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03 色眼鏡

「これは、やはり明晰夢か何かか」


 一度は否定した可能性であるが、再検討する必要がでてきた。

 あるいはSF的な何かなのだろうか。いや、ファンタジーという線もある。

 フィルターを一枚噛ませたような普段とは趣の異なる世界を眺めつつ、冷静になろうと必死にな


っていた。



 この世界は元の世界ではない。

 充分解っていたはずではあるが、視界が大きく変容するというのは大変な衝撃だ。

 思考が空転するばかりで時間だけが過ぎて行く。

 世界に無数の線が見えた。

 色とりどりで線の太さも長さもまちまちな、やや直線が多いものの軌道も一定でない無数の線が


 その線の持つ意味が、何故だか解ってしまう。

 あの線は街灯の、この線の束は電車の制御に関わる線だ。

 あの形状は一定時間での再読み込みを示していて、あの明滅は時刻による条件設定、あの太さは


この緑の線との関係を示している。

 プログラム的ななにか。

 高度な機械なのだろうか。あるいは魔法かなにかか。生物、という可能性もある。

 そもそも、解るというのがおかしい。

 色合いや形状が何を示しているかが直観的に解るのだ。何故だ。


 いざ電車に乗らんと駅まで来て、無人の駅に停まっている電車を観察しながらさて運賃はどうす


ればいいのかと思案を始めた途端、視界がうっすらと朱色に染まり、世界に線が現れた。

 ちょっと訳がわからない。





「やはり、何かの意思を感じる」


 第六感に目覚めたとか、そういう意味では無い。

 状況が作為的であるという意味だ。

 生前から、魔法は大好きなのである。

 心の故郷に、他人が一切居ない状態で放り込まれて、そのうえ魔法チックな何かまで用意されて


いる。

 その魔法的な何かはただ見ただけで解析できて、おそらく改変ができる。できそうな、雰囲気が


ある。


 都合が良すぎる。

 誰も人が居ないという点を除けば、俺にとって嬉しい事しか起きていない。

 人が居ないという点に関しても、一部の例外を除いた他人との関わりが苦痛であったし、死後の


世界であると考えれば家族との別離も然程抵抗なく受け入れられる。

 誰かが環境を整えた、と考えるのが妥当。

 その誰かが、自分なのか他人なのかは解らない。

 自身の願望を受けて、意思の無い何かが自動的に機械的に調整したとも考えられる。



「と、とりあえずは……」


 眼前にある一本の線を触ってみる。

 世界考察なぞ後回しだ。目の前に魔法的な何かがある。関わらないという選択肢など、あろうは


ずもない。


 スカッ。そんな音が聞こえそうな程、何の手ごたえも無く手が空を切った。


「ああ、やっぱ実体は無いのか。体の方は……異常、無し、かな」


 特に考えなしに感情の赴くままに触れてはみたものの、危険性に思い当り不安になる。

 電気的なものが流れたり、ベッタリくっついて離れなくなったり、噛みつかれる可能性も無くは


なかった。

 触れた部分だけではなく体中をざっと調べ、異常らしい異常が見当たらず安堵する。

 とりあえずこの目の前の一本は触れて害のあるものではなさそうだ。

 少なくとも即効性はないように思う。


「俺にも出せたりするのかな、よし、ちょっと試してみよう」


 いやに説明的なセリフになってしまい羞恥で顔が熱くなる。

 魔法の練習などというものは漫画の必殺技を練習するのに似た恥ずかしさがある。

 まして、この作為的な状況だ。誰かに監視されている可能性がある。

 格好よくポーズを決めてみたり、座禅を組んで瞑想してみたり、そんなことをなんの照れも無く


できる程羞恥心が薄くは無い。

 ちょっと試してみるだけですよ、本気でやっていませんよ、と俺を監視しているかもしれない誰


かに向けてアピールしてしまったのは無理からぬことと言えた。

 余計に恥ずかしい思いをしたが、それで吹っ切れた。


「つっても何をすりゃ出るのかね。

 呪文とかなにかポーズとっ……くうぅをああぁっ何か出たぁチキショウ」


 思わず情けない声を出してしまった。恥ずかしい。

 目をつぶってみたり開いてみたり、掌に意識を集中してみたり呼吸法を変えてみたり、色々試し


ながらも恥ずかしさから独り言を続けていると前方に向けた掌から何か出てきた。

 出てきた、というのは正確ではないか。

