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第百話 限りなく不透明な、自由

 俺が拘束されている部屋に、彼女のアリスと、その妹のアキが、強行潜入を開始した。迎え撃つかと思われた優香だが、あっさりと不利を認めて、俺をキャリーケースに詰め込んで、別の場所へと移動すると言い出した。


 俺の意識を奪ってからキャリーケースに詰め込もうとする優香は、俺に襲いかかってきたのだ。全て頭部を狙った攻撃を、どうにか肩や胸で受けながら躱す俺。だが、こっちは鎖で拘束されていて、体の自由などほとんどない。


 状況は次第に……、というか、最初から俺の圧倒的に不利な展開だった。優香は、俺をノックアウトすればいいのに対して、俺は向こうが諦めるまで凌ぐしかない。それしか勝利条件がない中での、絶望的なもぐら叩きが続いた。


 もう駄目かと思っていたら、アリスたちより先に部屋への侵入に成功した虹塚先輩が、俺を攻撃するのに夢中になっている優香を後ろから強打してくれたのだ。


「ぐ……!」


 呻き声と共に、その場に力なく倒れる。しばらく立ち上がって、優香の様子を窺っていたが、本当に気を失っているのを確認して、虹塚先輩と共に安堵の息を吐いた。


「に、虹塚先輩……。このご恩は決して忘れません……」


「わ、私のことを……、忘れてもらっちゃ……、困るわね……」


 格好良く決めているのだが、視線が定まっていない。冷や汗も堪えずに流れていて、気丈に振る舞おうとしているのは感じるものの、動揺がにじみ出ていた。


 本当は怖くて仕方がないのを堪えて、俺を助けるために、相当無理をしてくれたんだな。ありがとう、先輩……。


 俺は本当に大~きな深呼吸を何回も繰り返していると、ようやく気持ちが落ち着いてきた。さっきまでは、修羅場の舞台でしかなかった室内も、徐々に落ち着ける我が家へと戻ってきた。


「爽太君。早めに鍵を外しちゃいなさいな」


「あ、そうですね」


 あんなに自由の身になりたかったのに、いろいろドタバタしたせいで、忘れていた。鍵も手元にあるんだし、妨害する存在は、今は意識がない。さっさと自由になってしまおう。


 俺を拘束している、忌々しい鎖を、虹塚先輩が見つけてくれた鍵を使って外す。ガチャリと気持ちの良い音がして、鍵が開いた。あとは手を縛っているのを外すだけだが、これがまた手間取った。きつく縛られていたため、解くのには思ったより時間を費やすことになったが、無事に自由の身になれた。


 久しぶりに自分の足で立つと、手足をぐるぐる回して感触を確かめながら、虹塚先輩に再びお礼を言った。


「助かりました……」


「うふふ……。鍵を探す過程で、迷惑をかけちゃったけどね」


 食器棚の惨状には目を向けないようにして、無理やり作った笑顔で応えた。あれのことは、しばらく記憶の隅にでも追いやるとしよう。


「何を……、ホッとしているの……?」


 床にどっかり座って、深呼吸でも使用可と思っているところに、早くも目覚めた優香が、俺を睨みながら立ち上がろうとしていた。


「優香……」


「爽太君は、私とここから逃げて、お父さんの別荘で楽しく暮らすんだから……」


 まだやる気だ。この執念を、他の分野に向ければ、きっと大成するだろうに、方向を間違っていることが悔やまれる。


「誰にも邪魔させない! 私と一緒に来て! 爽太君!!」


 再びトンカチを振り上げてくるが、こっちも自由の身だ。今度は振り下ろそうとする優香の手を掴んで制止した。手を掴まれても尚、優香はトンカチを俺に振り下ろそうともがいていて、ちょっとした取っ組み合いの様相を呈していた。


「いい加減に……、しろっ!!」


 もう一方の手で、優香の手からトンカチを払ってやった。凶器がないだけで、危険度は大分下がるからな。払われたトンカチは、宙を舞って、電球を直撃した。部屋がほぼ真っ暗になってしまったが、優香は俺が掴んだままだ。


