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第百十三話 さようなら、アリス…… 前編

 間違いとはいえ、俺の方から虹塚先輩にキスをしてしまったため、約束通り、アリスと別れることになってしまった。


 この期に及んでも、俺は乗り気でなく、どうにか約束を反故に出来ないかと思案していたが、それが却って虹塚先輩の闘争心に火をつけてしまうことになった。


 今すぐ虹塚先輩立会いの下で、アリスと別れさせられることになってしまった。強引な気もするが、先輩からすれば、こっちの勝手な都合で約束を踏み倒されかけているので、居ても立ってもいられないのだろう。だからといって、素直に別れ話に応じることも出来ない訳で、それで話がこじれ気味になっているのだ。


「アリスと別れる……ですか?」


「そうよ。そう言う約束だったわよね。今、初めて聞いたような顔をしてとぼけても無駄よ」


 顔は笑っているが、目だけは笑っていない。見様によっては、脅しにかかってきているようにも見えなくはない。


「そういう訳で、今からアリスちゃんと別れちゃいましょうか……」


「急過ぎませんか? 俺は虹塚先輩が許嫁だったと思い出したのも、ついさっきなんですよ? もう少しのんびり……」


「私もそのつもりだったわ。でも、爽太君、私のことを思い出してくれてからも、約束を守ってくれそうにないもの。私としては、不安なのよ。だから、安心させるという意味でも、お願いしたいの」


 俺の反応が薄いことから、虹塚先輩が行動を速めてくることは予想出来ていたが、今からとは……。


「でも、心の準備が……」


「何も不安がることはないのよ。私も一緒に付き添ってあげるから……」


 一見すると、子供に付き添う母親のような慈愛を感じるが、俺とアリスが、共謀して妙なことを計画しないように監視するという目的も垣間見えた。


「そういうことだから、お願いね!」


 渋る俺の手を引いて、虹塚先輩は、もうアリスの元へ発とうとしている。俺がどう出ようが、考え直す気はないようだ。


 こうなっては、俺も手を変えるか……。


「あ、あの……。別れ話なら、俺が一人で済ませてきますよ? アリスって、キレると手が付けられないですから、虹塚先輩も無事じゃ済まないです。殴られるのは、俺だけで十分ですから」


 そこで、アリスにこれまでのことを明かして、今後の対応を練ることにしよう。どっちにせよ、ビンタは避けられないだろうが、それは我慢だ。しかし、こんな浅い作戦では、虹塚先輩を騙せる筈もなかった。


「ん~、そうね。アリスちゃんの性格を考えれば、逆上して襲いかかってくる展開も予想出来なくはないわ。……私も同じことが言えるけどね」


「そうです。ですから……」


「でも、襲ってこられても、私には奥の手があるからねえ……」


 虹塚先輩の目が怪しく光った。ついでに、鞄の中で、注射器の針も、怪しく光った。生物でもないくせに、出番が近いことを察したのかね。


 これまでの経験から、虹塚先輩が何を企んでいるのか、手に取るように分かった俺は、相手が先輩だということも忘れて、掴みかかっていた。


「……アリスの記憶をまた奪うつもりなのかよ」


「その必要があるのならね。手の付けられない相手に、この方法が有効なことは、あの女が証明してくれているわ」


 まるで、人の記憶を、コンピュータのデータくらいにしか思っていないような発言だ。当然、俺の怒りのボルテージはさらに跳ね上がった。


「あんたは……、今まで何人の記憶をそうやって消してきた? 記憶を消すってことは、その人のそれまでの人生を消すということでもあるんだぞ! それを、ちょっと面倒くさい事態になったからといって、簡単に……!」


