなと、心が痛んだが、ここで甘えを見せたら、一気に付け込まれてしまう。心を鬼にせねば。


 黙って、アカリが携帯電話を探すのを見ていたが、様子がおかしい。携帯電話が見つからないようなのだ。


「おかしいな……。さっきまで持っていたのに……」


「どこかに置き忘れたんですかね。案外床に転がっていたりして」


 アキの何気ない発言に、何となく床を見回す。結論を言うと、アカリの携帯電話は床に転がっていた。うっかり落としてしまったようだ。今日のアキはとことん冴えわたっているな。ただし……。


「嘘……」


 アキの足元で、アカリのものと見られる携帯電話が粉々になっていた。さっき調子に乗って地面を踏んだ時に粉砕したとみられる。思い返してみたら、何かが壊れる音が聞こえた様な気もする。


「ひどい……」


 一目で使い物にならないと分かる携帯電話の残骸に、ゾンビよりフラフラとした足取りで歩み寄ると、力なく崩れ落ちてしまった。


「か、買ってもらったばかりなのに……」


 買ってもらったばかり。新品同然か。それはショックも大きいな。探偵兼実行犯のアキも、事の重大さに唖然としている。


「じ、事件の最後に犯人の犠牲は付き物。……漫画でも二人に一人は死んでいたし。今回は携帯電話が全ての罪を背負ってくれたんだね。罪を憎んで、人を憎ます! こ、これにて一件落着……」


「そんな探偵がいるか!」


 口を開いたと思えば、どんな言い訳を吐くのだろうか。やっぱりこいつに名探偵役は無理だ。責任感が根本から欠如している。自分の罪を上手く誤魔化したいだけじゃねえか。


 アキへのツッコミはさておき、落ち込むアカリを放っておくことが出来ず、歩み寄って声をかける。


「あの……、大丈夫?」


 我ながら、アホな言葉だ。新調したばかりの携帯電話が壊れて、大丈夫の筈があるまい。実際、アカリは俯いた顔を上げようとしない。陳腐な同情じゃ、彼女の心を癒すことは出来ない。それこそ、犠牲を覚悟する必要がある。


 こうなると、解決策は一つしかない。清水の舞台から飛び降りる自身の姿を思い浮かべながら、俺は覚悟を決めた。


「アカリ。壊れた携帯は……。俺が……、弁償するから……」


「え?」


「だから……。俺が弁償する」


 本来ならアキに弁償させるのが筋だけど、こいつにやらせたら、出費をケチって、とんでもない代物を弁償しそうだしな。


「良いんですか?」


 俺の言葉を確認するように、アカリが聞き返してきた。今の一言を撤回したくて仕方がなかったけど、気持ちを奮い立たせて、首を縦に振った。


「晴島君……、ありがとう~!」


「お義兄さ~ん! 恩に着るよ~!」


 二人の女子から思い切り抱きつかれた。全国の男子から嫉妬されそうな展開だが、俺の頭は天に召されていく数人の福沢諭吉のことで一杯だった。


 仕送りから一日では、翌月分の前借りを申請することも考えられないし、今夜から当分パンの耳だな……。とにかく今は、これ以上不運に見舞われない内に、アリスを見つけて、家に帰りたい。


 でも、連絡手段だった携帯電話も壊れちゃったし、本当、どうやって合流しようか。


アキみたいな頭のネジがとんでいるようなキャラは、書いていて楽しいです。

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