第百一話 嘘と、誤解と、架空の強盗
優香の拘束から無事に脱出することが出来たので、まだ玄関ドアからの強行突破を試みているアリスたちを止めようと声を上げた。
「俺だ! 今こっちから会いに行くから、玄関を破壊するのを止めろ! おい、聞こえているか?」
玄関ドアから止めるように呼びかけるが、耳栓でもつけているのか、全く中断する気配がない。まだボリュームが足りないというのか。
「お~い!! もう大丈夫だから! 物騒な音はもう立てなくていいんだぞ~!!」
「え? その声は、爽太君?」
玄関ドアの前。もしタイミングが悪く、ドアがぶち抜かれていたら、鈍器が顔に直撃するほどの近距離から、渾身の叫びを上げると、ようやく外のアリスたちに俺の声が聞こえた。俺の声が届くと、すぐにアリスたちは破壊行為……ではなく、強行突破を注視してくれた。
「はあ、はあ……。ようやく聞こえたか……。病み上がりの体に、大声の連呼はきつい……」
「病み上がりって……、お義兄さん、病気で寝込んでいたんですかい!?」
「いや……、病み上がりという表現はおかしかったな。病気ではないんだ。でも、本調子でもない」
強制的に寝転がらざるを得ない状況だったので、知らない人が見たら、病人にも見えたかもな。
「話を聞く限り、旅に出ていたんじゃなかったんですね。はあ……、これでお土産もパー……」
不謹慎極まりない声が漏れ聞こえてきた。怒鳴ってやろうと思ったが、俺と同じ怒りを抱いてくれていたアリスが、不埒な脳天を強打する音が聞こえてきたので、まあ良しとしよう。
「やっぱり部屋にいたのね。どうして玄関が閉鎖されているの? まさか……、誰かに監禁されていたとか?」
「ああ! ちょっと事情があって、すぐに返事が出来なかったんだ。でも、もう大丈夫だ。だから、玄関は破壊しないでくれ!」
「ねえ、これはどういうことなの? しばらく顔を見ないかと思ったら、変なメールは送られて来るし、玄関には鎖で封鎖されているし……。何があったのか、説明してよ!」
アリスは現状の説明を要求してきた。そりゃそうだよな。明らかに異常事態だ。俺も、アリスの立場だったら、同じように質問を連発していただろう。
「実は……」
話し始めようとしたところで、背後で伸びている優香の姿をチラ見してしまった。もし、俺がここであったことを正確に伝えたら、優香は警察に逮捕されるだろう。それだけのことをしたので、手錠がかけられることになるのは仕方のないことなのだが、自分でもよく分からないことに、変な情が沸いてしまったみたいだ。
「何者かに襲撃されてしまってな。そいつは、部屋を荒らすだけ荒らして帰っていった。すぐに返事をしなかったのは、さっきまで気絶していたからなんだ。玄関ドアが開かなくなっているのは、恐らく俺が逃げられないようにするためだろう」
咄嗟に出てきたのが、優香を擁護する言葉だった。どうしてこんなことをしたのか問いただされても、おそらくうまい言葉は出てこないだろう。あれだけのことをされて、うやむやで済ませようとしているんだから、俺もまだまだ甘いな。
「襲撃って……。強盗? 気絶!? 怪我はどれくらいなの? 自分の足で、ちゃんと立ち上がれるの?」
俺の説明を聞いて、余計に心配したアリスが、矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。今にも泣き出しそうな頼りない声で……、いや、本当は泣いていたのかもしれない。声が震えていたから。彼女の声に耳を傾けながら、心配をかけたことと、小さな嘘をついてしまったことを内心で詫びた。
その後も、アリスからは、本当に大丈夫なのかと何度も聞かれたが、その度に問題ないと宥めた。
「その強盗に心当たりはないの?」
「いや……、顔は隠していたから、人物の特定は出来ないな。知らない内に、人から恨みを持たれていたのかな、ハハハ……」
話が妙な方向にずれてきているな。まあ、襲撃染みたことをされたのは事実か。
「お義兄さん……」
それまで聞き役に回っていたアキが、おもむろに声を出してきた。顔は見えないが、きっとこいつも心配していたんだろうな。わざわざここまで足を運んでくれた優しさに、心を温めていると、いきなり犯人を言い当てる名探偵のような口調で突っ込まれた。
「わざとらし過ぎですよ……」
「へ!?」