「もう諦めて帰れ。今なら、その窓ガラスから、誰の目にも止まらずに、去ることが出来る。今回のことは水に流すから、もう止めるんだ」


「嫌!!」


 出来ることなら、これ以上事態を荒げることなく、穏便に済ませたいのだが、優香は退いてくれない。


「なあ、頼むよ。俺も、警察沙汰にはしたくないんだ……!」


「嫌!!」


 聞き分けがない。もう少しで、アリスたちも部屋になだれ込んできそうだし、そうなれば誤魔化しきれない。こうなると、もう覚悟を決めるしかないのか……。


 不本意ながらも、心を鬼にして接することを苦慮していると、虹塚先輩が優香に後ろから抱きついた。何をしているのかと思ったら、薬品が染み込んでいると思われるガーゼで、優香の口を抑えていたのだ。


 虹塚先輩の登場に、優香はさらに暴れ回った。俺が彼女から手を離すと、絶対に虹塚先輩に掴みかかると思ったので、女子相手とはいえ、全力で彼女を抑え込んだ。


「う~~!!」


 口にガーゼを当てられていたので、何を言っているのかは聞き取れなかったが、おそらく恨み言の類だろう。俺には向けたことのない、恐ろしい形相で虹塚先輩を睨むと、意識を失っていった。


「はあ、はあ……。そのガーゼは、何です?」


「うふふ……。ただのガーゼよ。ほんの少し、睡眠薬が仕込まれているけどね」


 どうして睡眠薬やガーゼを持っているのか。ここには、販売の途中で、偶然立ち寄っただけですよね。


「どうしてそんな物騒なものを常備しているのかは、詳しく問いません。とにかく、また助けていただいてありがとうございます」


 虹塚先輩への借りが、どんどん貯まっていくな。ちゃんと返しきれるのか、不安になってきたよ。


「安くしておくわよ」


「いや……、部屋の修理代で、首が回らない状況なので……」


 この期に及んで、まだ商売に精を出す当たりはさすがだと思うが、マジで金がないので、勘弁してください。いや、現時点ではあるんですが、これから、大量放出することになるんですよ……。


「でも、意識を失う時、虹塚先輩のことをすごく睨んでいましたよね。まるで親の仇を見るような目で」


 恩人に対して、失礼なことを言ったのだが、虹塚先輩は気を悪くすることもなく、穏やかな口調で応対してくれた。


「この子にしてみれば、親の敵に匹敵するほど、憎かったんでしょうね。自分から、愛する人を取り上げようとしていたんですから」


「愛する人……」


 その言葉に、思わずゾクリトしてしまったが、その通りなんだよな。やり方は完全に間違っていたがね。


 ただ……。


「どうかしたのかしら? まだ納得できないことがあるの?」


「いえ……」


 気のせいだと思うのだが、優香が意識を失う直前。一瞬だけガーゼが口から離れた瞬間があったのだ。その時に、こんなことを口走っていたような気がするのだ。


「また私から奪うのか……」


 虹塚先輩をじっと見るが、相変わらず虫も殺さないような顔でニコニコしていた。まあ、この笑顔の裏で、優香を背後から強打したり、物騒なものを隠し持ったりしているんだけど……。


 あと、それとは別に、何かがおかしいんだよな。どうも腑に落ちないというか……。何か重大なことを見落としているというか……。


「爽太君。きっと疲れているのよ。自分の部屋で危険な目に遭って、神経が昂ぶっているんだわ」


「そんなものですかねえ」


 何となく上手く言いくるめられている気もするが、疲れているの事実だし、休養だって必要だろう。と、その時、玄関ドアから大きな音がまた聞こえてきた。


 そういえば、アリスたちのことをすっかり忘れていたっけ。音からして、まだ玄関を破壊出来ていないようだ。


「とりあえず彼女たちを止めてきます。今ならドアの破壊を食い止められるかもしれない」


「あまり期待は出来ないけどね」


 虹塚先輩と苦笑いした後、アリスたちに向かって、止めるように叫びながら、俺は玄関ドアへと向かった。


今回で百話目ですね。だからといって、

特別なことを用意している訳ではないですが……。

この調子で、次は二百話を目指すと言いたいところですが、

この作品の残りを考えると、それは無理そうですねwww

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