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04 本

 山陽町に到着し、運賃箱に運賃を投入する。

 直後、投入した金額と同額の小銭がすぐ近くの両替機から出てきた。

 硬貨がたてる音に驚いて体勢を崩し、頭をぶつけてしまった。

 酷い事をするものだ。急に音をたてるのはビックリするからやめてほしい。


 運賃箱と両替機の間には多少の距離があり、どうみても繋がっていない。

 ワープ……いやいや、両替機に蓄えられていた小銭を投入金額にあわせて排出しただけだろう。

 まあ、そのへんの仕組みを深く考えても仕方がない。

 考えるべきはその意図だ。

 投入金額と同じ額出てきたという事は、返金のつもりなのだろう。

 運賃は不要との意思表示ととれる。

 が、両替機の小銭を取らずそのまま電車を後にする。

 無賃乗車はやはり心理的に抵抗がある。

 こちらの行動をおそらく監視しているのだろうから、俺の手持ちの金が少なくなれば向こうが何か考えるだろう。

 どうにもならず金が尽きたらその時また考えよう。

 祖母の家で水と食料は手に入る。

 そちらが仕様変更されなければ、金が無くともとりあえず生活は出来る。

 祖母の家の物を使うのと、無賃乗車や窃盗はまた別だ。

 生前の世界での有料施設はちゃんと金を払って利用したい。


 さて、山陽町だ。

 期待を裏切らず、潰れてしまったはずの店や建物が復活している。

 懐かしい。何より嬉しいのが、川の水量が増えている事だ。

 駅からスーパーに向かう途中に三百メートル近い長さの橋がある。

 その下を流れるのが山陽川だ。台風の時期などには幅二百メートル近い大河となるが、普段は幅二十メートル程の二本の川に分かれている。

 俺の幼い頃は水量が少ない時期でも幅六十メートル程はあったと思うのだが、河口に堆積した土砂を取り除く作業が行われたあたりから水量が減ってしまった。

 他にもなにか工事をしたのかもしれないし、単に俺の記憶が間違っているのかもしれない。

 どちらにせよ、水量が妙に少なく感じて寂しく思っていたのは確かだ。

 それが、幼い頃の記憶に近い水量に戻っている。

 川幅は百五十メートル近くあるだろうか。

 流れの速さと水深の深さを見るに、橋から飛び込めば確実に死ねるだろう。

 それだけの水量でありながら、濁りが全く見られない。

 大いに美化されてしまっていたはずの、俺の思い出の中にある山陽川そのままだ。

 素晴らしい仕事だ。再現班には心からの賞賛を送りたい。

 この一事で以て、説明も無くこの世界に放り込まれた事を許してしまいそうになる。この川を眺めるだけの生活で最低三日は潰せる。


 橋の上から川を眺める事しばし。

 我に返り、山陽町に来た目的を達するためにスーパーに向かう。

 山陽町を見て回るのも目的の一つだが、まあこの町で思い入れがあるのは店と川と田畑ぐらいなものだ。

 用水路付近で虫捕りをしたこともあったから、帰りにそのあたりも見て帰るかな。

 なんにせよ、駅からスーパーまでの道沿いに思い出の場所が集中している。

 スーパーへ移動しながら横目で眺めて行けば良い。

 買い物の為に来る町だったから、いつも通る道がだいたい同じなのだ。

 ちょっと外れると見知らぬ土地だ。そこに思い入れは無い。


 鳶の声を聴きながらのんびり歩く事十五分程。橋を渡り終えて本屋に到着する。

 最後に見た時はここはコンビニになっていた。

 潰れた時期を考えると、多分通販にとどめを刺されたんだろう。

 これといった思い出があるわけではないが、この店は橋の終点にほど近い位置にある為、橋を渡る度視界に入る。

 その見慣れた風景が変わってしまったのだから、潰れたと知った時は少し寂しく思った。


 まずは本屋だ。家での暇つぶし用に一冊だけ本を買おう。

 三、四冊買いたいが、金がない。筆記具が買えなくなる。

 家にある帳面や鉛筆を消費したくないから、今日は筆記具を買って帰らねばならない。無駄遣いはできない。

