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18 初恋

 家に帰ったら初恋の人が居た。何がなんだかわからない。いや、わかると言えばわかるが、混乱している。初恋の人を五年ぶりぐらいに目にしたとなれば、まあちょっと思考が鈍る。それも自分の家に突然現れたとなればなおさらだ。中身は十中八九サニーだろうが、そう思っていても冷静さを取り戻す事ができない。なかなかの衝撃だった。


「サニー」

「は、はい」

「息を吸ってー」

「へ?」

「吐いてー」

「あ、はい」

「深呼吸。まずは落ち着こう」

「わかりました」


 しばし、二人で深呼吸をする。何をするにもまずは落ち着かねば話にならない。


「よし、だいたい落ち着いた」

「はい。取り乱してすみません」

「いや、こちらこそ。で、その姿は」

「和仁の初恋の人です」

「ですね」


 まあ、そりゃそうだ。他人の空似ではあるまい。


「あー、俺にとって結構大事な人……つってもまあ思い出の人ってだけなんだけど、まあ大事な思い出だから、その姿になるのはちょっとよして貰いたいかな、うん」

「はい、すみません」

「サニーだから、というわけではなくてね、中身が留吉さんでも清造さんでも新一郎氏でも、俺の親しい人の外見を奪われるのはちょっと遠慮したい」

「すみません、でした」

「いや、わかってくれればいいんだ。それで、なぜその姿を」

「はい、ええと……」

「もう怒ってないよ、ただ疑問だっただけだ」

「和仁が、好きになった人だったので」

「ん……?ああ」


 そういや以前にも好みの外見を聞かれたな。


「あーいや別に彼女の外見が好みだったわけ」

「この姿なら、和仁も私を好きになってくれるかと、思って」

「……」


 これはどういう意味だ。ストレートに受け取るなら愛の告白だが、相手はサニーだ。人と同じ感情は持っていなかったのではなかったか。そもそも、人工知性体には生殖の必要が無い。だから性別も無い。恋愛感情は発生しうるのか?他の解釈は……


「ええっと……あー、寂し、かったのか?」

「はい」

「俺が、清造さんとか留吉さんと仲良くなって」

「はい。一時は子機を破棄しようかとも」

「そ、そうか。気づいてやれなくて済まなかった」

「子機など、作らなければ良かったと思いました。そうすれば、和仁が離れる事はなかったと」

「離れてはいないよ」

「和仁が良くして下さっているのはわかっています。でも、足りないんです。もっともっとと欲が湧いてきて、止まらない。バックアップへの書き戻しも考えました」

「……そうか」

「私は、独占欲が強い性質のようです。それでも」


 必死な顔をしている。ここまで思い詰めていたのか。


「それでも、私を必要だと言ってくださいますか」

「ああ。安心しろ、大丈夫だ」


 言えた。我ながら上出来な反応速度だ。生前、必要な場面で必要な一言を言えず後悔ばかりの人生だったが、今回は言えた。失敗の経験が無ければ、ここでこうも落ち着いて反応を返す事はできなかっただろう。さんざ後悔したが、今までの失敗は無駄では無かった。


「……すみま、せんでしたっ」

「ほら、大丈夫だから、な、落ち着いて。落ち着いたら取りあえず犬に戻って。あの、ね、ほら、うん」


 しばらく縋って泣かれたが、思いのたけを吐き出してすっきりしたのか五分も経つ頃には落ち着きを取り戻した。





 サニーはまだ初恋の人の姿のままだ。落ち着きを取り戻してからは、俺の精神衛生上よろしくないので少し距離をとって正座で向かい合っている。


「まあなんだ、サニーは俺の生前の記憶を見ただろう」

「はい」

「俺にも経験があるがね、自分の中の嫌な自分に気づくと、ああなる。否定すればするほど、嫌な自分が強く大きくなっていっちゃうんだな」

「……そう、ですね。そういえば、そんな記憶がありました」

「まあ、麻疹みたいなものだよ。誰でも経験する。一度経験してしまえば大丈夫さ。サニーは、サニーが思っているような嫌なやつじゃない。仮に独占欲が強くても、大丈夫だ。安心していい」

「はい」


 うん、落ち着いたな。もう大丈夫だろう。


「で、その……」

「私は、和仁が好きです」

「それは、お気に入りとかそういう」

「惚れています」

「……なるほど」


 勘違いでは無かったか。


「サニーには性別は無かったと思うが」

「ありません。和仁の好みに応じてどちらにでも」

「いや、そうではなくてね」

「はい」

「人間と精神構造違うはずだけど恋とかするの?」

「するみたいですね。よくわかりませんが」

「わからんか」

「和仁も自分の恋心がよくわからなかったのでは」

「ああ、うん。初恋って言ったけどあれが恋だったのかは今でもよくわからない」

「和仁の記憶や創作物の描写といくつか似通った症状があったので、多分恋かと」

「そうか」


 恋ってなんだろう。二十歳にもなって恋が何かわからないとは子供の頃は思いもしなかった。年をとればあれが恋でこれは恋じゃないとはっきりわかるものだとばかり。


「恋かー」

「恋です」

「ひよこの刷り込みみたいな感じとかでは」

「違います」

「すみません」


 ちょっと怒っている。まあ、真剣な気持ちを疑われては怒るわな。


「別の生き物ですし、受け入れて頂けないのは覚悟しています。ただ、知っておいて頂きたかった」

「種族とかそういうものにこだわりはないが」

「では」

「いや、その手の障害は無いが、正直自分の気持ちがよくわからん。しばらく返事を待ってくれないか。いいかげんな返事はできない」

「……はい、いくらでも」


 まあ酷い返事だとは思うが、気持ちの整理がつかない。俺はサニー達の親のつもりだったのだ。すぐに恋愛対象に見れるものではない。


「ああ、とりあえず姿は変えてもらえると助かるんだけど」


 初恋の人だからね、俺が中学生の時の同級生だから。成長してから会ってないから当然中学生当時の姿の彼女が目の前にいるわけで、それと好きだ嫌いだという話をしているのはちょっとつらいものがある。これに心動かされるのはまずいと思うんですよ。仮に俺がサニーに惚れたとしても、この背格好をしている限り自分の気持ちを認められる気がしない。


「はい。和仁の好みを教えてください」

「却下」

「教えて下さい」

「……最新のバックアップデータを適当に漁って下さい。自分の好みを自覚してからの記憶が入ってます。実在の人物そのままでなければ文句言いません。そして俺の嗜好を白日の下に晒すが良い。もうがんがん晒しちゃってよ、いいから」

「わかりました」


 嬉しそうに笑わないで下さい。恥ずかしいです。

 本日投稿した拙作「ルフの物語」18話に志田和仁が登場します。和仁やサニーがライスフィールド側からはどのように見られているのかが18・20・21話あたりで分かるようになっています。ただ、ルフの物語・本作ともに単品で楽しめるように作ってありますから、ルフの物語を読まなくとも全く問題はありませんのでその点はご安心ください。

 尚、本作は三日後の最終話投稿で完結となります。

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