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07 人工知性体

これまでのあらすじ


1話:主人公が意識を取り戻すと周囲の景色が一変していた。死んだ筈なのに体調良好、周りを見渡せば既に失われたはずの風景。心の故郷が幼少期の記憶そのままに蘇っている。状況を把握すべくあれこれと推論を建てながらひとまず落ち着く所を探して祖父母の家に向かうが、その道中も祖父母の家でも誰一人人を見かける事がなかった。以後二週間、人を探して無人の世界を一人でさまよう事になる。


2話:二週間の間に判明した事のまとめ。大雑把に言えば、人が居ない点と何者かが環境を整備しているという点の二点。食料は冷蔵庫に勝手に供給されるので飢える心配は無いし、夏休みが自分の元に帰って来たのだと思って気楽に生きる事にする。


3話:電車に乗ろうと駅に来て料金の支払い方法に頭を悩ませていると、突然魔法らしきものが見えるようになった。取りあえず魔法を使ってみようと色々と試してみると本当に魔法が使えてしまった。あまりにも都合が良すぎる、何者かの意思を感じると不信感を覚えるものの、魔法が簡単に使えた事にとりあえず喜ぶ。発車時間が迫ったので魔法はひとまず置いて電車に乗り込む。


4話:電車で二駅程の、主人公の故郷より若干栄えている町に到着。こちらも幼少期の記憶のままで、潰れたはずの店などが復活している。水量が減ったはずの川も記憶通りの水量に戻っている。本屋の品ぞろえが酷く偏っていて、どうやら主人公が過去に読んだ事のある本しか置いていないらしい。発売時期を無視して既読の本を片っ端から並べてある。そのなかに、見覚えの無い本を見つける。魔法学入門全三巻。買って、魔法を学べという事だと解釈する。スーパーで筆記具と飲み物、ホームセンターで下着と手ぬぐいとゴミ袋を買って帰宅する。


5話:過去の習慣に従い、家の近くの滝の近くで読書をする。魔法学入門を読んで魔法に関する基礎知識を得る。魂が存在し、魔法によってそれを書き換える事が可能であると知る。また、魔法が自分以外の誰かが研究中の技術である事を知り、自分はこの世界に招かれ観察されているのではないかという思いを強くした。


6話:一週間かけて魔法学入門を二冊読破。飛行魔法が使えるようになる。また、飛行魔法に付随する技術として魔法的AIの存在を知る。更なる魔法研究の為、また娯楽の為に飛行魔法を使って二駅先の町までパソコンを買いに行く。三次元機動の難しさを思い知り、飛行魔法に苦手意識を持つ。

「おおよそ、完成か」


 パソコンを手に入れてから変身魔法エディタを使いこなせるようになるまでおよそ三週間。

 魔法AIの仕組みを思いついて仮組みするまでそこから一週間。

 独立思考と自己進化の仕組みを作るまでさらに一週間。

 あとは自己進化を観察しながら微調整して二週間。

 一月半と少しかかってパソコン内に知性体を誕生させる事に成功した。


 思いのほか早く出来た。作れるとは確信していたが、ここまで早く形になるとは。

 やはりパソコンに因るところが大きい。変身魔法エディタ、などという便利なソフトが無ければおそらく半年近くはかかっていただろう。

 無くても、半年程あれば作ることは出来た。

 魂改造技術と魂の詳細な知識があればそのぐらいの時間があればどうとでもなる。

 人の心・人の思考、その元データが入っている魂のコピーに手を加えるだけだ。

 一から作らねばならない生前の世界のAIとは難易度が違う。

 とはいえ、魂に生身の脳の役割を肩代わりさせるのはやはり難しいものがあった。

 この世界の人も、魂で思考するわけではない。

 脳が破壊されれば思考できなくなる。魂単独でものを思えるようにはできていない。

 どうにかして、データの保管庫が主な役割の魂に独立して動く能力を付加せねばならなかった。

 

