第九話 穏やかな日曜日に、恋の炎が燃え上がる
話の都合上、知り合ったばかりの女子と、次の日曜日に遊びに行くことになってしまった。俺はあまり気が進まなかったが、アリスが行きたいというので、不本意ながら行くことにした。
「あ、あの……、私、7組の安曇アカリと言います。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ……」
昨日、俺にしたのと同じ挨拶をアリスにしている。アリスもアリスで、無視すればいいのに、律儀に挨拶を返している。お互い初対面のせいか、どちらもぎこちない。
でも、気が合ったのか、アリスとアカリはあっという間に打ち解けていた。そんなアカリを、アリスに聞こえないようにボリュームに注意しながら、ゆりが諌める。俺には聞こえてきたけどね。
「仲良くなってどうするのよ。あの子が誰だか分かっているの? これからあんたが彼氏を奪い取って、奈落の底に突き落とすことになるかわいそうな子なのよ。情けをかけてもらってどうするの!」
「そ、そうか……」
さっきまでのはしゃぎようはどこへやら……。一転して、申し訳なさそうな顔で、アリスを見ていた。ゆりも、俺にじっと見られているのに気付くと、顔を赤らめて咳払いして誤魔化していた。
「あ、ごめんね。私ったら、はしたない。こっちの話だから、気にしないで❤」
いや、そんなことより、俺に目論見がばれたことを気にすべきだと思う。俺に気があると思っていたが、やはりそういうことか。
謎の許嫁”X”の相手だけでも大変なのに、余計なトラブルの種を、追加で抱えてしまった。今更になって、アカリとうっかり関係を持ってしまった自分の迂闊さを呪うが、時すでに遅し。
それからアカリは、俺のところにちょくちょく来るようになった。その度に、適当に対応して、追い返すようにしているが、その姿は否応なしに周囲の目に入っていった。当然、俺とアカリの仲が深まっているとの誤解が広まっていく。
だんだんお似合いのカップルだという噂まで聞こえてくるようになったのが面白くない。この噂は当然、アリスの耳にも入っている筈だ。心中穏やかではないだろうに、話していても、彼女は気にしていないような素振りだ。激怒してくれる方がまだありがたい。これはこれで、心に突き刺さるものがあるんだよな。
時間は流れて、約束の日曜日。待ち合わせ場所の公園で、遅れることもなく、順調に集合した。アリスの格好はいつみても和む。ただ記憶を失う前に比べて、どことなく大人しくなっている気がした。
アカリはというと、全体的にピンク色で統一された服装だった。本人曰くふわふわをコンセプトに整えてきたらしい。服のセンスはアリスに次いで良い。もう一人、ゆりについては、特に記載しなくても良いだろう。
早い話が四人の服装に問題はないということだが、ゆりはアカリの服装について気に食わないらしく、早速食ってかかっていた。
「アカリ。何よ、その服装は?」
「何って、いつも私が着ている服だよ。百合も何回か見たことあるよね」
「そういうことを言っているんじゃないわよ。胸元を露出したやつを着て来いって言ったわよね」
「え~! 無理だよ~。私、そういう肌を露出するの苦手なんだから……」
「苦手だろうが何だろうがやるのよ。あんたがアリスちゃんより圧倒的に勝っているのは胸なのよ。そこを突かなくてどうするのよ」
嫌がるアカリを叱りつけるように、ゆりが大きな声で怒鳴っている。もっとボリュームを落とさないとひそひそ話にならないよ。おかげで、何を相談しているのか、こっちには丸聞こえだし。ていうか、周囲に人がいる状態で、過激な話をするのは避けてほしい。俺とアリスまで変な目で見られてしまうではないか。
「仮に胸元を露出してきたところで、俺には通用しないけどね」
ボソリと呟くと、アリスが驚いたように俺を見てきた。他のやつなら、いざ知らず、アリスにまで驚かれたのはショックだな。ひょっとしなくても、俺が胸の大きな女性が好きだと思っていたってことだよね。だいたい胸目当てだったら、アリスと付き合ってないだろうに。
しばらく言い争っていた二人だけど、やがてお互いの言いたいことを言い終えたのか、口喧嘩は収まっていった。険悪な雰囲気になっていなかったことには、人知れずホッとした。案外、これがこの二人の日常で、いちいちドキドキして見守る必要はないのかもしれない。
「で? どこに行く?」
集まったはいいけど、どこに行くのかはまだ決めていないんだよな。オーソドックスに言うなら、映画かカラオケだけど。