アキにも「心配をかけてありがとう」と謝ろうとしたところで、いきなり非難の声を浴びせられてしまった。さっきまで二人からは、俺を心配する声のみがかけられていたので、ただただ驚いた。
「こっちが呼びかけている時には、何の反応もなかったのに、いざ強行突破を始めた途端に、止めに来るなんて。しかも、今まで声を出せなかったと言い訳をするなんて、いくらなんでもわざとらし過ぎます。そんなあからさまな嘘じゃ、お姉ちゃんはともかく、私は騙されませんぜ?」
「私はともかくって、どう言う意味よ!」
「アリス、落ち着け。アキも変な言いがかりは点けるな。俺はお前たちのことを、騙してなんかいないから!」
いきなり問い詰められてしまい、声が上ずってしまったが、根も葉もないことだ。まるで、俺がアリスたちを騙しているような口調だが、さっきまで本当に危ない事態にいた身としては、心外も甚だしい。
「大体、どうして俺が、お前たちを騙さなきゃいけないんだよ。俺にとって、何のメリットもないだろ!」
これで、「あ、確かに……」と折れてくれれば、濡れ衣は晴れるのだが、アキはさらに突っかかってきた。
「これは女の勘ってやつなんですが、女を部屋に連れ込んでますな!」
「は!?」
「それも同棲状態に突入していますね。だから、私たちに急に上がられると困るんで、玄関ドアに鎖をかけてまで、侵入を拒んでいた。違いますか?」
「な、な……」
「え? そ、そうなの!?」
いきなり何を根も葉もないことを……。と言いたいが、ムカつくことに、事実だ。浮気ではないが、この部屋には、女子が二人いる。しかも、その内の一人とは、本当に同棲紛いのことまでしている。向こうから勝手に押しかけて居座っただけなのだが、それをこの空気の中で二人が信用してくれる可能性は希薄だった。
「どうなんですか! 私の推理が間違っているのなら、はっきりと否定してもらいましょうかね!」
「と、当然だろ! 俺の言ったことに嘘はない! この部屋には、今俺一人だ。女なんていない!!」
大声で嘘を宣言してしまった。あまり良くない冷や汗をかきながら振り返ると、虹塚先輩も、「やっちゃったね……」という顔をして、俺を見ている。
「あ、あの……。何かすいませんでした」
アリスたちとの会話を、一時中断して、小声で虹塚先輩に謝罪する。何度となく危機を救ってくれたのに、俺が不用意なことを口走ってしまったばかりに窮地に追い込まれてしまったのだ。
「これから外の二人を中に入れるのよね。その時、私たちは、またベッド下に隠れればいいのかしら」
ちょっとご機嫌斜めの虹塚先輩が、俺に問いかけてきた。命の恩人をそう何度もベッドの下に追いやるのは、俺としても本意ではない。
「虹塚先輩。この場は俺が引き受けますので、優香をキャリーケースに入れて、そこの窓ガラスから、こっそりと外に脱出してもらえませんか? 外の二人と別れたら、俺もすぐに後を追いますから。そうですね、駅前のファーストフード店で落ち合うというのはどうですか?」
どっちみち先輩の手を煩わせることになってしまうが、男の部屋のベッド下よりはずいぶんマシの筈だ。心苦しい限りだが、新たな危機が到来してしまった以上、ここは頭を下げてお願いするしかない。
虹塚先輩は、無茶なお願いにも関わらず、渋々ながらも応じてくれたが、その必要性はすぐに消えた。アキがまたも余計なことを思い出したからだ。
「あ! 思い出しました。確かお兄さんの部屋って、反対側の窓ガラスからも入れますよ」
「……」
アキのやつ……。よりにもよって、このタイミングで思い出しやがって……。今、思い出すくらいなら、どうして優香と揉み合っている時に思い出さない……。
室内の状況を知った上で、からかっているんじゃないかと邪推してしまうくらいのドンピシャぶりだ。
「そうだったわ。私ったら、どうしてそのことを忘れていたのかしら。爽太君、そういう訳だから、これから窓ガラス経由で、そっちに向かうね」
「ああ……」
上手い言葉が見つからず、窓ガラスからの入室を許可するしかない、不甲斐ない俺。ロボットのようなぎこちない動きで、虹塚先輩を見ると、優香をキャリーケースに入れて、自らはベッド下に潜り込んでいるところだった。先輩、本当にすいません~!
仕事のため、次回の投稿は、21日の夜遅くになりそうです。
日付が変わる頃までには、投稿したいとは思っていますので、
気長にお待ちくださいませ。