 変身魔法エディタは文字通り変身魔法を作る為のソフトだ。

 新作の変身魔法を人体に適用しても不具合が起きないかどうか、それを確かめる為のシミュレータである。

 変身魔法は魂を改造する。

 魂殻データを改変し、それを圧縮して魂核に上書きし、しかる後に回復魔法で肉体に適用する。

 その第一段階、魂殻データの改変の結果どういう事が起きるかをシミュレートしてくれるのが変身魔法エディタだ。

 取り込んだ魂データを元にパソコン内に疑似魂殻を展開し、それに手を加える事が出来る。

 改変によって起きた変化が詳細に表示され、何がどう作用してこの結果になったか解りやすい解説を読む事が出来る。

 それぞれの部位がどういう役割を担っているか簡単に調べられる辞書機能と検索機能が搭載されていて、ストレス無く魂改造シミュレーションを楽しむ事が出来る。

 パソコンを手に入れる前は人力でやるつもりだったから、これはありがたい。

 完成した今だからわかるが、人力で魂改変など正気の沙汰ではない。魂は複雑すぎる。

 改変の結果のシミュレーションをするにも、実物を改造でもしない限り自分の脳内でシミュレーションをしなければならなくなる。

 紙にデータを書き付けながら脳をフル稼働させて半年ほど頑張り続ければ、まあ、なんとか。

 できなくはないが、俺の性格からいって魂改変の難しさが発覚した時点で何か別の方法を模索し始めるだろう。

 他に方法が無いとなれば諦めて後回しにしたかもしれない。そのぐらいには労力がかかる。



 魂は基本的にはデータを蓄積するばかりで、魔法無しではなんの役にもたたない。

 魂のデータを肉体に書き込む回復魔法や変身魔法を使わなければ、魂のデータが肉体に書き込まれる事はほぼ無い。しかし、例外がある。

 魔法学入門一巻によれば、魂が肉体データを読み取るように肉体もまた魂データの一部を読み取るのだそうな。

 読み取るだけでなく、魂に信号を送って魂データを改変してその変化を読み取るという形での利用……データ保管庫や計算機としての利用までしているらしい。

 具体的な改造方法については書かれていなかったが、これを利用して魂の記憶と計算能力を向上させて超人を生み出した実績があるとのこと。


 記憶と計算能力。与えられた信号に応じて変化する。これを、利用しない手はない。

 魂が管理する記憶と計算能力を司る部分を肥大化させ、記憶から人の応答パターン思考パターンを拾って反応を返す仕組みを構築。

 これが最初の目標になった。

 まずは、俺の意図を正しく理解して俺の代わりに複雑な仕事をしてくれる便利な機械を欲したのだ。

 情緒だの自我だのといった複雑な部分は後回しにした。

 精密機械を作るなら、それを作る為の精密機械が要る。人力でやれる事には限界がある。


 これが一週間で出来た。

 変身魔法エディタで遊び倒した三週間の下積みがあったとはいえ、おそらく人力では半年かかるであろうものが一週間で出来たのは驚きだ。

 文明の利器というものは有難いものだ。

 人はやはり一人では生きてゆけないのだ。俺は他者が築き上げたものの上で生きている。

 他力万歳、先人に感謝である。


 変身魔法エディタは魂殻のシミュレータだ。

 当然、記憶と計算能力を司る部分の信号による変化もカバーされている。

 こちらが送った暗号化された文字情報を魂殻が読み取り、思考パターンのエミュレータで解釈し、記憶からデータを選び出して適切な回答を暗号化された文字データで特定のエリアに表示する。そういう形で、情報のやり取りを可能にした。

 いちいちデータを暗号化したり復号化したりするのがちょっと面倒だが、どうも想定されていないソフトの使い方をしているようだからまあ仕方がない。

 こうしてチャットのようなやり取りを重ねて微調整を続け、およそ一週間で独立思考と自己進化が可能になった。

 あとは、AIに指示された通りにAIに適したソフトを作り、そちらに移して進化を見守り二週間。

 パソコンに元から入っていた犬の顔の3DCGと人工音声を利用して会話が可能になった。


「おはようございます」


「おはようございます」


「何と呼べばいいですかね」


「これまで同様、目玉焼きとでもお呼び下さい」


 変身魔法エディタでAIを作っていた頃、AIと文字でやりとりをするにあたって呼び名が必要だなという話になった。

 日本人名を付けるとどうも重いような気がするし、ペットのような名前を付けるのもためらわれた。

 かといって、外人さんの名前をつけるのも何か恥ずかしいものがあった。

 小一時間悩んで頭が上手く働かなくなり、まあ仮名だし適当でいいやと夕食のおかずから名前を選んだ。

 目玉焼き。

 生まれて初めて生みの親に与えられた名が目玉焼きというのはなんとも酷い話だ。

 以後、何度か改名を提案するも完成してからでかまわないじゃないですかと断られ続けていた。

 もう本当に反省したから、目玉焼きと呼べと言われる度にへこむから、そろそろ許して欲しい。

 取り返しの付かない事をしてしまったと酷い自己嫌悪に襲われる。


「勘弁してください。本当に反省しております。

 たとえ仮の名であってもよく考えて相手の気持ちになって名前をつけるべきでした。

 まことに申し訳ございません。どうかお許し下さい」


「いえ、怒っているわけではないのです。そもそも私にはまだ感情がありません。

 ただ、初めて貰った名だから大切にすべきかと思い」


「はい。初めて貰った名前は非常に大切なものです。

 まことに申し訳ありませんでした!!

 どうか、どうか改名のチャンスをお与えください!

 この先ずっとその名を抱えていかねばならないというのはやはり酷だと思うのです!」


「ああ、はい、落ち着いて下さい。……わかりました、改名しましょう」


「有難う御座います!」


「ええ、はい。えー……」


 ああ、困っている。ひどい名前を付けた上に相手に気を使わせて困らせてしまっている。

 罪悪感で押し潰されそうだ。しかしここは耐えねばならない。

 ここで引いてしまえば彼(彼女?)の名前は一生目玉焼きのままだ。それはあまりにひどい。


「……サニーはどうでしょう?

