12 目的
「私は志田様の転生体の複製体です。尤も、魂も肉体も手を入れてますから私とオリジナルでは性格などが異なりますが」
複製体、か。ついこの間、そういう事もやろうと思えば出来るななどと考えたばかりだ。サニーも自分を複製して増やそうとしていたし、なかなかタイムリーな話題だ。
「複製体とオリジナル、ですか。あなたの名字も森本ですし、私の転生体は森本機関の創始者あたりでしょうか」
「いいえ。正確には、私は志田様の転生体の複製体ではなく、志田様の転生体の複製体の複製体にあたります。私の複製元である森本一宏が森本機関の創始者にして森本機関の現当主でして、その森本一宏が志田様の転生体の複製体にあたります。つまりは、志田様の転生体は森本機関のさらに上位の存在です。現在の肩書はライスフィールド国王。建国王です」
「建国っすか」
行動力あるなあ、俺の来世。建国て。
国なんか作って何が楽しいんだ。他人の生活の面倒見るとかストレスにしかならないじゃないか。魔法あれば山に籠って快適な隠居生活も送れるだろうに。
「それは本当に私の転生体なんでしょうか。価値観が違いすぎる気がするんですが」
「志田様の記憶が魂核に刻まれていたのは間違い御座いません」
うーん。まあ、前世の記憶なんてあんまり影響ないだろうしな。俺も前世なんか思い出せないし、人格形成には環境の影響も大きい。性格や価値観が転生で変わるのはまあ普通の事なんだろう。
「まあとにかく、私はあなたの所属する国の建国王の前世の記憶から作られた、と。そういう事で宜しいですか」
「はい」
「建国王の前世の体を使って人体実験……ありえない話でも無いですが、そりゃ特殊性のある体や魂をしている場合に限られるでしょう。私は何か実験材料に適した性質でも持っていたんですか」
「強いて言えば、魔法を視認する能力でしょうか。それ以外の能力はこちらの世界の一般人と変わりません。魔法を視認する能力も、オリジナルと複製体の全員が持っています」
転生体もその複製体も持っている能力か。では実験体が俺である必然性は無いように思える。オリジナルや複製体ではできないような実験……?実験体、という推測自体が誤りなのだろうか。
実験体であるとすれば、魂核に残っていた情報から人間を再生する実験、再生された人間に不具合が起きないかのデータ取り……可能性としてはそんなところか。実験体でないとすれば……
「では、王の道楽の類ですか。王の意思によって、実益を目的とせずに始められた」
「はい。研究データ取得や金銭もしくは労働力の獲得を目的としてはおりません。王の要望でこの世界と志田様は作られました」
では、実験動物ではなく家畜でもなく、ペットの類か。
……いや、悪しざまに考えすぎだな。俺と俺の転生体はどうやら性格が異なるようだが、それにしたって前世の自分をペットとして飼育して楽しむような性格をしてはいまい。新一郎氏は俺の転生体の複製体の複製体だという。性格はオリジナルと多少異なるとも言ってはいたが、それでもそこまでかけ離れたものでもあるまい。新一郎氏の表情・言動・仕草を見るに、そういう傲慢さは感じない。俺の転生体も、そこまで性格の悪い人間でもないだろう。
「実益を目的としない。では、目的とは」
「前世の影響を断ち切る為、です」
「断ち切る?……前世の記憶は保存されているだけで大した影響はなかったのでは」
「基本的にはそうです。しかし王はそうではなかった。先ほど、魂に異常があったために志田様の記憶が数回の転生を経ても消える事がなかったと申し上げました。ゲートは自分と似通った情報を持つ魂殻を嗅ぎ付けて現れます。異常のある魂を持つ人間の来世もまた、魂に異常を抱えている可能性が高い」
「王の魂にも異常があったと」
「はい。その異常によって、生まれたばかりの王に志田様の記憶が一部継承されました。記録されていないだけで、前世もそのまた前も、志田様の記憶を持って生きていたものと思われます」
「それは……なんというか、ご迷惑を……」
「いえ、志田様に責任のある事ではありませんのでお気になさらぬようお願いします。王も恨んではおりません」
恨んではおりません、か。つまりは恨まれてもおかしくないだけのマイナス要素があったものと思われる。まあ、前世の記憶など引き摺っていては色々と不都合も多いだろうな。俺には少々人間不信気味なところもあるから生き辛かった事だろう。
「断ち切る、とは何をどうやって」
「志田様は未練を残したままお亡くなりになられました」
「未練……」
なんかあったっけ?