 夜が、暇なのだ。

 携帯もこの世界に来るとき無くしたし、パソコンなんて婆ちゃんの家には無い。テレビもこの世界では一つも映らない。

 ゲーム機は初期の携帯ゲーム機が見つかったが、二日ほどで飽きた。

 さんざやり込んだソフトばかりであるから新鮮味に欠ける。

 充電できず電池を消費するというのもつらい。電池を買う金が惜しい。

 となれば、本だ。本が読みたい。


 本屋に入る。

 中は冷房が効いていて中々涼しい。炎天下帽子も被らず水も飲まず歩き通しだ、この涼しさは有難い。

 ただ、飲み物はスーパーまで我慢だ。自販機の飲み物は高い。

 やはり、店員は居ない。東稜町だけでなく、山陽町も同じらしい。

 まあ、わかっていた事だ。

 しかしこの世界はどこまで広がっているのか。東稜町を出ればあるいは、と思ったのだが。日本全土をカバーしていたりするのだろうか。そしてそこに人間は一人も無し、と。流石に寂しいような気がしてきた。

 まあ店員がいなくてもカウンターに代金置いていけばいいやと気を取り直して本を見て回る。

 懐かしい本がいっぱいある。

 絶版になったような漫画や雑誌がずらりと並んでいる。出版時期がバラバラだ。

 どれもこれも読んだ事のあるものばかり。途中までしか読んでいなかった本を開いて見ると、俺が読み終えたページから先が白紙になっている。


「俺の記憶を参照してこの世界は作られている。ここまでは確定か」


 まあ、今更ではあるが。


 俺が読んだ事が無い本は背表紙だけまねても中身が白紙になるから、幼児の頃に読んだ絵本まで引っ張り出して棚を埋めたようだ。買うだけ買って読まずに積んでいた本も並んでいない。


「なんらかの理由で、俺の記憶にない現実世界の書籍情報を入手できない?」


 この世界の創造主は、現実世界との接点を俺の記憶以外に持っていないのかもしれない。できない、ではなく、しないだけかもしれないが。

 まあ、いい。今は本を探そう。

 読んだことのある本をまた金を出して買うというのもなんだし、せめて内容をすっかり忘れているようなものでも見つからないか。


「ん」


 辞書かと思って見逃していたが、同じ背表紙の読んだ覚えの無い本が三冊あった。日本語で魔法学入門とある。


「読め、と」


 虚空に向かって聞いてみるが、返事は無い。

 掌の上で踊らされているようで少々不快だったが、まあ暇つぶしにはなるだろう。

 立場の差は明白であるし、反発しても仕方がない。

 裏には一円と書いたシールが貼ってあった。魔法学の本は全て一円だったので全冊買う。家で落ち着いて読もう。

 押入れからリュックサックを見つけ出して持ってきたのは正解だった。

 店員が居ないからレジ袋も貰えない。

 三冊の本を袋も無しに持ち歩くのはつらい。

 リュックにどうにか収納できたが、もう他の物があまり入らない。

 しかも本の角が背中に当たって痛い。


 スーパーで筆記具と飲み物を買う。合計千円強。この頃の物価はもう少し高かったような気がするが、はっきり思い出せないしまあどうでもいいか。

 問題は、消費税だ。

 この時期の店ならまず外税だろうが、はて5%だろうか3%だろうか。念のため5%の方で計算しておこう。

 レジを通さないのはどうかと思ったが、レジ打ちの経験がなくどうすれば良いかわからなかったので、カウンターに金を置いて去る事にした。またもレジ袋が無い。次は手提げ袋も持ってこよう。

 ホームセンターで下着と手ぬぐいとゴミ袋を買い、帰宅の途についた。

 スーパーとホームセンターで購入したものはゴミ袋に入れて持ち帰る事にした。この頃のゴミ袋は真っ黒だ。見栄えが悪いが仕方ない。

 帰りの運賃を払えばあと電車二往復分しか金がない。

 金の問題を解決しないとしばらくはここに来れないなと、後ろ髪を引かれる思いで山陽町を去った。

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