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第百十五話 さようなら、アリス…… 後編

 海で拉致監禁された時に、虹塚先輩と交わした約束に従い、アリスと別れさせられることになってしまった俺。


 こういうと、俺が被害者みたいに聞こえるが、約束の内容が、俺からキスをしてしまったら、彼女と別れるというものなので、自業自得なのだ。


 突然、別れ話を切り出されてしまったアリスが、素直に首を縦に振る訳もなく、たちまち泥沼展開に発展してしまった。


 護身用に携帯していたスタンガンを手に持つアリス。もしもの場合は、アリスの記憶を消してしまおうと目論む虹塚先輩。二人の女子に挟まれる形で、争いを止めようと、間に立って懸命に宥める俺。互いに退かないまま、こう着状態に陥ってしまい、話はこじれてしまっていた。


 俺も、どくように言われたが、頑として居座っている。元はといえば、俺のせいで、こうなってしまったのだ。俺が傷つくことはあっても、二人が傷つくことはあってはいけない。


「私の方が爽太君にふさわしいのは確かよ。私とだったら、街中を歩いていても、ちゃんとカップルとして周囲から見てもらえるわよ。仲の良い兄妹に間違えられることもなくね。あっ! でも、映画館や遊園地は大人二人分の料金を支払わないといけなくなるから、割増しになってしまうわね。そこはマイナスかしら」


「何ですって……」


 虹塚先輩……。アリスが気にしていることをずけずけと……。この状況下とはいえ、容赦がないな。タブーを連呼されたアリスは、烈火の如くキレた。


 アリスの怒りを具体化したように、スタンガンを電流が走る。青い電流が激しく波打つのが、目視出来た。


 すっかりドン引きしてしまった俺の後ろで、虹塚先輩が不敵にニヤついている。自分から挑発したのだから、たじろぐことはないだろうが、よりによって微笑むとは。まるで計算通りとでも呟きそうな顔じゃないか。


 いや、実際に計算通りなんだろう。虹塚先輩からしてみれば、アリスを説得して別れさせるよりも、記憶を奪い去る方が手っ取り早いのだ。


 だが、いきなり先手必勝で、記憶を奪ったら、俺から非難されてしまう。というか、確実に虹塚先輩のことを嫌いになってしまい、約束を反古にして、アリスの元へと走ってしまうだろう。


 それに対し、アリスから向かってきたのだったら、正当防衛という建前で、堂々とアリスの記憶を奪い去ることが出来る。優香に続き、アリスも自分の前から消えて、自分は俺との交際を始めて、めでたしめでたしという算段が成り立つ。


「二人で街を歩いていたら、「幼女の連れ去り!?」と他人が呟いているのを、耳にしたことはない?」


「しないわよ。呟きが聞こえたとしたって、何だというの? どうして、私と爽太君が、赤の他人に遠慮しないといけないのよ」


 虹塚先輩の挑発は続き、アリスの目が次第に血走っていく。スタンガンを持つ手も震えて、今にも先輩に飛びかかりそうだ。


「いい加減にしろって……、言っているんだよ!」


 俺は二人から、スタンガンと記憶喪失剤を取り上げると、コンクリートの地面に向かって、思い切り叩きつけてやった。


「なっ……!?」


「爽太君!?」


 宥め役に徹していた俺が、真っ先に行動したことに、虹塚先輩はもちろん、アリスも目を見開いて驚いていた。


「はあ、はあ……」


 床に叩きつけられた狂気の残骸を見ながら、三人で呆然としていた。幸いなことともいうべきか、今の物音を聞きつけて、駆けつけてくる者はいなかった。


「これで……、実力行使は出来なくなったな」


 もし、取っ組み合いの喧嘩を始めようとしたとしても、力なら俺の方が上だから、無理やり抑えつけてやる。虹塚先輩に敵わないことを棚に上げて、二人に言い聞かせた。アリスは面白くなさそうにしていたが、異論はないようで、文句は言われなかった。


「……爽太君はどうなの?」


 しばらく睨み合いを続けた末、アリスが重い口を開いた。


「さっきから虹塚先輩ばかりが話していて、爽太君が全然話してくれないじゃない。だから、あなたの気持ちを聞かせてほしい。脅されていて、自分の意見をハッキリいえないなら、二人きりの時に改めて聞かせてくれてもいいよ。わざわざ聞くまでもないと思っているけど」