 何か出ているような感覚があったからちょっと捻ってみたら、光る糸のようなものになった。

 加工品は見えても原料は見えない、どうもそういう種類のものらしい。

 先程から眼前にある線、おそらく街灯の制御に関わっている線か、それを意識しながら捻ったか


らか全く同じ物が掌の先に出来ている。


「ほー、見たものそのままイメージすりゃコピペできるのか。こりゃ簡単そうだ。」


 思いのほかハードルが低く、気分が良くなる。

 俺は面白い事は好きだが、地道な積み重ねが苦手だ。

 ただ真っ直ぐ竹刀を振り下ろす、それが出来るようになるまで何ヶ月もかかるとか、そういった


事はちょっとやりたくない。

 基本はいいから応用がやりたい。

 ようするにどこにでも居るちょっと駄目なタイプの人だ。

 たとえ大好きな魔法でもハードルが高ければ諦めていたかもしれない。


 気分を良くし、見える範囲にある魔法を構成している線を片っ端からまねて作る。

 作るだけでは効果が出ないようだ。

 線の原料になっている魔力っぽいものを線に供給すると、線から読み取れる意味通りに効果が現


れる。

 なるほど、面白い。

 線を暫定的に魔法線と呼び、魔力っぽいものを魔力と呼ぶ事にした。

 魔力などと口に出すのは恥ずかしいが、オリジナルの呼び名を考えるのは更に恥ずかしい。

 既存の言葉をそのまま使うか、見たままの名称を使うに限る。


 片っ端から作りはしたが、意識をそらすとすぐに消えてしまう。

 作ったものを持ち運びできれば便利だと思ったがそうもいかないらしい。

 電車や街灯に使われている魔法は消える様子が無いが、おそらく消えないように固定する技法が


あるのだろう。


 作れるのはわかった。わかったが、現物を前にしないとうまく作れない。

 こういう機能の糸、とイメージするだけで出来る程には簡単でもないらしい。

 構造の簡単なものは繰り返し作る内に暗記してしまってイメージが定着していたからか、現物を


見なくとも作る事が出来た。

 このことから、自在に魔法を使うには機能と外見の組み合わせを暗記する必要があると思われる


 外見……色と明るさ、太さに軌道、明滅頻度。

 この組み合わせを覚えなくてはならない。

 俺は記憶力が悪い。

 とりあえず筆記具を入手しよう。覚えるのはその後だ。

 意識を切り替えると薄ら朱色に染まっていた視界が元に戻った。

 どうやら、onとoffの切り替えができるらしい。

 色眼鏡をかけた様な視界でずっと暮らすのは嫌だったから助かった。

 せっかくの故郷の青い空を堪能できなくなるのは勘弁願いたい。


 ここにきた目的を思い出した。電車に乗るのだ。

 そういえば運賃の問題は解決していない。どうすれば良いか。

 記憶によれば、確か乗車時に整理券を取り、下車する際に運賃箱に金を投入する形式だったはず


だ。

 一応往復分の金は財布に入っているから大丈夫だろう。

 十往復分ぐらいしか財布に入ってないし、デビッドカードも銀行のキャッシュカードも財布に入


れてないからちょっと懐が寂しい。

 収入を得る手段を確保せねば電車もバスも気軽に使えんし、物も買えない。どうしたものか。


 電車の中で待つこと数分、電車が動き出した。

 俺が乗ればすぐに出るというわけでもなく、時間通りに出発するようになっているらしい。

 そういえば観察した魔法にも時間の情報が書き込まれていた。

 この駅は終点だから停車時間が長い。

 でなければ魔法に熱中しているうちに置いて行かれてしまっていた。

 電車は一時間に一本ぐらいしか無いから、これを逃すのは痛い。

 早めに来ておいてよかった。


 電車で向かうのは、祖父母の家のある東稜町より多少都会寄りの町、山陽町だ。

 ショッピングセンターと食品スーパーの中間、いや、本物の都会基準で言えば小規模な食品スー


パーの範疇に入る店がある。

 そのすぐ近くにホームセンターとドラッグストアがあるので、この辺りで買い物をするならそこ


が一番便利が良い。

 電車で二駅、十五分程の乗車時間になるだろう。

 あの町に向かうのもこの電車に乗るのも、一体何年振りだろう。

 潰れてしまった本屋は、スパゲッティの分量が無闇に多い洋食屋は、昔のままの姿で俺を迎えて


くれるだろうか。少し、楽しみだ。

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