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第百八話 さよならも言わずに、彼女は消えていった 前編

「ここにもいないか……」


 虹塚先輩の教室を訪れてみたが、彼女の姿はない。もう授業が始まる時間だから、戻っていてもいいのにだ。


 中庭や屋上はもちろんのこと、虹塚先輩が立ち寄りそうな場所は、思いつく限り探したが、彼女を見つけるには至らなかった。携帯電話にかけても、電源を切っているみたいで、通話不能……。


 昨日まで、ちょっとぼんやりしているところがあるけど、良い先輩だった虹塚先輩の様子は、すっかりおかしくなってしまった。きっかけが俺のキスだということは分かるが、あの変わり様は信じられない。それも、優香のように別の人格が現れたというものでもない。元々、ああいう性格だったのを今まで隠していたが、俺とのキスをきっかけに止めたという感じだ。


 約束だの、アリスと別れるだの、妙なことを言いだしたのだ。まるで訳が分からず、最初は困惑していたが、今は心当たりが全くないという訳でもない。


 そんな虹塚先輩は、用事が出来たので、それを済ませてくると言って、俺の前から一旦姿を消した。彼女との一件が、これで決着がついたとは思っていないので、放っておいても、また俺の前には姿を現すだろう。


 しかし、用事というのが、何か物騒なことじゃないかという気がしてならないのだ。もしそうなら、体を張ってでも止めないといけない。いや、もう背負い投げを見舞われているから、体は張っているんだがね。とにかく、虹塚先輩を探しているのだが、一向に見つからないのだ。


「どこに行っちゃったんだよ、先輩……」


 授業の開始を告げるベルが鳴り終わり、みんな各自の教室へと入ってしまい、廊下はすっかり無人となっていた。学校のどこかにいるのは間違いないと思うのだが、行き先に見当がつかない。


 さっき気付いたことだが、虹塚先輩は気配を消すのが異様に上手い。もし、先輩の近くに行っても、気配を消されたら見つけられないよな。ていうか、何回かニアピンしているんじゃないのか?


 これだけ探しても見つからなかったことで、どうも諦めが生じ始めていた。その時、制服のポケットの中で、携帯電話が振動した。


 木下からメールが届いたのだった。虹塚先輩からかもしれないと、一瞬、期待してしまったじゃないか。中途半端に期待させやがって、どんな用件だ?


『ど~こ、ほっつき歩いているんだ? 始業のベルはとっくに鳴っているんだぜ? ま~さ~か~、学校に来ているのに、授業をサボる気じゃないだろうなあ?』


 お前に言われなくって、分かっているよ。俺だって、好きでサボっている訳じゃない。だが、それどころではないのだ。


「次は食堂でも探してみるか? 他に考えられるのは、女子トイレや、女子更衣室だが、入れないしなあ」


 木下に返信するのは見送ることにして、次にどこを探そうか思いを巡らす。……と、その矢先、またも木下からメールが送信されてきた。ていうか、感覚が短い。俺が返信しないと決めたのを見切ったのか?


 そうだとしても、しつこいな。返事を出さないくらいで、連続で送信してきやがって。お前は構ってちゃんか!


『アリスも寂しそうにしているぞ~? 知っているか、アリスとウサギは寂しいと死んじゃうんだぞ~?』


「そんな訳があるかっ!」


 いや、でも、アリスなら……。いやいや、あり得る訳がないだろ。


 木下に同調しそうになったが、慌てて否定する。仮にそうだとしても、アリスは自分から会いに来るタイプだ。死ぬまで大人しく待つなどあり得ない。


 ん? アリス?


 木下のアホな文面にツッコミを入れていると、俺の脳内に鋭い電流が走った。


 そうだ……。アリスだ!


 虹塚先輩の言う用事が何なのか、分かった気がする。いや、詳細までは分からないが、先輩が次に姿を現す場所に見当がついた。


 虹塚先輩は、俺と付き合いたがっているようだから、現在付き合っているアリスが、何よりも邪魔な筈だ。それなら、俺から交際を申し込まれるために、アリスにちょっかいを出す可能性はゼロではない。


 確実とは言えないが、このまま当てずっぽうで虹塚先輩を探すよりも効率は良いし、授業にも出られるので、俺の出席日数も安泰だ。そう考え、俺は踵を返して、自分の教室へと足を向けたのだった。


 教室に着くと、授業が開始してから、もう五分以上経つというのに、教師はまだ来ていなかった。説教をされるのはごめんだったので、運が良い。あまり褒められたことではないが、悠々と自分の席に向かうことにした。