「穏便に済ませていると言ってほしいわね。それに、記憶を消した方が良い場合もあるでしょ? たとえば、あの女とか……」


 優香のことか。たしかに、記憶がある限り、あいつは、俺を付け狙ってきただろう。それに関しては同意する部分もあるが……。


「アリスちゃんにしたってそうよ。爽太君に捨てられて、惨めな気持ちで生きていくよりも、いっそ記憶を消してあげた方が、彼女のためだと思わないかしら?」


 その言葉を聞いて、俺はプツンときてしまった。


「あんたが元々の原因だろ!!」


 女子の華奢な体を、思い切り掴むと、グイと全体重をかけて突き倒してやった。虹塚先輩はされるがままで、抵抗することなく、地面へと叩きつけられてしまう。


「あっ……!」


 虹塚先輩が地面に倒れ込むのを見て、俺は自分が冷静さを欠いたことをしていたことを自覚して、急速に怒りを鎮めていった。


「痛いわね……」


 てっきり俺を背負い投げした時のように、襲いかかる俺をいなして、地面に向かって放り投げると思っていただけに、この反応は面食らってしまう。


 いや、そんなことよりも、いくら我を忘れていたとはいえ、女子に手を上げるなんて……。


 虹塚先輩の反応以上に、自分のしたことに愕然としてしまう。そんな俺を横目で見ながら、先輩は打った場所をさすりながら、立ち上がった。


「言い過ぎたことは謝るわ。でも、無茶なことをしているという自覚は、私にもあるのよ。それを理解した上でも、あなたのことが好きなの。だから、余計なことはなるべく考えないようにして、非常に徹するようにしているのよ。あなたが、また私から離れていくことがないようにね」


 海で拉致監禁した時も、俺の存在を幸せの象徴といっていたしな。虹塚先輩にとっては、幸せだった少女時代の中で、唯一取り戻せるものなのかもしれない。


「だから、必要とあれば、アリスちゃんの記憶を消すことに何のためらいもないし、それ以外の手荒なこと二だって、躊躇なく手を汚す覚悟は出来ているわ」


「虹塚先輩……」


「それが納得いかないというのなら、今みたいに手を上げてみる? 心配しなくても、私はされるがまま、殴られるままを通すわ。決してやり返したりはしない」


「う……」


 虹塚先輩はずるいな。無抵抗を宣言されてしまったら、もう力に訴えることは出来ないじゃないか。いや……、元々、そんなことをする気はなかったけどね。さっきは、ついやってしまったけど。


「それじゃあ、改めて、別れ話をすることにしましょう。アリスちゃんへの連絡は、爽太君がやっていいわよ」


「……そんなこと、出来ませんよ」


 アリスに対して、これから別れ話をしたいから、ちょっと来いと伝えろ? 無茶ぶりにも程がありますよ、先輩。


「俺……、まだアリスに未練が残っていますから。本音は別れる気ゼロですから……」


 都合の良いことを言っているのは自覚しているが、駄々をこねてでも、アリスと別れるのは避けたい。


「私、自慢じゃないけど、同年代に比べてスタイルは良い方よ。アリスちゃんと抱き合うよりも、気持ち良くなると思うわ」


「スタイルなんて関係ないです……」


「この胸だって、結構自慢なのよ。チャームポイントと言い換えてもいいかしら」


「そんなことは関係ありません」


 胸をわざと寄せて、大きさを強調してくる虹塚先輩の誘惑には目もくれずに、俺はアリスのことを想って唇を噛みしめた。


「俺は体目当てで、アリスと交際している訳じゃないですから、そんなもので、いくら誘惑してきても無駄ですよ」


 虹塚先輩の豊満な体を、そんなもの呼ばわり。並みの女子なら、キレて手を上げてくるところだろう。だが、当の先輩は何故か嬉しそうだ。


「ホッとしたわ。私が発育の良さを強調したところで、目の色を変えていたら、ちょっと幻滅していたかも。でも、爽太君は、まゆ一つ動かさなかった。昔に比べて変わっていないね」


 褒められているようだが、話をまとめると、さっき誘惑してきた時に、鼻の下を伸ばしてすり寄っていたら幻滅されていたということだよな。失敗した。今の俺には、そっちこそがベストな選択肢だったじゃないか。


「でも、だからこそ、あなたが欲しいって、改めて思ったわ」


 こともあろうに、惚れ直させる始末。今日は何をやっても、上手くいかない。


 一方で、闘志を漲らせた目で、虹塚先輩は、自身の携帯電話を取り出した。


「爽太君がごねてくるのは予想の範囲内だから、何の問題もないわ。だから、私が代わりにアリスちゃんに電話してあげるね」


 ちょっと待てと制止する間も置かずに、虹塚先輩は、会話を始めた。アリスが電話に出てしまったのだ。


仕事の都合で、次回の投稿は、8月2日の夜遅くになりそうです。

日付が変わるまでには、投稿したいと考えています。

最近、こんなことばかり言っている気がしますが、ご了承くださいませ。

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