「誰にも煩わされることなく東陵町で静かに暮らしたかった、と」
「ああ。そうですね、私はここに帰りたかった。誰にも気兼ねせず、日がな一日川を眺めて居たかった」
「その思いが叶っていたらどういう人生になっていたか、どういう思いを持ったか。その答えを知る方法が、王には無かった。志田様は生涯を閉じられ、前世の世界に行く方法もない。記憶の継承は不完全なものでしたから前世に残した未練を明確に理解していたわけではありませんが、それでも自分が居るべき場所はここではないのではないかという思いがずっとありました」
「なる、ほど」
けっこうな迷惑かけちゃってるなあ。俺の居るべき場所はここじゃないんだ!なんて思ってたら周りに馴染めないだろう。
「叶わなかった願いというものは、いつまでも、それこそ一生引き摺ってしまうもの。何らかの形で決着をつけなければなりません。志田様は決着をつけ損ねた。志田様の人生はきっちりとした形で完結しなかった。それが、王がこの世界に馴染む事を阻害したのではないか、と王は考えられました」
「ああ、未完で終わる話とか嫌ですよね。続いてたらどうなったのかって疑問がずっと頭に残る」
「ええ。それを完結させれば、前世を切り離して自分の人生を始められるのではないか、と」
「なるほど」
東陵町に帰りてー、なんて思いながら異世界で暮らすとか想像するだけで厳しいものがあるな。さぞ苦労なすった事だろう。俺が俺の一生の内に解決しておけば苦労をかけずに済んだんだろうが、ちょっと状況的にも俺の能力的にも不可能に近い状態だったから許して欲しい。俺二十歳で死んだんだもの。二十歳で田舎に引っ込んで悠々自適の生活とか許されんよ。金も無いし。
「完結、とは私は具体的に何をすれば?」
「この世界で望むままに生きて下さい。そして、出来れば幸せになって下さい。望みが叶い幸せになった志田和仁も存在した。志田和仁としての人生はあなたが担ってくれる。そう思う事が出来れば、前世から解放されるのではないか、と王は考えておられます」
「はあ、なるほど。では今までと同じような感じで宜しいですか」
「はい、問題ないと思います。何かお力になれる事がありましたらお申しつけ下さい」
「あ、はい。その時はよろしくお願いします」
「お任せください」
まあサニーが居ればそうそう困る事はないだろうが、頼って良いというなら言葉に甘えよう。言質を取っておいて損はない。
「この世界と王の意図に関する疑問は解消されましたでしょうか」
「今の所は追加の質問は思いつかないですね」
「では、また疑問がありましたらお気軽にどうぞ。窓口へのご連絡は24時間受け付けております」
「担当者が何人かいらっしゃるので?」
「いえ、この世界の窓口担当は私一人です。魂も肉体も少々手を加えておりますので、全く眠らなくとも問題ないのです」
「一人……窓口対応だけを担当しておられる?」
「いえ、私は小世界担当です。この世界全体を管理しております。管理業務は部下と三人でやっておりますので私一人が窓口対応で席を外すぐらいは問題ありません」
「森本機関の構成員数は」
「そろそろ二百人に届きますね」
「なるほど。疑問に答えて頂きありがとうございました」
「ありがとうございました。またのご利用お待ちしております」
世界全体を三人で担当できるようなのが向こうには二百人近く……いや、階級の低いのもいっぱいいるだろうからもっと少ないか、二十人くらいか、まあそのぐらい居るようだ。どんな文明を築いているのかちょっと興味がある。
今の時点では新一郎氏の方がサニーより能力的に上っぽいな。遠からず追いついてくれると思うが。
「あ、やべ」
窓口の受話器マークアイコンをクリックする。忘れるとこだった。
「はいこちら森本機関小世界担当です」
「なんどもすみません、ちょっとお願いがありまして」
「いえ、お気になさらず。どのような内容でしょう」
「私と共に暮らしておりますサニーの事はご存じですね?」
「ええ、存じ上げております」
「そのサニーが子機を製造する予定がある事は」
「はい、存じ上げております」
「その子機に土地と家屋を与えたいと思っているのですが、使用及び譲渡の許可を頂きたく」
「譲渡は今すぐには返答致しかねますが、所有権を志田様ご本人が持つ限りにおいてはこの世界のいかなるものも自由に使って良いと聞いております」
「譲渡は……確かに問題ありますか。わかりました、私が地主として貸し出す形にしましょう。ともかく、土地の使用は問題ないという事で」
「はい問題ありません」
「わかりました。ありがとうございました」
「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
今日の所はこんなものか。疲れた。サニーを撫でて癒されよう。こういう時犬の姿は便利だ。
「サニー、頭撫でていい?」
「はい、どうぞ」
頭をやや乱暴に撫でる。耳をつかんで延ばす。鼻をプニプニ押す。サニーはじっと耐えている。
犬や猫は良いものだ。こうやっていじりたおしていると心が安らぐ。なにやら楽しくなってくる。多少の疲れやストレスなどこれだけで忘れてしまえる。
「さて、散歩でも行こうか。今日は晴れたし滝に行こう」
「はい、和仁」
のんびり過ごして良いとのお墨付きを貰ったのだからこれからはのんびり過ごそう。もう魔法研究は考えなくていいのだ。趣味の範囲で留めよう。