13 変化
それから数日は、ただぼんやりと空を眺めて過ごした。
サニーは子機の設計や子機を住まわせる家屋の下見、田畑の状態や地理情報の把握などに忙しい。俺が手伝えそうな事は無い。
森本機関もその上位者も今の所俺に対して害意を持ってはいない。俺の安全も衣食住も保障されている。サニーが居れば不便を感じる事も無い。
俺の転生体も森本機関も、俺から利益を得るつもりが無い。サニーは俺の助けを必要としない。
危険や不便といったストレスが無く、俺は誰からも頼みにされていない。となれば、行動を起こす動機が無い。何をすれば良いかわからない。気がぬけてしまった。
とはいえ、そう何時までも呆けていられるものでもない。家に書置きを残して気晴らしに旅に出る事にした。この世界に来てからの俺の活動範囲は東陵町と山陽町だけだ。時間はある、金もある、空も飛べる、回復魔法で疲労もすぐに回復出来る。そのうえ、他人が居ない。旅行をためらう理由が無い。一週間もぶらつけば気分も晴れるだろう。ネットで情報を集め本屋で地図を買い、リュックサックを背負って旅に出かけた。
そして、一日で帰宅した。
観光名所を幾つか周ってみたが、人が全く居ないというのは詰まらないものだ。旅先での人との交流すらない本物の一人旅。観光地から観光地へただ無言で移動するのみ。楽しいものではない。
人が居なくても楽しめるような場所を求めて山に登り川や滝のそばを散策した。こちらは大いに楽しめたが、良い場所だ良い眺めだと思えば思うほどその気持ちを誰かと共有したいという思いが湧く。一人で来たのは失敗だったという思いがついて回った。サニーにもこれを見せたい。サニーは今は楽しいと感じないかも知れないが、きっと良い思い出になる。その時はつまらないと感じても、思い返して笑みがこぼれるような思い出というのはあるものだ。
次はサニーと来よう。そう考えると早く帰りたいという思いばかりが湧いてきて、旅どころではなかった。夜通し高速道路を低空飛行して、朝方に帰還した。旅に出てから帰宅まで二十時間程だ。一週間分の予定を立てていたが無駄になった。
家に着いて玄関の引き戸を開けると式台にサニーが座っていた。無言でこちらを見ている。
「た、ただいま」
「おかえりなさい、和仁」
「ああ、うん。ところで、なんでそんなとこに座ってるの?帰宅予定は一週間後って書いてたと思うんだけど」
「二時間程前にこちらに向かっている和仁を補足しました。子機を使って捜索しておりましたので」
「なる、ほど」
捜索……?あ、行先とか宿泊先書いてなかったな、そういえば。
「捜索か、手間かけてすまないね。行先書き忘れてたよ。でも別に捜索までする必要は」
「あります」
「あ、はい」
もしかして怒ってるのか?
