15 好み
「そういやサニーは人型にはならないのかい」
縁側で茶を啜りながらふと疑問に思った事を聞いてみた。サニーの子機達は家屋や田畑の管理の為に人型をとっているが、サニーは未だ犬のままだ。確か仮の姿だと言っていた気がするが、愛着でも湧いたのだろうか。
「和仁は人間は苦手でしょう」
う、まあ確かにそうだが。
「苦手ではあるが、それは姿が苦手なのではなくて中身が苦手なのだ。中身がサニーなら大丈夫さ」
「そう、ですか」
「別に人型にならねばならんわけでもないが、人の体の方が動きの幅が広くて便利じゃないかと思ってね。人の為に作られた家屋や施設を利用するわけだし」
「ですね。人型の方が便利だと思います」
「まあ、犬の視点で暮らすのもまた違った発見があって面白いかとも思うけどね。俺も一度犬の姿で生活してみたい」
「ええ、面白いですよ。視点の高さも違いますから、和仁の記憶にある風景や匂いと印象が随分違います。一度経験してみるのも良いかもしれませんね。……私が人型をとらないのは、どういう姿にしたものか決めかねているからです」
「ああ、そこで悩んでたのか」
「はい。自分が人であったならどういう姿をしているか、というのはちょっと想像が難しい。性別さえ決められない」
「まあ、君性別無いしねえ」
「和仁は、自分の容姿を決定する権利を与えられたらどうしますか?」
「んー、まあ今と同じ姿かな。気に入らない部分もあるが、それを含めて今の俺だ。それなりに愛着がある」
「和仁の場合は今の自分という基準があります。私にはそれがありません」
「ああ、そうか。変えるにせよそのままでいくにせよ、ベースが要るね」
「ええ。それに、美醜を判断する基準が人の容姿に関しては充分に育ってなくて」
「あー、人居ないしねえ」
「ええ」
このへんも森本機関に相談かなあ。いや、ネット解放されたしその辺で対処できるか。
「そこで、基準を自分ではなく他人に置こうかと思うのですが」
「他人、なあ。サニー自身の価値観で選ぶのが良いと思うけど、それが難しいなら仕方無いやね。いいんじゃないか」
「では、和仁。あなたはどのような姿が好ましいと思いますか」
「え、俺?俺じゃ無くてネットとか雑誌を参考にすればいいんじゃ」
「いえ、どのみちこの世界で関わりのある人間は和仁だけですから。他の人間にどう思われるかよりも和仁がどう思うかの方が重要です」
「んー……サニー作る前の俺の記憶データまだ読めるようにしてあるはずだから、そこから探せばいいんじゃないか」
「和仁はあまり現実の人間の容姿に興味が無かったようで、他人の容姿の優劣を評価しているような記憶があまり無くて……外見的な好みについて意識的に考えた記憶が見つかりませんでした。漫画やゲームのキャラクターに関するデータは沢山あるんですが」
「あー……まあ、オタク寄りの人間だったからね、うん。しかし好み、好みか……」
記憶データはあっても今はエミュレートを禁じられているから、俺が深く考えた事の無い分野に関する考えは直接聞くより他に無いという事か。
好み……俺にも容姿に関する好みくらいはある。こういう男は格好良い、こういう女は可愛らしい、そういった事を感じないわけではない。優先度が低くあまり意識した事が無かったというだけだ。今こうやって少し考えただけでも、自分がどのような容姿を好むかは過去の経験からおおよそわかる。サニーとて俺の記憶データを分析すればおおよそ正解を見つけられるはずだ。それをしないのは、おおよそでは意味が無いからだろう。どうせなら百点満点を出したいから俺本人に考えさせて正確なデータを取りたがっているのだと思われる。
しかし好みの容姿か。難しい事を言うなあ。自分の好みとか口に出せるわけないじゃないか恥ずかしい。女性の容姿に関して発言すればそれは好みのタイプを告白するのと変わらないし、女性の容姿への言及を避けて男性の容姿に関して発言すればちょっと俺の性的嗜好が疑われかねない。俺が綺麗だと思う女性を、俺が格好良いと思う男性を、常に傍に侍らせる。これはちょっと厳しいものがある。
