第百二話 割れた思い出は、ペアで癒しましょう
「お義兄さ~ん! 美少女と、おまけ一名がやってきましたぜ~!」
「美少女がアリスで、おまけがお前で合っているんだよな?」
「はっはっは! お義兄さんってば、久しぶりに私と会えるからって、照れ隠していますね? お義兄さん、実はツンデレだったりして!」
さっきまで強行突破を図っていたアリスとアキが、窓ガラスを叩いて、こっちに呼びかけている。さっきまでの猟奇的な一面は、すっかり鳴りを潜めている。いつものアリスとアキがそこにいた。俺は、二人に向かって、開いているから入ってきて大丈夫だと告げる。
「お邪魔しま~すって……、わあ、真っ暗! ……ねえ、お義兄さん。女性を二人も招待しようって言うんですから、あらかじめ電気くらいつけておくのが、最低限の礼儀ってもんじゃないですかね」
そんなことは、お前に指摘されるまでもなく知っているよ。にも関わらず、室内が真っ暗なのは、優香と揉み合った際に、蛍光灯が破壊されたことで、電気が再起不能になってしまったからなんだよ。
「ふう……、この文明の時代に、電気一つもまともにつけられないなんて、お義兄さんは昭和趣味にでも目覚めたんですかい?」
「回りくどい言い方は止めて、ハッキリ言えよ。「蛍光灯の替えも常備していないのか。この貧乏が!」ってな!!」
「じゃあ……」
「あ……、やっぱり駄目だ。お前から言われると、苛立ちのあまり、怒りのコントロールが出来なくなる。アリスからならまだしも、お前から言われるのはごめんだ!」
「む~! 何か差別されています~! じゃあ、お姉ちゃんに思う存分言ってもらって……」
「私に、そんな趣味はないから」
とにかく真っ暗では互いの顔も認識出来ないので、携帯アプリの懐中電灯を起動して、辺りを照らした。次の瞬間、俺と共にあらわになった室内の様子に、二人共仲良く絶句した。
「うわ……。こりゃひどいですね……」
「……本当に荒れているのね。いえ、疑っていた訳じゃないけど、ここまでひどいなんて。まるで嵐が過ぎ去った後のようだわ」
「ていうか、手当たりしだいに破壊の限りを尽くしているじゃないですか。襲撃してきたやつは、どれだけお義兄さんに恨みを抱いているんですか?」
俺の襲撃者に襲われたという、真っ赤な嘘を、すっかり信じ込んでしまっているアキが唖然としながらも心配してきてくれた。
「爽太君自身は大丈夫なの? さっきまで気を失っていたのよね? 部屋がここまで荒らされるんだから、爽太君が無事だとも思えないんだけど」
「ああ、俺は大丈夫。当たりどころが良かったみたいで、実はほとんど無傷なんだ」
アリスを心配させたくなかったので、つい強がってしまった。だが、そんなうわべだけの嘘は通用しなかった。俺の元に歩み寄ってくると、俺の肩や胸を強く掴みだした。さっき優香に殴られたばかりのところを強く握られてしまってはたまらない。耐え切れずに、声を漏れてしまっていた。
「無傷ねえ……」
「すいません。嘘をついていました。本当は、何か所か殴られました」
俺が素直に怪我の具合を述べると、アリスからは、ため息をついて呆れられた。この暗がりでは、応急手当くらいしか出来ないから、後日、病院で診てもらうことを約束させられたのでした。
「お姉ちゃんは、お義兄さんのことは、何でもお見通しなのね。こんな感じで、浮気もばれちゃうんですね」
「いや、浮気しないから」
最後の一言が、殊の外余計だったぞ、アキ。
「それにしても、ひどいっすね。どう壊せばここまでやれるのか教えてほしいくらいですよ」
正解を言うと、うっかり屋さんが、急いで鍵を探すと、こういう結果になる。きっと虹塚先輩も、赤面しながら、ベッド下でアキの話に耳を傾けているに違いない。俺も、チクるつもりは一切ない。
「うっかりガラスの破片を踏んじゃうと怪我をするから、靴は履いたまま、上がらせてもらうね」
「ああ、俺も念のために靴を履いておくか」
自分の部屋で靴を履くというのは、変な気もしたが、部屋中にガラス片が飛び散っている状況では致し方あるまい。
「とりあえずコーヒーでも飲むか?」
「淹れてもらいたいのは山々だけど、コーヒーを注ぐカップまでも粉々になっているわよね」