「和仁は肉体改造も魂改造も好みません。体の強度は普通の人間と同程度です」
「まあ、この体になってから結構頑丈にはなったけど」
「それでも、転んで頭をぶつけただけで死にます」
「はい、すみません」
「私が付いて行っていれば、死亡直後ぐらいまでなら蘇生も間に合います。何故、お一人でお出かけになられたのですか」
心配、されてるのかな。ちょっと過保護な気もするが。
「いや、死んでもバックアップあるしさ、データ使って一から作り直せば」
「それは和仁ではありません」
「えぇ、そ、そうかな」
「和仁は、今ここにいるあなただけです。もう少しご自分を大事にして下さい」
うーん……まあ、難しい問題だね、うん。直近のバックアップから再生できたならもうそれが俺で良い気がするんだが、まあ価値観は人それぞれだし。生前の世界でもクローンとかあの辺でも問題になってたっけな。
さりげなく今の俺と俺の元になった志田氏との同一性を否定された気がするが、まあサニーにとってはそうなのかもしれんな。俺の拠って立つところの問題は俺がどう捉えるかが重要なのだからサニーに否定された所で揺らぐもので無し、問題は無い。そも同一である必要も感じないしな。彼から枝分かれした存在、というだけで充分だ。それだけあれば志田氏から継いだ記憶や感情を俺のものとして扱う上で問題は生じない。
価値観は人それぞれ、か。やっぱサニーは俺じゃ無いんだなあ。少し寂しいが、それ以上に嬉しい。右を見ても左を見ても、皆同じ考えの人間ばかりというのは詰まらない。互いに影響を与え合って変わってゆける余地がある。それが嬉しい。
「悪かったよ、うん。死なないように気を付ける」
「わかって下さいますか。それで、何故一人で旅行などと」
「や、俺やる事なかったから。サニーは忙しそうだったからさ、邪魔しちゃ悪いと思って」
ちょっと言い方に問題があったか。まるでサニーに責任を押し付けているかのようだ。
いや、自覚が無かったが、もしかして俺は放置されて拗ねてたのか?となると、旅に出たのもかまって欲しくて家出したようなものか。俺はガキかよ。
「それならそうと言って下さったなら予定など」
「すまん、今のは言い方が悪かった。恥ずかしながら俺は拗ねていたらしい。誰からも必要とされていないようで寂しかったんだ。今日も、寂しくて帰ってきた」
「寂しい、ですか?……和仁は干渉を酷く嫌っておられたと記憶していますが」
「一度死んでこの世界で一人になって、サニーが生まれて、価値観が変わったんだよ。特にサニーが生まれてからは駄目だ。孤独に酷く弱くなっている。散歩に出る時もいつもサニーを連れて行くだろう」
「それは、私の情緒面を育てる為に」
「そのつもりだった。だけど、今回の一人旅でよくわかった。お前が居ないと、何をしても楽しくない」
「そ、そうですか」
「悪いが、これからもそばに居て支えて欲しい。俺はお前が居ないと駄目だ」
「……わかりました。お任せください、和仁」
なかなか情けない事を言ってしまった気がする。愛想を尽かされなければ良いが。
「子機が完成しましたから、これからは雑事を任せる事ができます。和仁に寂しい思いをさせるような事は今後は無いかと」
「そ、そうか」
自分から孤独に弱いなどと言っておいてアレだが、寂しい思いはさせないなどと言われると自分が酷い甘ったれのように思えて恥ずかしくなる。恥ずかしがるぐらいなら言わなきゃいいのに。ちょっと早まったか。
「あー、アレだ。子機を見せてもらえるかな」
「はい、ここに呼びましょうか」
「いや、家の割り当ても終わってるんだろう?」
「ええ」
「なら、俺が向こうの家に伺おう。家とその住人の容姿をセットで記憶したい」
「わかりました」
サニーの事だから家と住人を一緒に写した画像データぐらいは用意しているだろうし、はっきり言って俺から出向く必要は無い。しかし今は外の風にあたりたい気分だった。このまま家に居るというのはどうも収まりが悪い。
玄関を開け外に出ると綺麗な朝焼けの空が目に入った。徹夜明けの空は特に美しく清々しく、しかしその鮮烈な美しさに反してどことなく弛緩した空気が流れている。眠気の為だろうか。
回復魔法で疲労も眠気も飛ばす事は出来るが、そうする気にはならなかった。この疲労感こそが愛おしい。
「や、これは綺麗な朝焼けだ」
「ええ、本当に」
「程よく雲が出ているのが良いね。快晴の空も悪くはないが少々物寂しい」
「ええ」
朝焼けの空や草木の香り、鳥の鳴き声や足元に出てきた蟹の話などをしている内に調子が戻ってきた。外に出たのは正解だ。
こうして、なんでもない話をしているだけで楽しくなる。頼りにされなくとも良い。サニーと二人でただ生きて行こう。少なくとも今は、サニーは俺を案じてくれている。自分を大事にしろと言ってくれる。サニーに必要とされなくなるその日までは、俺は生きていても良いのだ。