16 需要
森本機関との話は割合スムーズに進んだ。なかなか連絡が来なくて気が気でなかったが、どうやら怒りを買わずにすんだようだ。まあ、多少警戒はされてしまったかもしれないが。
森本機関の属する国、国名はライスフィールドという。そのライスフィールドはどうやら上層部が魔法技術を管理しているらしく、魔法技術の情報を流すようなまねは止めて欲しいと言われた。ネットでのやりとりでも、貿易でも、それが最も注意すべき点なのだそうな。
まあ、確かに魔法は危険だ。管理に気を使うのもわかる。無制限に使わせると俺みたいに人工知性体作っちゃったりライスフィールド王みたいに複製作っちゃったり、ついには小世界とかまで作れちゃうしな。なんか魔力無限らしいし。
魔力無限って凄いね。魔力は魔法で運動エネルギーに変換出来る。魔力を際限なく使えるという事は、運動エネルギーを際限なく生み出せるという事だ。恐ろしい話だ。こんなもの全国民に自由に使わせるとえらいことになる。悪意を持って使えないようになんらかの仕掛けを施す必要がある。
で、どうもその管理の仕組みがまだ出来上がっていないようだ。いずれは情報流出程度では揺るぎもしない盤石な制度を作り上げるつもりだが、今はまだ警戒が必要な時期らしい。
……おそらく、罠だろう。国の急所をこうもわかりやすく公開などするものか。この情報を得たこちらがどういう反応をするか探っているのだと思われる。魔法技術の情報が漏れるのはまずい、というのは恐らく事実。しかし、それほど深刻な事態にはなるまい。ある程度の仕組みは出来上がっていて、こちらが何か仕掛けた所で充分吸収しきれると見て良いだろう。こちらに野心があるかどうかを探っているといったところだろうか。野心が無い事は態度で示す事ができたと思うが、さてどう受け取られただろう。
なんにせよ、魔法技術漏洩が無いように徹底させねば。万一漏洩するような事があれば負い目が出来る。今後まともな交渉をするのが難しくなる。俺が向こうの立場なら、漏洩させるようにあれこれと仕掛けをするだろう。警戒が必要だ。
注意点はそれぐらいなもので、あとは細々とした禁止事項や取り決めがあるばかりだった。
具体的な金銭や品物のやりとりの方法についても決められた。基本的に品物はデータの形で収める事になった。世界を超えて物のやり取りをするのは可能らしいが、世界の質量の総量が減ったり増えたりしてはなんらかの悪影響がある可能性がある。避けた方が良いだろう、との判断だそうな。
組換え魔法などで再生できるデータに変換し、品物が必要な側の世界で再生。再生数に応じて金銭がやりとりされる仕組みだ。一部の製品は少額の月額課金になっている。魔法で劣化や破損を無効にできるので、ものによっては買い替えが一切発生しない為だ。
ライスフィールドとの貿易で使用する通貨はライスフィールドが管理する電子マネーに統一された。地域通貨としてATMで日本円に交換する事もできるが、日本円は電子マネーに交換する事が出来ない。硬貨や紙幣は魔法での偽造が容易であるから向こうも責任を持ちたくないらしい。我々がこの世界で我々の責任の範囲内で使用するという条件で使用が認められている。財布に小銭を入れて持ち歩く事がなくなるのはちょっと寂しい、という俺のような奴への配慮として残された形で、存在価値はあまりない。まあ、いずれこちらも自国通貨を作る事になるだろう。通貨を発行する権限をライスフィールドに一方的に握られているのはあまり良い事では無い。
向こうが作る事の出来る製品のリストを受け取った。これは間に合っているから他に何か需要のありそうな物を作れ、というわけだ。技術関係はそのうち勝手に出来るから、出来れば娯楽関係で力になって欲しいと言われた。どうも向こうの世界は娯楽が少なかったらしく、俺の記憶から発掘した漫画や小説が結構人気なのだそうな。変身魔法を使ったごっこ遊びが特に人気が高いらしく、変身魔法のモデル作成が割と稼ぎが良いとのこと。変身魔法エディタで作ったモデルを登録すると一定時間変身できるようになっている魔法具があって、一般市民でも使用可能なのだとか。パソコンに変身魔法エディタを入れておいたのは俺が何か奇抜なモデルを作るのを期待していたからで、サニーを作ったのは想定外だったと言われた。どうも、向こうにはサニーと同種の存在は居ないらしい。
「サニーのような人工知性体には需要はありますか?」
「ええ、大いに」
「……相談してみます」
「はい、お願いします」
新一郎氏は、サニーの構造を知っている。俺が変身魔法エディタでサニーを作っているところを見ていたはずだ。今すぐにでも作る事はできるだろう。それをしないのは俺との関係や彼らの体面に問題が生じるからだ。それらの問題が解消すればすぐにでも製造にとりかかるだろう。
問題の解消に、彼らが積極的に動く可能性がある。人工知性体の製造に制限をかけるならば今このタイミングでこちらから売りつけるのがベスト。今が一番優位に交渉を進められるタイミングだろう。こちらの瑕疵を盾に二束三文で買い叩かれて口を出す権利を取り上げられるよりは、今売りつけて人工知性体にある程度の権利を認めるよう交渉した方が良い。森本機関もそのオリジナルも元が俺なのだから非人道的な事はしないと信じたいが、おそらく彼らと俺とでは人工知性体に対する思い入れが随分と違う。生活を共にした俺には、サニー達は人間と同等のものだとしか思えなくなっている。そういう扱いを要求せねばならない。やるなら、付け入られる隙が出来る前の今しかあるまい。
「サニー、人工知性体の技術提供についてだが」
「皆まで言わずともわかっております。早いか遅いかの違いしかありません。条件の良い今売りつけるべきかと」