 俺に授業に出るように促した木下は、ドヤ顔で合図を送ってきたが、ウザったかったので、顔を背けながら返してやった。


 席に着くと、近くの席のアリスに話しかける。


「よお……」


「よおじゃないわよ。このままサボるんじゃないかと、心配したんだからね。出席日数がそろそろ不味いって、自覚しなさい!」


「ははは……。ごめんな」


 厳しい口調だったが、アリスに異常は見られない。何も危害は加えられていないようだった。


 でも、まだ安心は出来ないんだよな。これから虹塚先輩が何かしてくる可能性もあるし、一応注意を促しておくか。


「あのな、アリス……」


「あ、ほら、先生が来たみたいよ。怒られるから、私語は慎んでね」


「はい……」


 アリスと重要な話をしたいのに、タイミング悪く、教師が教室へと入ってきた。アリスは完全に授業モードで、俺の話に耳を傾けてくれそうにないし、仕方がない。続きは授業が終わってからにしよう。


 授業は、平和そのものだった。教師の口から語られる日本の歴史の朗読が、あまりにも眠気を喚起させるので、睡魔を相手にする方が、むしろ大変なくらいだった。


 結局、授業中に虹塚先輩は現れることはなかった。いくら何でも、これだけ人が大勢いる中でやってくる訳もないか。


 出来れば、このままアリスと一緒にいたかったが、生憎次の時間は体育で、女子とは別行動になってしまうのだった。虹塚先輩が来るかもしれないというのも、憶測に過ぎず、無理を言って、アリスに授業を休ませるのも忍びない。


 せめて別れ際に、「アリスは可愛いから、ストーカーなどに注意するように」と、アホな台詞で注意を促した。


「爽太君に言われるまでもなく、外出中は常に周りに気を配るようにしているわよ。私がここ最近、どんな素敵な体験をしたのか、忘れた訳じゃないでしょ? しかも、爽太君自身も昨日まで危険な目に遭っていたのよ。そんな状況じゃ、とてもぼんやりなんて、出来ないわよ」


 そう言って、鞄から強烈な電流を発することで有名な護身具をチラリと見せてくれた。準備が万端なことを認識しつつも、あまり頼りにされていないことに、ちょっぴりショックも感じた。


「そりゃ、そうだな」


 記憶を失ったり、糞ガキに嵌められそうになったり、俺と交際したばっかりに、ろくな目に遭っていないものな。俺に言われるまでもなく、行動には注意せざるを得ないか。言われてみると、我ながら、今更なことを言ったものだ。


 アリスが教室から出ていくと、俺はため息をついた。結局、虹塚先輩の用事って、何だったんだろうか。急ぎ足で、俺の前から消えていったが、もう済ませているのかね。


 気にはなったが、コンタクトを取れない以上、気が進まないが、授業に出た方が良いんだろうか。


 とりあえず炭酸飲料でも飲んで気持ちを紛らわせるかと、教室を出たところで、アカリと遭遇した。本日二度目だ。今日はやけにアカリと縁があるな。プリントを運ぶのを手伝った時の件があるので、いつもの調子とはいかなかったが、右手を上げて、声をかけた。


「え?」


 声をかけた際に、変なことをしていない筈だが、何故か驚かれてしまった。そんな急に声をかけたつもりはないんだけどな。


「あ〜、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど……」


 軽い調子で謝るが、アカリは緊張した表情を崩さない。さっきはいきなり声をかけたから驚いたのかと思っていたが、改めて見返すと、まるで初めて声をかけられたかのような顔だ。


 これはひょっとしてさっきの件が尾を引いているのか? いや、どっちかというと、アカリの方が乗り気だったし、避けられることはない筈だ。


「あれ? どうかした?」


 おかしいなと思いつつも、苦笑いしながら聞き返すが、アカリは硬い表情のままだ。ここまでくると、本気で心配になってきた。まるで初対面の人に馴れ馴れしく話しかけられているみたいじゃないか。


「お〜い、アカリ〜!」


 反応に乏しいアカリに手を焼いていると、向こうから手を振ってくる女子がいた。あいつは確かアカリの親友のゆり。


「あ、爽太君。久しぶり〜。元気してた〜?」


「ああ、ぼちぼちな」


 良かった。ゆりは、俺のことを覚えてくれていたみたいだ……。もしかしたら、ゆりにまで忘れられている気がしてしまったのだが、そっちの方が杞憂に終わってくれた。


「ていうか、よく見たら、お似合いの二人が楽しげに話しているところじゃないですか。私、ひょっとしてお邪魔?」


「俺とアカリは、そういう関係じゃないから」


 久しぶりに茶化されたな。以前はアリスに誤解されたらどうするんだって、半ば本気で否定していたが、今日はそうでもない。このやり取りに慣れてきたのかね。


 しかし、この和やかな空気は、アカリの一言によって、ぶち壊しにされた。


「ゆり……、何を言っているの?」


「……はい?」


 アカリをいじったのに、本人からは本気で怪訝そうに見つめられてしまい、ゆりの笑顔も凍り付く。俺もドキリとしてしまう。


「私と爽太君、カップルでもなければ、知り合いでもないんだよ。いきなりそんなことを言われたら、爽太君が気を悪くするでしょ?」


 崖から突き落とされるような衝撃を受けた。これまでカップルでもないのに、何度も図々しくもすり寄ってきたアカリの口から、まさかの知り合いですらない宣言。俺だけでなく、ゆりも絶句していた。


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