「あ、ばれた?」
今の俺は、客にお茶一つ満足に出せない状態なんだな。わずかに気落ちする俺をよそに、アリスたちは、部屋の様子を興味深そうに調べていた。そんなに念入りに調べられると、虹塚先輩と優香が見つかってしまいそうなので、ほどほどのところで切り上げてほしいと、内心ではかなりやきもきしていた。
優香の入っているキャリーケースは、ピクリとも動かない。虹塚先輩の薬が効いているみたいだな。あの先輩に、そんな知識があったことは意外だが、良い感じで助けられている。
「でも、こんなにひどいことをしたやつに、本当に心当たりはないんですか?」
「ああ、見たこともないやつでな……」
深く突っ込まれたくなかったので、こういうことにさせてもらっている。優香の問題に、あまりアリスたちを関わらせたくないというのも、詳しく説明しない理由の一つだ。
「ここまでされるほどの恨みを持たれておきながら、相手のことを知らないと? お義兄さんも、案外人をおちょくっているところがありますね~」
「放っておけ」
お前に心配されるまでもなく、部屋を荒らした人のことはちゃんと知っているさ。その人が、決して部屋を壊すつもりじゃなかったことも知っている。大体、人を馬鹿にすることにかけては、お前に及ぶ人間を俺は知らない。
「まるで廃墟に肝試しにでも来ているみたいな気もするわね。どこかから、悪霊とかが顔を出しそうだわ」
「ははは! この有り様とはいえ、ここは俺の部屋だぜ? 幽霊なんか出ないことは誰よりもよく知っているよ!」
などと豪快に笑い飛ばしつつも、虹塚先輩がベッド下から幽霊の真似をして飛び出したがっているのを、気配で感じとった俺は、かなりドキドキしていたりしたのだ。
「この部屋を修理するとなると、かなりの金が必要になりますね~」
「それを言うな」
部屋を一通り調べ終えたアキが、真っ先に吐いた遠慮のない言葉。それは、俺にとって、かなりデリケートな問題だった。必死になって忘れようとしていたのに、思い出してしまうことになり、俺は涙目。
「本当は、壊したやつに弁償させるのが一番なんだけどね。どこの誰かも分からないんでしょ?」
曖昧に返事をしたが、本当はどこの誰かは分かっているが、代金を請求するのが気が進まないだけなんだよな。俺を助けようとした末の破壊行為だから。この事態の元凶ともいえる優香は、破壊には、あまり関わっていないから、こっちも請求しづらい。……なんて、やはり俺は甘いことを言っている気がするな。
「な、何も一か月で、一気に直す必要はないんだ。毎月、ほんの少しずつでいいから、着実に修理していくんだ。そうすれば、無理なく部屋を元通りに出来る……」
「ああ、無理無理。お義兄さんのことだから、修復作業が終わるより前に、また新たなトラブルに見舞われるのがオチです。そして、また別の個所の修復作業が必要になり、延々と終わらず、修理代ばかりがかさんでいくのでした……」
「不吉な未来予想は止めろ!」
何か本気で、そう言うことになってしまいそうな気がしてしまい、つい声を荒げて否定してしまった。対するアキは、俺の動揺を、ニヤニヤと楽しそうに見つめていたのが、また腹立たしい。
「とにかく! 元気出しなさいよ。くよくよしていたって、何も変わらないわ」
「アリスの言う通りだ。この程度のことで、俺は屈したりなんかしない!」
持つべきものは、優しい彼女だ。修理代のことで、打ちのめされそうになっている俺を、優しく励ましてくれた。
「どこかに食べに行きましょうよ。家がこんな様子でなければ、美味しいものを作ってあげたいんだけど、そこは我慢してね」
「お! いいっすね。私、焼肉が食べたいです。お義兄さんの奢りで」
「金はないという旨の話はした筈だぞ?」
「あと、コーヒーカップくらいは、新しいのを買ってきましょうよ。お勧めは、私とのペアカップなんだけど……」
「アリス……」
やはり持つべきものは彼女だ。俺はもう我慢できなくなり、アリスを抱きしめると、そのまま熱いキスをした。傍らでは、アキが居心地悪そうな笑顔で誤魔化していたが、構うものか。
どうにか本日中の投稿に間に合いました……。