「……すまん」
「お気になさらないで下さい。私たちはそう弱くはありません。それに、和仁から分かれた方々が私たちを酷く扱う事はないでしょう」
「いや、違う。売りつける事はしない。その事について、済まないと言った」
嘘だ。酷く扱う、という言葉を聞いて嫌な想像をしてしまい、勝手に口が動いた。
売るつもりだった。売るしかないと思っていた。だが気が変わった。そうほいほいと物のように売ってたまるか。製法を渡してサニーの同族の運命をまるごと預けるなどというのは気に食わない。
「なぜです」
「サニー達は俺の子供のようなものだ。道具として扱われる可能性がある以上、売るわけにはいかない」
「時間が経つほどに条件が悪くなる可能性があります」
「サニーが今言ったろう。俺から分かれた人間が、そうまで酷い事はしないだろう、と」
「それは、そうですが」
放っておいても彼らはいずれ人工知性体製造に手をつけるだろう。それを防ぐにはどうすればいい。人工知性体を人と同等に扱わせるにはどうすればいい。何か方法は無いか。
「技術を売る、という形をとらないというだけだ。技術を提供せず、こちらで製造された人工知性体を交流名目で派遣する形にする。彼らには製造する権利を渡さない。預けられた形であれば無体な事はできない。彼らの望む成果を挙げられる範囲内で、サニー達の扱いを俺が納得できる程度に引き上げる。交渉でその落としどころを見つける。事前に定めた権利が侵されるような事があれば国に大っぴらに抗議する。国が人工知性体の扱いに責任を持たねばならない形に持ち込む」
これなら通るか。出稼ぎに出て貰うのは避けられないが人工知性体の地位の向上は期待できる。これ以上は難しいだろう。
「自由に製造できないのは嫌がると思いますが」
「自由に製造されるのは俺が嫌なのだ。サニーは便利な工業品ではない」
「……はい」
「難航すると思う。助けてくれ」
「お任せ下さい。必ずまとめて見せます」
「頼む」
と、意気込んで交渉に臨んだものの、反応は至って穏やかなものであった。まず最初に、製造は俺やサニーが担当するようにと向こうから頼んで来た。サニーが言った通り、元から人工知性体を酷く扱うつもりはなかったそうだ。とはいえ、こちらが製造を担当するというだけで安心できるものでもない。まだ扱いに関して細かな取り決めを行う必要がある。
「人工知性体の用途ですか。一般市民の教育係を想定しています」
「教育係?」
「はい。宗教に頼らない道徳教育システム。生まれた時から一人に一体が付き添い、成長を見届ける。無償の愛を注いでくれる新しい親族。そういう位置づけです。家族の一員ですね」
「……洗脳には加担しかねる。教育内容次第ではお断りする」
「元々、教育とはその全てが洗脳ですよ。まあ、志田様が忌避感を覚えるような事を刷り込む事はありません。家庭環境によって性根がねじ曲がる事を防ぎ、優柔不断で自発的行動が苦手な子の尻を叩き、親としての過ちをたしなめてくれる。そういう世話焼きな家族が一人増える。それだけの事です」
「はあ、なるほど」
聞く限りでは悪くはなさそうだ。生前の世界で起きていた各種の問題を解決してくれそうではある。人工知性体の扱いも悪いものではない。
「職場にも同行し、人工知性体同士で限定的な情報のやり取りを行い、コミュニケーションが円滑に進むようサポートをします。家庭で発生する様々な問題、外で発生する人間関係での問題、その多くを改善してくれる存在……ただし、居住スペースが圧迫される」
「駄目じゃないですか」
「ええ」
よく考えれば一人に一体なら単純に人口が二倍だ。どこにでも付いてくるなら全ての施設に二倍かそれ以上のスペースが必要になる。
「そこで、人型をとる必要が無い時には別の姿になって頂こうかと」
「ああ、なるほど。具体的にはどのような」
「サニーさんのような犬や猫、職場によっては携帯電話ぐらいのサイズの何かとか、色々です」
携帯電話……まあ、職種によっては人一人分しか足場が無いような場所に行くこともあるだろうしな。姿にこだわる必要は無いか。
「まあ、本人が嫌がる様な姿でなければ」
「そのように徹底させます。将来的にはそういう部分の教育も人工知性体の方々に担って頂く予定ですが、最初の内は国が強制した方が良いでしょうから」
「ええ、お願いします」
サニーにテレパシーもどきで意見を聞く。この条件なら問題無いとの答えが返って来た。思いの外良い条件を提示されて罠があるのではないかと不安だったが、サニーが良いと言っているのだから大丈夫だろう。サニーに見破れない罠なら俺にも見破れない。これで行こう。
「では、そういう形で」
「はい。上にもそのように伝えておきます」
人工知性体の扱い以外に関しては滞りなく話が進み、これといった問題もなく交渉は終わった。交渉と言っていいのかどうか。互いに要求をぶつけあって落としどころを探るような場面は無かった。こちらの要望はすんなり通り、向こうもこちらが受け入れられるような事しか要求しない。相手の言葉を深読みしてこれは罠かもしれないと俺一人頑張っていただけで、一人相撲をしていたような気がする。……いや、国対個人なのだ。立場の強さがまるで違うのだ。少々慎重過ぎるぐらいが良い。多分。
「和仁、相手を疑うのは私が担当します。今の形では和仁の精神衛生上よくありません」
「ん……そうだな、頼む。あまりあれこれ警戒しすぎると敵意に近い感情が湧く。失礼な態度を取ってしまって関係を悪化させてしまうかもしれん」
「はい、お任せ下さい」
最近ちょっと空回り気味な気がするしなあ。サニーに任せてしまうか。