あまり観たい映画が上映されていないので、カラオケかなとぼんやり考えていると、ゆりから提案があった。
「ゲームセンターに行きましょうよ。最近、新しいクレーンゲームが出てさ。アカリが取ってほしい景品があるんだって!」
「え? 私、特に欲しいものなんてないけど……」
「話を合わせなさい!」
俺におねだりして、景品を取らせて、気を引く作戦らしい。小賢しい作戦を練ってきたようだけど、いちいち筒抜けになってくれるので、こちらとして対処しやすい。
だんだん、この二人の掛け合いは聞いていて和むようになってきた。空回りしているのに、駄目なりに頑張っているところとか、個人的には好きだ。
「アリス。ゲームセンターでいいか? 他に行きたいところがあれば、そっちに合わせるけど」
俺は、冷や汗をかきながらアカリとゆりの掛け合いを見ているアリスに微笑みかけた。
「ゲームセンターで良いよ。特に行きたい場所はないし」
「そっか。クレーンゲームで可愛いぬいぐるみを取ってあげるから、期待していてね」
「あ、ありがとう……」
俺とアリスの会話は、他の二人にも聞こえたらしく、内輪揉めを中断して、こっちの話に耳を傾けていた。
「で、出来れば、アカリにも取ってほしいんだけどな……」
「つ、付け入る隙がないです。これが愛し合う二人なんでしょうか……」
「そこに強引に割り込むつもりで、今日は来たんでしょ? 弱気になってどうするのよ」
諦めムードになるアカリを、ゆりが叱咤する。
「ほら! ターゲットにどんどんアタックしていく。魅力なら、あんたが勝っているんだから、体をくっつけるようにして、男心をくすぐって、良い仲になるのよ」
ターゲットというのは俺のことか。人のことをずいぶんな呼び名で言ってくれるな。悪いけど、作戦通りにはいかせないよ。
俺は周囲の目などお構いなしに、アリスの手を握った。いきなりだったので、アリスは驚いていたが、だんだん頬が赤くなっていく。
「はぐれると不味いからね」
涼しい顔で弁解したけど、アリスとの間に良い雰囲気が流れていく。
一方で、アカリがさりげなく体を寄せようとしてくるのを、サラリとかわす。俺が相手にするのは、アリスだけ。そして、何食わぬ顔で語りかける。
「じゃあ、行こうか。ここで立ちっぱなしも何だしね」
「え、ええ……」
俺の態度にたじろぎつつも、移動し始めた。この調子で、素っ気ない態度を取り続けて、俺のことを諦めてもらうことにしよう。酷かもしれないけど、アカリの愛を受け入れるつもりがないのなら、思わせぶりな態度を取るのは、向こうにも失礼だ。
ただ、ゆりは動じていなかった。
「ふ~ん……。鉄壁のガードと言われるのも無理はないわね。まあ、いいわ。想定の範囲内だし、こうなれば攻め方を少し変えるだけよ」
ゆりの目が怪しく光るのに、俺は気付かなかった。
ゲームセンターに着くと、まずクレーンゲームのところに行った。ガラスケースの中に収められた、数多くの景品の中に、いかにもアリスが好みそうな猫のぬいぐるみを見つけた。
「アリス、あれを取って……」
「私が取るわ。アリスちゃんとのお近づきの印にね!」
俺が取ろうとしていたら、ゆりが、自分が取ると言い出した。さっき漏れ聞こえた作戦通りなら、アカリにおねだりさせてくる筈だ。俺に聞かれてしまったから、作戦を変更したんだろうか。
半ば強引に、ゆりがお金を投入して、クレーンの操作を始めた。目くじらを立てて抗議するのも何なので、ひとまず大人しく見守ることにした。自分から誘っただけあって、ゆりのゲームの腕はなかなかのもので、一発で俺が狙っていた猫のぬいぐるみをゲットしてしまった。そして、驚くべきことに、それをアリスにプレゼントしてしまったのだ。
「はい、これ。アリスちゃん、猫グッズ好きだよね」
「うん、よく知っているね。というか、私がもらっていいの?」
「もちろんよ。私は散々取っているし、クレーンゲームをやることに喜びを感じているから、景品は得にいいの。だから、アリスちゃんにもらってほしいのね」
さっきまで目の敵にしていたアリスに、急に恭しく接しだした。アカリに付きっ切りだったのに、今は彼女を放置している。
アカリを見ると、放置プレイで、どう話したらいいのか途方に暮れたような顔をしていた。
珍しいこともあるものだと、あまり気にしていなかったが、この後もゆりは、アリスにどんどん話しかけて、急激に仲良くなっていくのだった。
あれれ? 親友と俺をくっつける作戦はもういいのか?
腑に落ちないものはあったけど、アリスに危害が加わる訳でないのなら大丈夫かと、とりあえず経過を観察することにした。