この会話も森本機関を通じて向こうの世界の要人には筒抜けなわけで、サニーの容姿が俺好みに作られている事が知られるわけで。交渉の時などにその話題を出されれば一発で調子を崩してしまう。これはいかんですよ。
「黙秘します」
「何故ですか」
「恥ずかしいからです」
「そうですか……」
心が痛むのでしょげたような振る舞いをするのは止めて頂きたい。感情無いんじゃなかったのか。
「まあ、うん。急がなくてもいいんじゃないかな。サニーと俺はだいたい一緒にいるんだし、人型でないと不便なところは俺が助けるから」
「……はい、お願いしますね」
「ああ」
まあ、そのうち決まるだろう。少なくとも表面的な反応は以前より人間らしくなってきているし、多分なにかしら学習しているんだと思う。感情や価値観が芽生えるのもそう遠い話でもないだろう。
「そういや、子機の容姿はどうやって決めたんだい?留吉さんとかすごいリアルな爺さんしてたけど」
「ネットで拾った画像を元に作りました。和仁はお爺さんが好きなようでしたので留吉さんには特に力を入れました」
「そうか。喋り方や振る舞いまで完璧に爺さんしてたな」
「ええ、研究しましたから」
自分の容姿と子機の容姿は話が別らしい。まあ、俺でもそうだろう。沢山作る汎用キャラの容姿なんかは勢いに任せて作れても、メインで動かすキャラクターとなるとちょっと悩む。それはまあ自然な事だ。後で自由に変更できてもやはり最初が肝心だ。
「留吉さんとかは感情どうなってるの?凄い普通の人間っぽかったけど」
「あれはロールプレイですね。まだ情緒は発展していません。データベースからそれらしい反応を選んでいるだけです」
「なるほど」
「私の学習内容も反映されますから、遠からず自分の感情をもつようになると思います。今暫くは演技で我慢して頂ければ」
「いや、不満はないよ。感情をエミュレートしているんじゃなくて、表面的な反応をまねているだけなんだろう?」
「ええ。和仁はエミュレートは好まないようでしたので」
「エミュレート自体が嫌いなんではなくてね、他人の感情をそのまま移植するのは問題があるかなと思っただけだよ。それでは別の存在として生を受けた甲斐がない」
「はい、知っています」
「あ、前も似たような事話してたなそういえば。忘れっぽくてすまない」
「いえ、お気になさらず」
いかんなあ、忘れっぽさを解消する魔法は……と、魔法で不便さをなんでも解消してしまうのもな。しかしこれで不便を蒙るのは俺では無くサニーだしな、何か考えるか。
「サニー、忘れっぽさを解消する魔法はあるか」
「私が居れば不要かと思いますが」
「いや、君に迷惑をかけるのもね」
「迷惑ではありませんよ。それに和仁は日常生活を魔法で過度に便利にするのはお嫌いでしょう」
「ああ、うん。君がいいならいいんだが」
「ええ、問題ありません」
問題ありませんか。まあサニーがそう言うならそうなんだろう。人とは価値観も違うだろうし、これでストレスを感じたりしないのかもしれない。
「これから何するかなあ。サニーと子機の安全と今後の生活についてある程度かたがついたら、もうあんまりやる事が思い浮かばない」
「休まれてはどうですか?」
「こないだの家出前の休暇でこりたよ。何もする必要が無いってのは思ったよりつらい」
「そうですか」
「そうだな、畑でもやろうか。家庭菜園ぐらいなら無精な俺でもなんとかなるだろう。魔法での補助もあるし」
「魔法でいくらでも作れますが、空しくはなりませんか」
「自分で育てるのはまた別さ、多分。あれこれと手をかけて、育てたものを収穫して食べる。多少まずくても満足できる。多分」
「多分」
「多分。やった事ないから途中で投げてしまうかもしれない」
「その時は私が世話を引き継ぎますよ」
「お願い。俺飽きっぽいから駄目かも知れん」
「ええ、お任せ下さい」
犬の顔だから表情はわからなかったが、サニーが楽しそうに笑った気がした。うん、こういう日々が続くのなら目標も何もなくとも構わない。
頼りにされなくても良い、目標も必要無い、か。男として随分情けない気がするな。
まあ、情けなくともかまわないか。何をするでもなく、こういう日々がただ続いていく。そういうのも悪くはない。