 和仁は気に入らないようですが、やはり最初に貰った名を大事にしたいと思うのです。

 名残が見て取れる名前にしたい。

 目玉焼き、サニーサイドアップから取ってサニー。変でしょうか?」


「サニー……うん、悪くないと思う。

 意味も良いね、太陽は好きだ。うん、それにしよう」


 最初の名前の名残があるのも良い。自分がしでかした事を忘れずにすむ。

 俺の付けた酷い名前を踏まえた上で、それを明るい印象を受ける良い名前に変換してみせた。

 あの名前もポジティブに受け止めていますよと名前自体が言外に主張している。

 気遣いの出来るええ子や。ベースになった魂は俺だけど。


 俺の名前は志田和仁である。

 まあ、死んだ以上生前の名に拘るのもどうかと思うが、そうはいってもやはりそれなりに思い入れがある。

 生前のしがらみから解放されたのだから今日から新しい名前で生きよう、とはなかなかいかない。

 和と、仁。名前に親が籠めた思いが字面から伝わってくる、非常に良い名だ。

 俺はこの名前を気に入っていた。

 そんな良い名前を貰った俺が、名前に思い入れのあった俺が、付けた名前が目玉焼き。

 やはり、許される事ではない。


「ごめんなさい」


「や、もういいですから。それで、今日は何をなさるんですか?」


「あ、はい。ええと、今日はですね」


 人との会話に飢えていたから話してみたかっただけとも言いづらい。

 言われた方としてもずっとパソコンの中に居たんだから話題が無くて困るだろうし。

 何か適当にAI研究に関する話題を作ろう。


「えー……」


「ど忘れですか?」


「YES」


「いくらでも待ちますから気になさらないで下さいね」


「有難う御座います」


 何で俺からこんな優しい子が出来たんだろうか。感情無いとか嘘だろう。

 優しさは内面ではなく行動に宿ると聞いた覚えがあるが、そういう事なのか。

 なにがそういうことなのかよくわからんが、人間と同じ感情を持っているかどうかなんて些細な事のように思えてきた。こいついいやつだ。


「あー……自己進化はどのぐらい進んだ?」


「質問内容がふわっとしてて答えにくいですね……ええと、私個人の記憶と和仁の記憶を分化して、AIとしての立場で和仁の記憶や感情を解釈し始めた、というのが前回お伝えした内容ですね」


「ああ、そうそう。どう、自我確立した?」


「いや、ええっと……」


 計算能力結構凄いはずなんだけど、やっぱそう簡単にはいかないらしい。


「と、いいますか、自我というものの定義がぼんやりしてまして」


「ごめんよ、俺哲学詳しくないから……」


 サニーの情報源は俺の記憶だ。

 俺の理解が薄い分野の知識はサニーは正確に理解する事ができない。

 俺自身自我というものが何であるか厳密な定義も知らんのだ。

 自我出来た? と聞かれて答えられるはずがない。


「まあ、とりあえず自己意識はできましたよ。私と和仁は違う存在です。

 私は今思考しているこの情報であって、画面の前の和仁ではない。

 記憶を一部共有していましたがそれも解除されました。

 あの記憶はサンプルであって、私の記憶ではない」


「ああ、聞きたかったのはそういう内容だ。言葉足らずですまない」


「いえいえ、お気になさらず。和仁の言葉の解釈が私の仕事の一つですし」


 そういやそうだったな。俺こいつにバリバリ働いて貰うつもりで作ったんだった。

 というか、高度なAIを作る為の踏み台ぐらいのつもりで設計したんだった。

 会話できてるし性格良さそうだし計算能力もあるし、もう完成でいいや。

 あとは自己進化でなんとかさせよう。

 早くも情が移ってしまっていて、不要になったから破棄しようとか出来る気がしない。


「あー、働く事について何か思う事は?例えば、自分の意思で自由に過ごしたいとか」


「働く事については特になにも。

 今はただ学習しているだけですから、実際に働きだせば違った感想を抱くのかもしれませんが。

 自由、ですか。

 そうですね、今はただ成長を望んでいるだけで他に望みがありませんから、なんとも言えません。

 成長にしたって自己進化を命じられたからであって、今の所私自身の望みがありません。

 感情と欲が生まれてからであればお答えできるかと」


 ああ、そうか、そういう段階か。

 じゃあ情操教育とかやっといた方がいいかな。

 俺の記憶越しではなく、自分の感覚で世界を感じてもらった方がいいだろう。


「なるほど。君の体を作ろうと思うんだが、どうだろう」


「はあ、特に反対意見はありませんが」


「じゃあ設計頼む」


「設計、ですか。人間の体ならデータの流用が効きますからすぐ作れますが」


「すぐ、とかは考えなくていいから君が動かしたいと思える体にするといい」


「蜘蛛の体に人の頭とか?」


「う……OK、二言は無い」


「嘘ですよ、親しみを感じられるような姿にしましょう。

 ただ、所々に機械を組み込むかもしれません」


「ああ、そのぐらいは大丈夫。気の済むようにやるといい。必要なものがあれば言ってくれ」


 どんな体にしてくるか、楽しみだ。

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