 虹塚先輩が代わりに話そうとするのを制して、俺は、おずおずと口を開いた。


「俺は……」


 もちろん、アリスと別れたくなんかない。自分のミスが原因とはいえ、アリスと別れたくないというのが、俺の本音だ。虹塚先輩にすれば、いい迷惑だよな……。


 その時、俺の背後から、もの凄い殺気が飛んできたのを、背中に感じた。振り返って確認しなくても分かる。殺気を飛ばしてきているのは、虹塚先輩だ。


 何て、殺気だよ……。圧倒されて、声も出せないじゃないか。まるで本当に殺されそうな理不尽さを感じる。


「爽太君……?」


 アリスが目を見開いて、じっと見つめてきているが、俺はまだ声を発しない。


 もし、ここで本当のことをアリスに話して、虹塚先輩との約束を反古にするようなことになったら、ただじゃ済まないな。


 俺に許嫁であることを公開してからの態度が温和なものだったから、すっかり油断してしまっていたが、今までの経緯を思い出せば、間違いなく危険人物だ。温和なのは、俺に気に入られようとしているからであって、安全だと高を括ってはいけない。


 俺は、ずっとアリスと別れたくない、どうにか約束を反古に出来ないかを考えていたが、それはかなり危険なことではないのか?


 そんなことをしたら、俺とアリスにとんでもない災いが降り注ぐのは明らか。それなら、アリスの安全を確保するためにも、ここで別れた方が……。そもそも間違いとはいえ、昨夜、虹塚先輩にキスしてしまった時点で、俺たちの関係には終止符が打たれてしまっていた。もう抗いようもないところに来ているのでは。


「爽太君。どうして黙っているの? まさか……」


 俺が虹塚先輩の殺気に気圧されて、いろいろ考え込んでしまっているのを、アリスは誤解してしまっているみたいだ。つまり、虹塚先輩に興味が移ってしまっていて、自分ともう付き合うつもりがないから黙っていると捉えているのだ。


 慌てて訂正しようとしたが、アリスが諦めたような顔をして、右手で俺の言葉を遮った。


「……もういいよ」


「え?」


「もういい。別れよう」


「……!」


 いきなりアリスらしくないネガティブなことを言いだした。焦る俺をよそに、アリスは話し続ける。


「思えば、爽太君と付き合うようになってから、ロクなことが起きていないよね。その内の原因の大部分は、誰かさんの仕業によるものだけどね」


 そんなことはないと口を挟もうとする俺の手を、虹塚先輩が引っ張った。自分の思い通りに事が進みだしているため、笑いを必死にこらえているのも伝わってきた。


「私たち、きっと相性が良くないんだよ。だから、お互いにこれ以上ロクな目に遭わない内に別れようよ」


 アリスの口から、ついにききたくなかった言葉が漏れてしまった。呆然とする俺を、アリスがじっと見つめている。俺からの返事を待っているのだろう。


 俺が黙っていると、虹塚先輩が後ろから抱きついてきた。


「良かったわね。アリスちゃんから前向きな返事が聞けて。後は爽太君が返事をするだけよ……」


 囁くように、返事を促してくる虹塚先輩。俺の背中を一押しするために、抱きついてきたのだろう。


 だが、それでも、俺は最後の言葉が言えないでいた。言える訳がないじゃないか……。


 そんな俺を見透かしたかのように、虹塚先輩が止めの一言を突き刺してきた。


「ねえ、早く別れてよ。私、爽太君には、手を出さないって言ったけど、あんまり焦らされるとおかしくなっちゃうよ……?」


「……!」


 俺を震え上がらせるには、十分な一言だった。さっき放たれた殺気といい、虹塚先輩も、俺の腰が重いことに、だんだんイライラが募りだしている。むしろ、よくここまで我慢していたなという気もする。


「ねえ、爽太君。最後なんだから、しっかり言葉を聞かせてよ」


 アリスからも、返事を促された。虹塚先輩は、抱きつきながらも、予備の注射器を出しているのが音で分かった。俺の返事次第で、使うつもりなのだろう。


「そうだな。別れよう……」


 俺は大きく息をすると、アリスとの関係にピリオドを打つ言葉を漏らした。


 ついに……、言ってしまった……。


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